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雑誌各社が売上を落としている事から事実と異なる見出し広告で衆目を集め、名誉毀損として訴えられる事件が最近多いらしい。
以下は安倍事務所の提訴の記事に併せて掲載された5月10日の読売の記事からである。
>週刊誌の広告は新聞に掲載されたり、宙吊り広告になったりすることで週刊誌の記事より多くの人が目にすることになる。しかも、広告は通常見出しのみが掲載される。このため、記事内容と見出しがかけ離れた場合、大きな損害被害を招く危険性がある。
日本ABC協会によると主要な週刊誌6誌の発行部数は1995年から昨年にかけて4割近く減少しており、こうした状況で人目につく見出しをつける傾向を加速させる恐れも指摘されている。実際、広告の見出しで名誉を傷つけられたとして提訴するケースも目立ってきている。かつて裁判所は見出しに行き過ぎがあっても、名誉毀損を認めないケースも多かったが、広告の見出しそのものの違法性を指摘する判決が相次いでいる。
週刊文春の広告などについて宗教団体が起こした名誉毀損訴訟で、東京高裁は昨年3月、「多くの人は広告の見出しから一定の印象を形成したまま、週刊誌を購入しないで終わる」と指摘。広告による名誉毀損を認め、昨年9月に最高裁で賠償命令が確定した。(以上転載)
また2005年5月13日の読売新聞では下記の東京地裁の判決を報道している
>白装束集団巡る記事で名誉毀損、文芸春秋に賠償命令
週刊文春の記事で名誉を傷つけられたとして、宗教団体「千乃正法(ちのしょうほう)会」(東京都渋谷区)と千乃裕子会長が、発行元の文芸春秋に対し、計4000万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が13日、東京地裁であった。
市川正巳裁判長は「記事の内容を真実だとする十分な理由がなく、名誉を傷つけた」と述べ、文芸春秋に200万円の支払いを命じた。
問題となったのは、同誌2003年5月15日号と同6月19日号の記事で、1998年2月に香川県坂出市で起きた高圧送電鉄塔倒壊事件に、同会が関与している可能性が高いと報じた。 (以上転載)
2005年から既に9年。週刊誌が引き起こす社会的罪悪を取り巻く状況はさらに厳しくなっていると思われる。
以下は安倍事務所の提訴の記事に併せて掲載された5月10日の読売の記事からである。
>週刊誌の広告は新聞に掲載されたり、宙吊り広告になったりすることで週刊誌の記事より多くの人が目にすることになる。しかも、広告は通常見出しのみが掲載される。このため、記事内容と見出しがかけ離れた場合、大きな損害被害を招く危険性がある。
日本ABC協会によると主要な週刊誌6誌の発行部数は1995年から昨年にかけて4割近く減少しており、こうした状況で人目につく見出しをつける傾向を加速させる恐れも指摘されている。実際、広告の見出しで名誉を傷つけられたとして提訴するケースも目立ってきている。かつて裁判所は見出しに行き過ぎがあっても、名誉毀損を認めないケースも多かったが、広告の見出しそのものの違法性を指摘する判決が相次いでいる。
週刊文春の広告などについて宗教団体が起こした名誉毀損訴訟で、東京高裁は昨年3月、「多くの人は広告の見出しから一定の印象を形成したまま、週刊誌を購入しないで終わる」と指摘。広告による名誉毀損を認め、昨年9月に最高裁で賠償命令が確定した。(以上転載)
また2005年5月13日の読売新聞では下記の東京地裁の判決を報道している
>白装束集団巡る記事で名誉毀損、文芸春秋に賠償命令
週刊文春の記事で名誉を傷つけられたとして、宗教団体「千乃正法(ちのしょうほう)会」(東京都渋谷区)と千乃裕子会長が、発行元の文芸春秋に対し、計4000万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が13日、東京地裁であった。
市川正巳裁判長は「記事の内容を真実だとする十分な理由がなく、名誉を傷つけた」と述べ、文芸春秋に200万円の支払いを命じた。
問題となったのは、同誌2003年5月15日号と同6月19日号の記事で、1998年2月に香川県坂出市で起きた高圧送電鉄塔倒壊事件に、同会が関与している可能性が高いと報じた。 (以上転載)
2005年から既に9年。週刊誌が引き起こす社会的罪悪を取り巻く状況はさらに厳しくなっていると思われる。
