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認識収束が進んでいる証だろうか、認識転換を促す書籍類はかなり売れている。にもかかわらず、共認社会が実現しつつあるという実感はまだ乏しい。なぜか?

>『認識』は各人の日常的な最先端価値(=統合価値=評価指標)であり、また基礎的に社会を統合する機能をも果たしているが、それ自体は社会を統合する最先端機能たり得ない。社会を統合する最先端機能は別に要る<

★認識⇒観念は、共認圧力の働く認識形成の場で紡がれ、開かれた共認形成の場でみんなに評価されて、はじめて統合(力)価値が生じる★

私権時代6千年間、一貫して人類観念進化の生命源「共認形成の場を破壊してきた」ことが足枷となって、新認識に転換しつつあるのに、共認収束=統合されない。

⇒マスコミに支配されている「共認形成の場をみんなの手に取り戻す」ことが最優先課題

平野令
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最近、久しぶりに「オンリーワン」という言葉を聞いた。
これからの大学はオンリーワン、つまり何かに特化した個性がなければ生き残っていけないという意味合いだった。大学は無圧力空間の典型だから世間より4~5年遅れている。

「オンリーワン」という自分(たち)にとって都合の良い幻想観念に収束してしまうのは、何故か? 

それは、『必要か否か?』という判断ができないからである。
収束不全の現代で、「極めて基底的な地平にある判断機能」を自ら機能停止させてしまうようでは到底生き残っていけない。こんな観念こそが「不要」であり、社会にとって何の生産性もない。(本来、オンリーワンとは周りが評価するものであり、自らの目標にするものではない)

無限課題の連続である現代では、常に『必要か否か?』の判断に迫られる。どれだけ対象の期待に応えて、共認を得ることができるか。さらに、一過性の評価に留まらず、共認を獲得し続け、全体を再構築しなければ意味が無い。同類闘争圧力が高まるほど現実を対象化する必要があり、判断を狂わす幻想観念は邪魔になってくる。

橋口健一
>私権観念と照らし合わせれば「不要」の判断はできやすいが、それに変わる新しい観念がなければ「必要だ!」という判断ができない。

確かに…。それじゃぁ新しい観念って何なんだろう??
と思ったのですが、よく②考えてみたら「必要か否か」って考え方自体が新しい観念ですよね!!

>『必要か、必要でないか』という認識は、決定的な一つの答えとなる。この認識が伝播するのに応じて、真っ当な判断の土俵が確立されてゆく。

「必要か否か」という判断軸はどうしても“物”に対してだけ使いがちですが、それだけではなく“考え方”とか“行動”にも関わってきます。しかし個人でそれを考えていても、みんなにとって本当に必要かどうかは判断できません。

>その意味で、必要か否かの判断の土俵を固定化させる=演場となる場の必要がまず一里塚だ。

つまり、「必要か?必要でないか?」を元に、真っ当な判断をする為の基礎が出来上がるのは、るいネットの様な認識形成サイトがあって、みんなに共認=固定化されていくからこそ可能になるってことなんだ!!

 
チーズケーキ 
'70年、先進国では貧困を克服し、本能を直撃する動物的な自然圧力・外敵圧力を克服した。しかし、観念機能を駆使してこそ認識・予測することの出来る人間的(超動物的)、かつ全人類的な自然課題・外敵課題は、未来永劫生まれ続ける。(実現論4_2_03)

それこそが同類圧力を背景とする同類闘争圧力なのだが、その「原始人類から連綿と続く認識基調の基盤」は、自然の摂理や歴史の構造的な認識などの事実認識を鮮明にさせつつある。それを加速するのは、「なんで?」「どうして?」「どうなってんの?」の探索基調だ。

そして、今や答えがない・出せないからしがみついている統合階級の手先と化したマスコミの垂れ流す旧観念的な価値観と照らして、どちらが事実といえるかという認識闘争を展開することでこそ、見えにくいが厳然と存在する全人類的な自然課題・外敵課題を顕在化させる。

その外圧共認が成立すれば、それは即活力源へと転換するので、「貧困の克服→私権獲得活力の低迷」に代わる永久エンジンとなりうる。そしてその活力によって新たな事実観念が発掘され、新たな同類圧力を生み出し、「同類圧力社会=共認社会の基本パラダイム(実現論4_2_03)」を顕在化させる。

小圷敏文
> 社会統合の必要を感じる。
しかし、それは、私権闘争の秩序維持という意味ではなく、私権活力も衰弱し、ガタガタの社会になった今、『どうする?』『どうなる?』
『どうして行く??』という意味での社会統合への期待☆.。.:*・°<

社会統合が必要であることは不変の構造。
しかし、国家は私権闘争の圧力に対する統合様式に過ぎず、圧力状況によって統合様式は変わる。

ということは、圧力状況が変化して国家(=旧統合様式)が機能不全に陥った現在、最も必要なことは、「国家を維持する」ことではなく、「社会を統合する」ことなのだ。

この構造が理解できれば、人々が潜在的に察知している万人参加の認識形成の場⇒新しい社会統合機構の必要性と可能性が、一気に顕在化するのではないだろうか。


西村秀彦
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