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>物的生存圧力(自然圧力と外敵圧力)⇒物的生存課題をほぼ克服し得たのだとすれば、あるいは少なくとも動物的な生存圧力はもはや主要な活力源たり得ず、従って物的生産はもはや第一義課題たり得ないとしたら、残るのは同類圧力の活力源しかない。
物的生存圧力を克服したことにより、これまでの人類課題(物的生産)は主要な活力源たり得なくなった。確かに考えてみれば、数十年前と比べて私達の暮らしは随分と豊かになり、誰もが物的に不自由する事なく生活をしている。
しかしマスコミや政治家により、未だに物的生産こそ活力源だと思い込まされている私達は、新しく出て来た重要な課題に気付けていないのではないだろうか。その課題に気付ければ、近頃の活力衰弱に関する問題は全て解決するのかもしれない。
私達人類の前に立ちはだかっている大きな課題とは何なのか?それは、物的生存圧力を克服した(=市場社会を創り上げた)からこそ派生したものばかりだと思う。市場社会における「利益追求」や「利便性追求」が元となって、環境破壊、精神・肉体破壊などが引き起こされ、経済の破綻も懸念されている。更にその根本には、男女の性に関する問題なども実は隠れている。
これらを人類的な課題として万人が認識すれば、つまり新たな圧力を万人が捉えられれば、活力衰弱問題など出て来る暇もなく、みんながどうすれば良いのかを考え始めるのだろう。課題は無限にある。今はみんながその課題を、圧力として把握出来ていないことが大きなネックになっていると思う。
清水志保
物的生存圧力を克服したことにより、これまでの人類課題(物的生産)は主要な活力源たり得なくなった。確かに考えてみれば、数十年前と比べて私達の暮らしは随分と豊かになり、誰もが物的に不自由する事なく生活をしている。
しかしマスコミや政治家により、未だに物的生産こそ活力源だと思い込まされている私達は、新しく出て来た重要な課題に気付けていないのではないだろうか。その課題に気付ければ、近頃の活力衰弱に関する問題は全て解決するのかもしれない。
私達人類の前に立ちはだかっている大きな課題とは何なのか?それは、物的生存圧力を克服した(=市場社会を創り上げた)からこそ派生したものばかりだと思う。市場社会における「利益追求」や「利便性追求」が元となって、環境破壊、精神・肉体破壊などが引き起こされ、経済の破綻も懸念されている。更にその根本には、男女の性に関する問題なども実は隠れている。
これらを人類的な課題として万人が認識すれば、つまり新たな圧力を万人が捉えられれば、活力衰弱問題など出て来る暇もなく、みんながどうすれば良いのかを考え始めるのだろう。課題は無限にある。今はみんながその課題を、圧力として把握出来ていないことが大きなネックになっていると思う。
清水志保
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>マスコミや政治家がおかしいと感じていても「マスコミを変えるためにマスコミに入る」「政治を変えるために政治家になる」という人も少なくない。
「マスコミを変えるためにマスコミに入る」という発信は、マスコミという存在を前提とした発信です。そこには「マスコミは必要なのか?」という問いは存在しません。
「政治を変えるために政治家になる」も同様。そこには「政治家は必要なのか?」という問いは起こりようがありません。
既存の枠組みを前提とした思考だと、既存の枠組みそのものに対する「必要か否か」という問いは生まれようがありません。
・国の借金が900兆円もある→市場の限界
・自己中な親・子供が激増中→家庭の限界
などなど、既存の枠組みが限界をむかえつつあるという事例は枚挙に暇がありません。しかし、多くの人は既存の枠組みの中で「どうする?」を考えようとしています。
そうであるならば、まずは、仰るように
>どんどん実態を白日の下にさらして、既存の枠組みの限界を認識することが必要だと思う。
既存の枠組みの存在が絶対である、という認識をまずは捨て去ること。
そうなってはじめて、現在あるものに対して「必要か否か」を問うこと出来るのだと思います。
多田奨
「マスコミを変えるためにマスコミに入る」という発信は、マスコミという存在を前提とした発信です。そこには「マスコミは必要なのか?」という問いは存在しません。
「政治を変えるために政治家になる」も同様。そこには「政治家は必要なのか?」という問いは起こりようがありません。
既存の枠組みを前提とした思考だと、既存の枠組みそのものに対する「必要か否か」という問いは生まれようがありません。
・国の借金が900兆円もある→市場の限界
・自己中な親・子供が激増中→家庭の限界
などなど、既存の枠組みが限界をむかえつつあるという事例は枚挙に暇がありません。しかし、多くの人は既存の枠組みの中で「どうする?」を考えようとしています。
そうであるならば、まずは、仰るように
>どんどん実態を白日の下にさらして、既存の枠組みの限界を認識することが必要だと思う。
既存の枠組みの存在が絶対である、という認識をまずは捨て去ること。
そうなってはじめて、現在あるものに対して「必要か否か」を問うこと出来るのだと思います。
多田奨
>皆にお願いしたい。周りの人に、投稿を呼びかけて欲しい。新しい社会は、皆が社会統合サイトに投稿することによって、簡単に実現するのだと云うことを、人々に訴えて欲しい。
投稿の敷居はまだまだ高いなぁと感じていました。
しかし、それもその“課題”に対する認識しだいですよね。