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捏造記事による世論操作法には7つの技があるそうです。
朝日の捏造記事(NHK政治介入問題をめぐる一連の動き時に作成)を見抜くためのアドバイスをしているブログ「捏造記事の書き方講座」を紹介します。
<引用一部開始>
基本は嘘を効果的に混ぜることです。
大部分を事実で構成しつつ、もっとも重要な部分に嘘を混ぜ込む方法です。しかし一流記者ともなると嘘は用いず事実のつぎはぎのみで自在に世論誘導を行ないます。
A.「提灯記事」
いちばん簡単なのは特定の政治思想勢力にのみ肩入れし、反対意見をまったく載せない提灯記事を書くことです。この際反論に耳を貸してはいけません。多少事実を捻じ曲げ、嘘を入れてでも持ち上げます。そうすれば該当勢力からやんややんやの喝采を浴びるばかりではなく信じ込みやすい人間をころりと騙すことができます。当然批判も出ますが気にする必要はありません。この程度の記事に騙される人は、そもそも反対意見など見もしないからです。
B.「操り人形」
もう一つ簡単なのが、人の発言だけで記事を書くやり方です。発言内容に間違いがあっても批判をそらす事が出来ますしこちらの意図するような発言をしてくれる人間を見つけてきて発言させれば結果的に思い通りの記事を載せる事が出来ます。読者の声欄などがその最たる例です。
C.「数字操作」
記事に載せる数字の操作も大事です。基本はこちらの都合の悪い数字は削り、都合のいい数字だけ取り上げることですが「嘘には3種類ある。嘘と真っ赤な嘘と統計の嘘だ」という格言があるようにある程度数学知識が必要ですが、統計を用いることでも容易にデータの操作が出来ます。また、元データの収集の際に誘導的なアンケート方法を用いたり偏った対象群を選ぶことでも簡単に求める結果を得る事が出来ます。
もう一つ、こちらの言いなりになってくれる学者に頼んで捏造データをこしらえ、適当な学術誌に論文を発表してもらうのもいい方法です。3流ペーパーだと査読もないので、偽データに箔をつける事が出来ます。環境問題系だと論文が出されていることでころりと騙されてくれる人が多いので実に有用な方法です。
D.「編集改竄」
もう少し高度な技に編集による印象操作があります。読者にこちらの意図する印象を与えられるよう、事実関係のうち都合の悪い部分を削ったり巧妙に思考誘導となるようなコメントをはさむ、煽動的な見出しをつける等です。嘘を混ぜたり時系列をいじったりするやり方は三流記者のやることです。あくまでも事実同士を巧妙につなぎ合わせ、意図する方向に読者を誘導するのがプロのやり方です。編集の技は読者への印象操作が目的であり、世論誘導の基本技です。日常的に利用可能な非常に応用範囲が広い方法なので、是非憶えておきましょう。
E.「発言改竄」
編集の技は記者会見やインタビュー内容の改竄にも応用可能です。やり方は簡単。こちらの意図する印象を読者、視聴者に与えられるよう発言内容に切り出し、他からの追加、要約などの編集を加えた上で煽動的な見出しをつけるだけです。政治家相手にこれをやると特に効果が高いのでよく利用される方法です。
F.「意見誘導」
インタビュー記事を書く場合、意見誘導もまた重要な技術です。こちらの意図する返答を得られるよう質問内容を吟味することや巧みな話術が必要ですがうまくはまった場合は相手の発言だけでインパクトの強い記事を書く事が出来ます。編集の技を組み合わせることでさらに効果が高まる技能です。
また、相手に不正確な発言をさせる事が目的の場合、夜討ち朝駆けの努力も怠ってはいけません。相手の準備が出来ていないところに押しかけてコメントを取る事がポイントです。用心の足りない政治家など、結構無用心に不正確な発言をしてくれるためなかなかおいしい記事を書く事が出来ます。
ネタ次第では相手が発言を修正しても、修正したことをさらに叩けるので一粒で二度おいしい記事になることさえあります。
G.「虎の威」
記事に有識者のコメントを載せることも大事です。人は権威には弱いものです。評論家や大学教授などの肩書きだけで発言を真に受ける人も結構います。
記事の補強をするようなコメントを出してくれる権威を見つけることも大事な要素です。発言内容の正否はこの際問いません。正しい内容であるに越したことはありませんがAで述べたように間違った内容でも世論誘導が出来れば構わないのです。
<引用終了>
