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>無意識の認識収束には大きな限界がある。無意識に留まる限り、いつまで経っても認識収束が(引いては社会収束が)顕在化してこない。認識収束を顕在化させるには、答えとなる言葉が必要である。
>しかし、最初の答え(に近い言葉)だけでは、未だ充分ではない。最終的には外向仲間=認識仲間を結集させる場が必要である。
認識仲間の結集核とも拠点ともなるその場こそ、認識形成サイトに他ならない。
その様な場が与えられて初めて、認識仲間が協働して答え(新しい認識)を紡ぎ出し織り上げてゆく事が可能になり、逆にその無限の可能性が認識仲間を引きつけ結集させる最大の引力となる。
最近、路上のなんで屋で知り合った人が、弟子やお手伝いに志願し、サロンやなんでや劇場に参加してくるケースが増えてきている(ハードルが下がった)ように感じていたが、その理由は、この間の社会不全の更なる高まり(いじめ、自殺、核実験・・・)による認識欠乏の高まりだけではなく、受けて側である我々なんで屋の体制及び意識の変化による部分も大きいのではないか・・・と、上記の投稿を読んで思った。
・・・それは、とりわけ「場」への意識の高まりにおいて。
以前からも路上や劇場で「答え」の供給は行われてきたが、「場」の紹介という点においては不十分であったと思う。
しかし、最近は・・・
①「場」の多様化と質の向上
・るいネット関連のブログが整備されたことで、本体以外にも常駐可能な「場」が広がった。と同時に入口も広がった。
・るいメルマガが整備され、本体のるいネットへと繋がる入口が増えた。
・「注目サイト&ブログ」が整備され、るいネットだけでなく、注目すべき優良なサイト群との繋がりが形成されはじめたことで、るいネットという「場」への入口が広がった。
・「短文投稿」が意識されはじめ、まつり場としての盛り上がり感が向上しつつある。
・「なんで屋あれこれ」の「共認運動の草の根報告」のように、投稿しやすく、役割充足が得られやすい小お題(=「場」)が設定された。
・「るいネットサロン」に実現論勉強会が導入され、基礎から新認識群を勉強できる「場」が整った。また、質の高い注目投稿を図解化するメニューも商品価値が高い。
(←だから、安心して紹介できる。今までは劇場がメイン。)
・露店チームによるメーリングリストも、日常的に常駐し、連絡を取り合い、期待応合充足の得られる「場」として機能しはじめている。
②「場」を紹介する意識が高まった
・上記「場」の整備に伴い、露店でも積極的にブログのチラシを配布したり、投稿をお勧めしたり、るいメールマガジンを紹介したり・・・「場」の紹介が意識されはじめた。
・その人の学校や職場のスケジュールに応じ、サロンや劇場、あるいは露店など、選択肢が広がったし、それぞれの質の向上により、自信を持って紹介しやすくなった。
他にもあるかもしれないが、社会的な答え欠乏の上昇を背景に、以上のような「場」の整備⇒意識の変化が、認識仲間を顕在化させ、更に結集させる引力を作り出しはじめたのではないかと思う。
今後とも「場」=まつり場の形成を意識して取り組んでいくことで、更に引力を高めていけると思う。
越見源
>しかし、最初の答え(に近い言葉)だけでは、未だ充分ではない。最終的には外向仲間=認識仲間を結集させる場が必要である。
認識仲間の結集核とも拠点ともなるその場こそ、認識形成サイトに他ならない。
その様な場が与えられて初めて、認識仲間が協働して答え(新しい認識)を紡ぎ出し織り上げてゆく事が可能になり、逆にその無限の可能性が認識仲間を引きつけ結集させる最大の引力となる。
最近、路上のなんで屋で知り合った人が、弟子やお手伝いに志願し、サロンやなんでや劇場に参加してくるケースが増えてきている(ハードルが下がった)ように感じていたが、その理由は、この間の社会不全の更なる高まり(いじめ、自殺、核実験・・・)による認識欠乏の高まりだけではなく、受けて側である我々なんで屋の体制及び意識の変化による部分も大きいのではないか・・・と、上記の投稿を読んで思った。
・・・それは、とりわけ「場」への意識の高まりにおいて。
以前からも路上や劇場で「答え」の供給は行われてきたが、「場」の紹介という点においては不十分であったと思う。
しかし、最近は・・・
①「場」の多様化と質の向上
・るいネット関連のブログが整備されたことで、本体以外にも常駐可能な「場」が広がった。と同時に入口も広がった。
・るいメルマガが整備され、本体のるいネットへと繋がる入口が増えた。