ネットという場はすでに、可能性ではなく、現実に、みんな(素人)が発信するだけの機能を充分に備えるに至りました。残すは、社会統合という課題や期待や評価についての投稿(=みんなへの発信)だけ、というのが現状です。
誰が発信したものでもよいのです。誰が発信してもよいのです。“社会統合に関する発信”そのものに(みんなにとっての)価値があります。
だから、るいネットを越えて、色んな人の発信を収集して、るいネットに“記録するだけ”でも良いのですね(良いのですよ!!みなさん)。
「新しいまつりの場、それがネットであり、統合サイトである」
>同類圧力とは、課題や期待や評価etc の様々な共認圧力であるが、中でも現在の人類の命綱となるのは、私権闘争から評価競争に移行中の、同類闘争を止揚する社会統合の共認圧力である。
匿名希望
投稿の敷居はまだまだ高いなぁと感じていました。
しかし、それもその“課題”に対する認識しだいですよね。
ネットという場はすでに、可能性ではなく、現実に、みんな(素人)が発信するだけの機能を充分に備えるに至りました。残すは、社会統合という課題や期待や評価についての投稿(=みんなへの発信)だけ、というのが現状です。
誰が発信したものでもよいのです。誰が発信してもよいのです。“社会統合に関する発信”そのものに(みんなにとっての)価値があります。
だから、るいネットを越えて、色んな人の発信を収集して、るいネットに“記録するだけ”でも良いのですね(良いのですよ!!みなさん)。
「新しいまつりの場、それがネットであり、統合サイトである」
>同類圧力とは、課題や期待や評価etc の様々な共認圧力であるが、中でも現在の人類の命綱となるのは、私権闘争から評価競争に移行中の、同類闘争を止揚する社会統合の共認圧力である。
匿名希望
例えば、友達や同僚何人かとどこかに集まって飲み食いしたりするとき、仕事の愚痴や上司の悪口で盛り上がっても、普通の人なら、心の奥底では充足しない。つまり、発散はできても明日への活力は生まれない。
>現実を見て、考えること・学ぶことをやめてしまっては人間ではなくなります。
同じ集まるのでも、みんなで日々の周りにおこった事について考えたり、意見を聞いたり、根元を掘り下げていくと、どんどん深く入っていける。
また自分発で考えていくと、現実を対象化するときにどうしても自分に都合の良いようにみてしまう。でもみんながいることで、客観的にみることができ、それが肯定視に繋がる。
入り口は「潜在思念」で、出口は「構造認識」、とまでいかないまでも、みんなで追求することで一つ一つの事象が繋がって見えてくる。
こういう場が出来ているときにもう社会は変っている。なぜなら、誰にでもできることだし、周りに活力を与えられるから。
magarimame
>現実を見て、考えること・学ぶことをやめてしまっては人間ではなくなります。
同じ集まるのでも、みんなで日々の周りにおこった事について考えたり、意見を聞いたり、根元を掘り下げていくと、どんどん深く入っていける。
また自分発で考えていくと、現実を対象化するときにどうしても自分に都合の良いようにみてしまう。でもみんながいることで、客観的にみることができ、それが肯定視に繋がる。
入り口は「潜在思念」で、出口は「構造認識」、とまでいかないまでも、みんなで追求することで一つ一つの事象が繋がって見えてくる。
こういう場が出来ているときにもう社会は変っている。なぜなら、誰にでもできることだし、周りに活力を与えられるから。
magarimame
>企業の中では社員の「自己申告制度」を導入しはじめているようだ。職務の満足度や職場への意見、提案などを社員が申告する。
>結局、社員の不満のはけぐちとしてしか機能せず、配置や評価(給与)など自分のわがままを肥大させるだけなのだから当然、組織としての効果など上がるはずもない。
このような自己申告制度が、最近増えている。
そもそも、この制度を実施した発端は、
【会社を良くしたい!】
【社員の活力の出る新しい規範に改善したい!】
という社員みんな発の想いだったのにも関らず、結局は
【個人の自我に応える】
ことにしかなっておらず、結局、社員個人の想いに応えても、当初の社員みんなの想いには全く応えられていないことが上手くいかない原因だろう。
そもそも、集団で成り立っている限り、個人の自我欲求が集団の規範として機能することは有り得ない。
>共認圧力が働かない状況を作り出しているのも自我
このことをしっかり把握し、「会社を良くしたい!」という当初の想いに率直に応えることでしか、新たな規範が再生されることはない。
匿名希望
>結局、社員の不満のはけぐちとしてしか機能せず、配置や評価(給与)など自分のわがままを肥大させるだけなのだから当然、組織としての効果など上がるはずもない。
このような自己申告制度が、最近増えている。
そもそも、この制度を実施した発端は、
【会社を良くしたい!】
【社員の活力の出る新しい規範に改善したい!】
という社員みんな発の想いだったのにも関らず、結局は
【個人の自我に応える】
ことにしかなっておらず、結局、社員個人の想いに応えても、当初の社員みんなの想いには全く応えられていないことが上手くいかない原因だろう。
そもそも、集団で成り立っている限り、個人の自我欲求が集団の規範として機能することは有り得ない。
>共認圧力が働かない状況を作り出しているのも自我
このことをしっかり把握し、「会社を良くしたい!」という当初の想いに率直に応えることでしか、新たな規範が再生されることはない。
匿名希望
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