小澤紀夫
朝日の捏造記事(NHK政治介入問題をめぐる一連の動き時に作成)を見抜くためのアドバイスをしているブログ「捏造記事の書き方講座」を紹介します。
<引用一部開始>
基本は嘘を効果的に混ぜることです。
大部分を事実で構成しつつ、もっとも重要な部分に嘘を混ぜ込む方法です。しかし一流記者ともなると嘘は用いず事実のつぎはぎのみで自在に世論誘導を行ないます。
A.「提灯記事」
いちばん簡単なのは特定の政治思想勢力にのみ肩入れし、反対意見をまったく載せない提灯記事を書くことです。この際反論に耳を貸してはいけません。多少事実を捻じ曲げ、嘘を入れてでも持ち上げます。そうすれば該当勢力からやんややんやの喝采を浴びるばかりではなく信じ込みやすい人間をころりと騙すことができます。当然批判も出ますが気にする必要はありません。この程度の記事に騙される人は、そもそも反対意見など見もしないからです。
B.「操り人形」
もう一つ簡単なのが、人の発言だけで記事を書くやり方です。発言内容に間違いがあっても批判をそらす事が出来ますしこちらの意図するような発言をしてくれる人間を見つけてきて発言させれば結果的に思い通りの記事を載せる事が出来ます。読者の声欄などがその最たる例です。
C.「数字操作」
記事に載せる数字の操作も大事です。基本はこちらの都合の悪い数字は削り、都合のいい数字だけ取り上げることですが「嘘には3種類ある。嘘と真っ赤な嘘と統計の嘘だ」という格言があるようにある程度数学知識が必要ですが、統計を用いることでも容易にデータの操作が出来ます。また、元データの収集の際に誘導的なアンケート方法を用いたり偏った対象群を選ぶことでも簡単に求める結果を得る事が出来ます。
もう一つ、こちらの言いなりになってくれる学者に頼んで捏造データをこしらえ、適当な学術誌に論文を発表してもらうのもいい方法です。3流ペーパーだと査読もないので、偽データに箔をつける事が出来ます。環境問題系だと論文が出されていることでころりと騙されてくれる人が多いので実に有用な方法です。
D.「編集改竄」
もう少し高度な技に編集による印象操作があります。読者にこちらの意図する印象を与えられるよう、事実関係のうち都合の悪い部分を削ったり巧妙に思考誘導となるようなコメントをはさむ、煽動的な見出しをつける等です。嘘を混ぜたり時系列をいじったりするやり方は三流記者のやることです。あくまでも事実同士を巧妙につなぎ合わせ、意図する方向に読者を誘導するのがプロのやり方です。編集の技は読者への印象操作が目的であり、世論誘導の基本技です。日常的に利用可能な非常に応用範囲が広い方法なので、是非憶えておきましょう。
E.「発言改竄」
編集の技は記者会見やインタビュー内容の改竄にも応用可能です。やり方は簡単。こちらの意図する印象を読者、視聴者に与えられるよう発言内容に切り出し、他からの追加、要約などの編集を加えた上で煽動的な見出しをつけるだけです。政治家相手にこれをやると特に効果が高いのでよく利用される方法です。
F.「意見誘導」
インタビュー記事を書く場合、意見誘導もまた重要な技術です。こちらの意図する返答を得られるよう質問内容を吟味することや巧みな話術が必要ですがうまくはまった場合は相手の発言だけでインパクトの強い記事を書く事が出来ます。編集の技を組み合わせることでさらに効果が高まる技能です。
また、相手に不正確な発言をさせる事が目的の場合、夜討ち朝駆けの努力も怠ってはいけません。相手の準備が出来ていないところに押しかけてコメントを取る事がポイントです。用心の足りない政治家など、結構無用心に不正確な発言をしてくれるためなかなかおいしい記事を書く事が出来ます。
ネタ次第では相手が発言を修正しても、修正したことをさらに叩けるので一粒で二度おいしい記事になることさえあります。
G.「虎の威」
記事に有識者のコメントを載せることも大事です。人は権威には弱いものです。評論家や大学教授などの肩書きだけで発言を真に受ける人も結構います。
記事の補強をするようなコメントを出してくれる権威を見つけることも大事な要素です。発言内容の正否はこの際問いません。正しい内容であるに越したことはありませんがAで述べたように間違った内容でも世論誘導が出来れば構わないのです。
<引用終了>
小澤紀夫
テレビの討論番組での議論や、繰り広げられる主張・・・。
あんなに時間を使って、熱く語っている(ように見える)けど、何がしたいの?何か変わった?