・「注目サイト&ブログ」が整備され、るいネットだけでなく、注目すべき優良なサイト群との繋がりが形成されはじめたことで、るいネットという「場」への入口が広がった。
・「短文投稿」が意識されはじめ、まつり場としての盛り上がり感が向上しつつある。
・「なんで屋あれこれ」の「共認運動の草の根報告」のように、投稿しやすく、役割充足が得られやすい小お題(=「場」)が設定された。
・「るいネットサロン」に実現論勉強会が導入され、基礎から新認識群を勉強できる「場」が整った。また、質の高い注目投稿を図解化するメニューも商品価値が高い。
(←だから、安心して紹介できる。今までは劇場がメイン。)
・露店チームによるメーリングリストも、日常的に常駐し、連絡を取り合い、期待応合充足の得られる「場」として機能しはじめている。
②「場」を紹介する意識が高まった
・上記「場」の整備に伴い、露店でも積極的にブログのチラシを配布したり、投稿をお勧めしたり、るいメールマガジンを紹介したり・・・「場」の紹介が意識されはじめた。
・その人の学校や職場のスケジュールに応じ、サロンや劇場、あるいは露店など、選択肢が広がったし、それぞれの質の向上により、自信を持って紹介しやすくなった。
他にもあるかもしれないが、社会的な答え欠乏の上昇を背景に、以上のような「場」の整備⇒意識の変化が、認識仲間を顕在化させ、更に結集させる引力を作り出しはじめたのではないかと思う。
今後とも「場」=まつり場の形成を意識して取り組んでいくことで、更に引力を高めていけると思う。
越見源
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>「(自分の中での)意識の統合」は永続した試しがない。
自分の中での意識が統合されている状態とは、
>『認識』が各人の日常的な最先端価値(=統合価値=評価指標)
になっている状態のときであり、
>外から受ける刺激=新しい認識との出会いがきっかけ
でばらばらだったものが徐々に統合されていくのがわかる。
だが、それだけではまた
>ほんのちょっとしたことで急転直下、歯車が狂い出し、統合が崩れ始める
ことになる。
>悪循環に陥る原因
は、個人の気付きで終わってしまっているから。
それが皆と共認できて(皆がそれに収束して)はじめて、「答え=認識」になり、全ゆる行動の指標(モノサシ)となる。
それ(皆の評価指標)を収束させる「場」が「認識形成サイト」であり、そこでの答え(認識)を皆が羅針盤にすることで統合される。
門奈津子
自分の中での意識が統合されている状態とは、
>『認識』が各人の日常的な最先端価値(=統合価値=評価指標)
になっている状態のときであり、
>外から受ける刺激=新しい認識との出会いがきっかけ
でばらばらだったものが徐々に統合されていくのがわかる。
だが、それだけではまた
>ほんのちょっとしたことで急転直下、歯車が狂い出し、統合が崩れ始める
ことになる。
>悪循環に陥る原因
は、個人の気付きで終わってしまっているから。
それが皆と共認できて(皆がそれに収束して)はじめて、「答え=認識」になり、全ゆる行動の指標(モノサシ)となる。
それ(皆の評価指標)を収束させる「場」が「認識形成サイト」であり、そこでの答え(認識)を皆が羅針盤にすることで統合される。
門奈津子
>幸い、私権の衰弱に伴って、私権収束から本源収束への潜在潮流は日増しに大きくなってきている。従って、私権統合から本源統合へと社会の統合軸を転換させる為には、素人の社会的な共認の場さえ形成できれば良い。それは、人類が長い間奪われてきた“まつり”(参加充足=共認充足)の場を再生してゆくことでもある。その場こそ、ネットに他ならない。つまり、ネットは人類に与えられた新しい“まつり”の場であり、人類最大の共認充足の場となるべきものなのである。
>滅亡への道を走る今の社会を唯一変えていく可能性をもつネットが、狂った旧住人たちに潰されようとしている。変革の道具としての可能性を実現する為に、今必要なことは、普通の人たちの投稿による参加であろう。圧倒的多数の普通の人たちの参加によって、旧住人を駆逐してゆくことによってしか、ネットの可能性はひらかれない。いま必要なのはネット界そのものの革命である。
社会統合にはあらゆるイデオロギーから脱却した事実体系=統合理論と、その共認形成の場=ネットによる新たな『まつり場』の構築が不可欠。だからこそ協働者の支え(1投稿・1レス・1クリックさえ)が新たな『まつり場』の道標となり、ネットに可能性を感じている心ある人の参加を喚起させていくのだ。