この疑問は↓↓を読んですっきりした。
>∴私権時代(特に近代)の主張や議論とは、欺瞞共認を形成する(事によって私権闘争で優位に立つ)為の様式にすぎない!
彼らがしたいのは、(彼ら風に言えば)『社会を変えること』でも、『真実を伝えること』でもない。
ましてや、彼らの主義・主張を人々に押し付けたりすることですらない。
彼らがしている≪議論≫≪主張≫≪説得≫は、目的=共認支配→私権獲得のための方法にすぎない。
それが、今までにやり方ではごまかしの効かないところ(人々のマスコミ離れが深刻)まできている。
しかしそれでもなお、彼らはごまかせると思っている。
だから、捏造という、上記の方法すらも逸脱した方法が生まれてくるのではないだろうか?
捏造には、今まで真の目的を隠すために使われていた、彼らの言う表向きに目的(≪議論≫≪主張≫≪説得≫)すらも見えてこない。
マスコミの崩壊が目に見えるようだ。
匿名希望
あんなに時間を使って、熱く語っている(ように見える)けど、何がしたいの?何か変わった?
この疑問は↓↓を読んですっきりした。
>∴私権時代(特に近代)の主張や議論とは、欺瞞共認を形成する(事によって私権闘争で優位に立つ)為の様式にすぎない!
彼らがしたいのは、(彼ら風に言えば)『社会を変えること』でも、『真実を伝えること』でもない。
ましてや、彼らの主義・主張を人々に押し付けたりすることですらない。
彼らがしている≪議論≫≪主張≫≪説得≫は、目的=共認支配→私権獲得のための方法にすぎない。
それが、今までにやり方ではごまかしの効かないところ(人々のマスコミ離れが深刻)まできている。
しかしそれでもなお、彼らはごまかせると思っている。
だから、捏造という、上記の方法すらも逸脱した方法が生まれてくるのではないだろうか?
捏造には、今まで真の目的を隠すために使われていた、彼らの言う表向きに目的(≪議論≫≪主張≫≪説得≫)すらも見えてこない。
マスコミの崩壊が目に見えるようだ。
匿名希望
>ただ、'70年以降、あまりにも自分主義の弊害が大きくなってきたので、「他人の自由や権利を最大限に尊重するのが、本当の個人主義だ」という論調に変わってきました(そうでないと人々の共認が得られない)。しかし、そうなってもなお自我は肯定視されたままで、否定できないでいます。それも当然で、自我こそが個人主義の核心を成すものであり、もし自我を否定して他人の尊重を第一にすれば、個人主義は相手主義に大転換して終うからです。それほどに、自我(という観念)と個人(という観念)は、不可分なものとして形成されています。『個人主義者の詭弁 個人と自我』より(972)
最近の(といっても20年ほど前から感じている事だが)新聞や雑誌の記事を読むと「誰のために記事を書いているのだろうか」と思う事が多い。
記事の内容が確かに「社会的に意味がある」と思われる物が年々少なくなり、新聞の看板である「社説」の記事も三面記事にあるような出来事の羅列であったりする事が多い。
そのような記事を見ると、「社会のため」でもなく「会社のため」でもなく、「個人ノルマ」のためかと思ってしまう。
そのような危機感を感じている元新聞記者のブログの記事が元同業者であるだけに的を射ているので引用紹介する。
『ガ島通信」より 以下抜粋引用
******************************************************
>新聞の危機を説明するときに、私はいつも「たとえ話」を持ち出します。もし、新聞社が老舗和菓子屋だったら…。
>和菓子屋は、創業100年の老舗。「安心」と「信頼」が売り物で、中高年に人気です。社会的ステータスもあり、贈答品としても喜ばれています。しかし、店員は評判の上に胡坐(あぐら)をかき、態度が横柄です。そして、最近味が落ちたのではないかと一部の人が噂しています。従業員の一部は「昔ほどの味ではなくなった(報道内容の質が低下)」、「イメージが古い(デザインやレイアウトが古い)」と危機感を持っていますが、ほとんどの人がのんびりしています。なんと言っても、まだまだ売れているし、給与も高い…。
>最近、近くには洋菓子店がオープンして、若者に人気が出始めました。以前から若者離れに頭を悩ませていた和菓子屋の旦那は、ケーキや創作和菓子に挑戦するよう従業員に命じますが、職人はプライドが高くて、お客のニーズを聞かないこともあり、あまり売れません。そして、じわじわと売り上げは落ちています。そんな和菓子屋に将来はあるのでしょうか? …こんな感じです。
>新人研修会で同じようなことを話したこともあります。新聞社に入った理由(記者以外もいるので)を尋ねると、「世の中の役に立ちたい」というようなことを言いますが、「新聞を読んでいる?」、「友達は読んでいますか?」と聞くと、ほとんどが「読んでない」、「自分は読んでいるが、友達は読んでない」と答えます。「お菓子を食べたことがないし、友達も食べていないのに、よく入るね?」と言うと、ハッとした顔をする人もいます。
>「そんなことも気づかないの?」と言うのは簡単ですが、世の中には良くわからないけど「確からしい」と思っていることはたくさんあります。それを、掘り起こしたり、違った角度から切り取ったりするのがマスメディアの役割でもあるわけですが、多くの人がそうであるように自分のことには鈍感です。
>この話をマスコミ関係者とすると「けどね、マスコミは和菓子屋じゃない(当たり前!)」、「商売とジャーナリズムを一緒にしてもらったら困るよ」などの意見が出ます。つい先日も「いい報道をしたい」と、努力している民放のカメラマンと話したときもかみ合いませんでした。和菓子屋さんだけでなく、どのような職業の人でも、良心的な人はコストや組織の体質と闘いながら「お客さんにいいものを提供したい」と頑張っているはずです。ジャーナリズムを担っていることに社会的責任があることを、いつしか特権と思い「自分は違うのだ」と思い込んだら終わりです。
~以下省略
*************************************
「社会のため」「みんなのため」という思いが、いつしかお題目化し、結局は「自分の会社のため」、「自分のノルマのため」にずり下がっている。
他人を批評するだけで、自らが評価されることが少ない彼らは、自らを騙している詭弁の罪の重さに気付いていない。
ギニュー特戦隊
最近の(といっても20年ほど前から感じている事だが)新聞や雑誌の記事を読むと「誰のために記事を書いているのだろうか」と思う事が多い。
記事の内容が確かに「社会的に意味がある」と思われる物が年々少なくなり、新聞の看板である「社説」の記事も三面記事にあるような出来事の羅列であったりする事が多い。
そのような記事を見ると、「社会のため」でもなく「会社のため」でもなく、「個人ノルマ」のためかと思ってしまう。
そのような危機感を感じている元新聞記者のブログの記事が元同業者であるだけに的を射ているので引用紹介する。
『ガ島通信」より 以下抜粋引用
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>新聞の危機を説明するときに、私はいつも「たとえ話」を持ち出します。もし、新聞社が老舗和菓子屋だったら…。
>和菓子屋は、創業100年の老舗。「安心」と「信頼」が売り物で、中高年に人気です。社会的ステータスもあり、贈答品としても喜ばれています。しかし、店員は評判の上に胡坐(あぐら)をかき、態度が横柄です。そして、最近味が落ちたのではないかと一部の人が噂しています。従業員の一部は「昔ほどの味ではなくなった(報道内容の質が低下)」、「イメージが古い(デザインやレイアウトが古い)」と危機感を持っていますが、ほとんどの人がのんびりしています。なんと言っても、まだまだ売れているし、給与も高い…。
>最近、近くには洋菓子店がオープンして、若者に人気が出始めました。以前から若者離れに頭を悩ませていた和菓子屋の旦那は、ケーキや創作和菓子に挑戦するよう従業員に命じますが、職人はプライドが高くて、お客のニーズを聞かないこともあり、あまり売れません。そして、じわじわと売り上げは落ちています。そんな和菓子屋に将来はあるのでしょうか? …こんな感じです。
>新人研修会で同じようなことを話したこともあります。新聞社に入った理由(記者以外もいるので)を尋ねると、「世の中の役に立ちたい」というようなことを言いますが、「新聞を読んでいる?」、「友達は読んでいますか?」と聞くと、ほとんどが「読んでない」、「自分は読んでいるが、友達は読んでない」と答えます。「お菓子を食べたことがないし、友達も食べていないのに、よく入るね?」と言うと、ハッとした顔をする人もいます。