三浦弘之
>滅亡への道を走る今の社会を唯一変えていく可能性をもつネットが、狂った旧住人たちに潰されようとしている。変革の道具としての可能性を実現する為に、今必要なことは、普通の人たちの投稿による参加であろう。圧倒的多数の普通の人たちの参加によって、旧住人を駆逐してゆくことによってしか、ネットの可能性はひらかれない。いま必要なのはネット界そのものの革命である。
社会統合にはあらゆるイデオロギーから脱却した事実体系=統合理論と、その共認形成の場=ネットによる新たな『まつり場』の構築が不可欠。だからこそ協働者の支え(1投稿・1レス・1クリックさえ)が新たな『まつり場』の道標となり、ネットに可能性を感じている心ある人の参加を喚起させていくのだ。
三浦弘之
>しかも、それは人類の新たなまつり場であり、そこでは『場』に参加することが、そのまま『場』を構築することになる。
>それは、自分たちでゼロから着実に新しい『場』を構築してゆく運動であり、従来の国家や市場に要求するだけの「社会」運動とは全く位相を異にしている。
社会不全(滅亡の危機)からの人欠乏、答え欠乏に応える「人と答えが一体の場」。それが「人類の新たなまつり場」。
決定的に重要なのは「場への参加=場の構築」なんだと思う。
傍観者的に要求するだけではない。ぶらさがるだけでもない。自らが参加し、ゼロから構築していく。『場』の形成に対する当事者意識。
目的は形骸化した旧統合機構に代わる『場』の構築。統合軸は、人々の評価共認であり、既存の権力統合ではない。
つまり新たな社会統合機構の構築という、根本の「社会不全に答える課題」。
目先ではない全人類的課題だ。
かなめんた
>それは、自分たちでゼロから着実に新しい『場』を構築してゆく運動であり、従来の国家や市場に要求するだけの「社会」運動とは全く位相を異にしている。
社会不全(滅亡の危機)からの人欠乏、答え欠乏に応える「人と答えが一体の場」。それが「人類の新たなまつり場」。
決定的に重要なのは「場への参加=場の構築」なんだと思う。
傍観者的に要求するだけではない。ぶらさがるだけでもない。自らが参加し、ゼロから構築していく。『場』の形成に対する当事者意識。
目的は形骸化した旧統合機構に代わる『場』の構築。統合軸は、人々の評価共認であり、既存の権力統合ではない。
つまり新たな社会統合機構の構築という、根本の「社会不全に答える課題」。
目先ではない全人類的課題だ。
かなめんた
>性闘争には(殺すまで闘ったのでは、種が絶滅してしまうので)敗れた方が勝者に従う敗従本能が付帯しており、その結果、1位・2位・3位…の序列が出来上がる。動物集団は、この序列によって秩序化され統合されている。徹底した力の原理で、人類社会の身分制度や肩書きや順位制も、この序列原理に基づいている。【新概念定義集 序列原理(じょれつげんり)より】
社会が序列原理で統合されている限り、序列上位=統合階級にしか社会統合は許されない。下層階級に与えられていたのは4年に1度の選挙権というただの紙切れ、すなわち八百長レースの投票券だけだ。
しかし70年貧困消滅をもって序列原理による統合不能となり、共認原理へとパラダイム転換した現在、万人による社会統合の可能性は既に開かれた。邪魔をしているのは、頭の中に巣食う常識=傍観者意識と、それを利用して甘い汁を吸い続けたい統合階級だけ。
つまり必要なのは、統合階級のばら撒く常識を打破る新たな認識=事実認識体系と共認形成の場。万人の手で事実を追求し、共認形成できる場=ネットによる共認統合(⇒社会統合)を実現していくことが、真の社会活動ではないか。
三浦弘之
社会が序列原理で統合されている限り、序列上位=統合階級にしか社会統合は許されない。下層階級に与えられていたのは4年に1度の選挙権というただの紙切れ、すなわち八百長レースの投票券だけだ。
しかし70年貧困消滅をもって序列原理による統合不能となり、共認原理へとパラダイム転換した現在、万人による社会統合の可能性は既に開かれた。邪魔をしているのは、頭の中に巣食う常識=傍観者意識と、それを利用して甘い汁を吸い続けたい統合階級だけ。
つまり必要なのは、統合階級のばら撒く常識を打破る新たな認識=事実認識体系と共認形成の場。万人の手で事実を追求し、共認形成できる場=ネットによる共認統合(⇒社会統合)を実現していくことが、真の社会活動ではないか。
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