>「そんなことも気づかないの?」と言うのは簡単ですが、世の中には良くわからないけど「確からしい」と思っていることはたくさんあります。それを、掘り起こしたり、違った角度から切り取ったりするのがマスメディアの役割でもあるわけですが、多くの人がそうであるように自分のことには鈍感です。
>この話をマスコミ関係者とすると「けどね、マスコミは和菓子屋じゃない(当たり前!)」、「商売とジャーナリズムを一緒にしてもらったら困るよ」などの意見が出ます。つい先日も「いい報道をしたい」と、努力している民放のカメラマンと話したときもかみ合いませんでした。和菓子屋さんだけでなく、どのような職業の人でも、良心的な人はコストや組織の体質と闘いながら「お客さんにいいものを提供したい」と頑張っているはずです。ジャーナリズムを担っていることに社会的責任があることを、いつしか特権と思い「自分は違うのだ」と思い込んだら終わりです。
~以下省略
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「社会のため」「みんなのため」という思いが、いつしかお題目化し、結局は「自分の会社のため」、「自分のノルマのため」にずり下がっている。
他人を批評するだけで、自らが評価されることが少ない彼らは、自らを騙している詭弁の罪の重さに気付いていない。
ギニュー特戦隊
私達は子供の頃からテレビや雑誌から垂れ流される共認支配・観念支配にどっぷりと浸かってきました。
その結果、社会の問題に対して、本来必要な考える力(観念機能)をどんどん低下させてきました。例えば、テレビや雑誌で専門家が言っているから、その通りなんだろうとか・・・それ以上は考えない癖がつく。
また、各メディアから流れる解脱情報に収束し、潜在信念で感じていた社会への危機感のアンテナまでも鈍くなってきました。
今までは、>「答えがないので、課題捨象」<の社会でした。
しかしこの間の、あるある~週刊朝日(類塾)等の捏造問題を初めとして、人々のマスコミへの不信感は一気に吹き出してきています。潜在思念で感じていたマスコミ支配の危機感が、「このまま社会が、マスコミの共認支配のままではまずい!」という顕在意識となりつつあります。
今、必要なのは、みんなも同じように危機と感じているんだという共認の場と、なんでこんな社会になったのか?今後どうすればいいのか?と構造化しそこに答えを出す場です。
次の世代の子供達は、アメリカ支配や福祉問題・年金問題・環境問題・精神破壊等の多くの問題を抱えた今の社会の延長に生きていきます。今後彼らに必要なのは、マスコミの共認支配にもだまされない、自ら調べ考え答えを出せる能力です。
大人がまず、まともな考える能力(なんで?思考)を獲得し、それをもとに子供達の能力を引き上がることも重要です。
このるいネットや類塾は、それが出来る最先端の場だと思います。
ここに多くの人が集まり、一緒に次の社会を作って行けることを期待しています。
村上祥典
その結果、社会の問題に対して、本来必要な考える力(観念機能)をどんどん低下させてきました。例えば、テレビや雑誌で専門家が言っているから、その通りなんだろうとか・・・それ以上は考えない癖がつく。
また、各メディアから流れる解脱情報に収束し、潜在信念で感じていた社会への危機感のアンテナまでも鈍くなってきました。
今までは、>「答えがないので、課題捨象」<の社会でした。
しかしこの間の、あるある~週刊朝日(類塾)等の捏造問題を初めとして、人々のマスコミへの不信感は一気に吹き出してきています。潜在思念で感じていたマスコミ支配の危機感が、「このまま社会が、マスコミの共認支配のままではまずい!」という顕在意識となりつつあります。
今、必要なのは、みんなも同じように危機と感じているんだという共認の場と、なんでこんな社会になったのか?今後どうすればいいのか?と構造化しそこに答えを出す場です。
次の世代の子供達は、アメリカ支配や福祉問題・年金問題・環境問題・精神破壊等の多くの問題を抱えた今の社会の延長に生きていきます。今後彼らに必要なのは、マスコミの共認支配にもだまされない、自ら調べ考え答えを出せる能力です。
大人がまず、まともな考える能力(なんで?思考)を獲得し、それをもとに子供達の能力を引き上がることも重要です。
このるいネットや類塾は、それが出来る最先端の場だと思います。
ここに多くの人が集まり、一緒に次の社会を作って行けることを期待しています。
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