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7674 素人の社会活動36 探求思考と説明思考⇒表出(会議と投稿)のパラダイム転換
7675 素人の社会活動37 表出規範(or思考規範・表現規範) 

素人の社会活動36、37のポイント
・説明思考→長文投稿から探求思考→短文投稿へのパラダイム転換が必要
・そのためには、表現規範、思考規範の転換が必要。
・表現規範、思考規範の転換をする為には、倒錯観念、欺瞞観念では不可 能で現実の真っ只中にいる素人だからこそ可能。

    ┏━━━━━━━━━┓    ┏━━━━━━━━━┓
    ┃説明思考→長文投稿┃    ┃探求思考→短文投稿┃
    ┗━━━━━━━━━┛    ┗━━━━━━━━━┛
      会議室の魅力▼      潜在思念で自ずと共認
         ↑              ↑
         ↑              ↑
  ┏━━━━━━↑━━〈表現規範の転換〉━━━↑━━━━━━┓ 
  ┃                            ┃
  ┃ 難しいだけの長文投稿        数行の投稿文   ┃
  ┃                            ┃
  ┗━━━━━━↑━━━━━━━━━━━━━━↑━━━━━━┛
         ↑              ↑
         ↑              ↑
  ┏━━━━━━↑━━〈思考規範の転換〉━━━↑━━━━━━┓
  ┃                            ┃
  ┃ 答えになっていないのに説明    探求途上の言葉   ┃
  ┃      ∧  ↑     (切口、気付、感想、疑問)┃
  ┃      ∥  ↑           ∧      ┃
  ┃      ∥  ↑           ∥      ┃
  ┃      ∥  解り易くが至上命題   ∥      ┃
  ┃      ∥  ↑      ↑    ∥      ┃
  ┃      ∥  ↑      ↑    ∥      ┃
  ┃ 共認させる事が最大目的  内面の対象化 ∥      ┃
  ┃  ↑       ↑       ∧  ∥      ┃
  ┃  ↑       ↑       ∥  ∥      ┃
  ┃現実捨象の    本源捨象の    現実対象の探求   ┃
  ┃本源価値の探求  私権価値の探求            ┃
  ┃  ∧       ∧          ∧      ┃
  ┗━━∥━━━━━━━∥━━━━━━━━━━∥━━━━━━┛
     ∥       ∥          ∥
     ∥       ∥          ∥ 
   統合階級の    統合階級の     素人の創造
   倒錯観念     欺瞞観念


アリンコ
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つい最近、会社からの帰宅時に、なんで屋さんの露店に立ち寄りました。その時は、露店のメンバーが男性のみで女性がいなかったこともあり、通行人はすたすたと露店の前を通りすぎるのみで、露店に立ち寄る人が少ないようでした。

何故だろう、と思ったのですが、多分露店の前をスルーして通り過ぎて行く人たちは、そもそも道端の露店という現代社会では多少不自然(ちょっと怪しげ)な露店という出店形態に立ち寄って見るほどのきっかけ、というか強い可能性みたいなものを露店に対して感じられないからなのではないかと思います。

通行人が露店を見て、露店に立ち寄るかどうかを判断する時間は2秒程度です。つまり、たった2秒でその露店に立ち寄るかどうかの判断をしているわけで、この2秒の間に露店の可能性をいかに通行人にアピールするかが問題となります。

通行人は、お題とカードに目を引かれると思います。カードを読むためには立ち止まらねばならず、さきほどの2秒という判断時間の中において、「そのまま通り過ぎる」という選択肢を選ぶ人が圧倒的に多くなっているのではないかと思います。お題については、上記2秒という判断時間の中で、通行人の興味を引くお題を提示できるかどうかにかかっていますが、いくら通行人が「お題」に興味を持っても、「露呈に立ち寄る」というアクションを起こすには勇気がいるものです。

一方で、女性が露店のメンバーとして居ると立ち寄りやすいです。女性の存在によって露店に対して安心感みたいなものが生まれて、「立ち寄ってもいいかな」と思えてくるわけです。(例えば、そこに「かわいい」女性がいれば、若い男はそれだけで「立ち寄ってみよう!」という判断を0.5秒以内に行うでしょう)

一つ重要なアピール点でありながら見過ごされているように思える点は、るいネットのアクセス数です。現在、るいネットの週間アクセス数は週間120万アクセスを超えています。このアクセス数は累計なので、仮に類ネットの閲覧者1人が1週間に40投稿閲覧している(それはちょっと多いような気もしますが)としても、1週間に3万人(これは控えめな推計なので実際はもっと多いはず)が閲覧していることになります。これはかなりの人数だと思います。るいネットはネット界においても巨大サイトの一つになりつつあると言っても過言では無いでしょう。

そこで、「我々は週間120万のアクセス数を誇るウェブサイトを運営しています。今週の注目投稿は~でした。」というように、るいネットを主軸において通行人にアピールすることで、特にネットに敏感な(可能性を感じている)若い世代に強く響くと思います。と、同時に一時的に道端に露店を出しているの(ちょっと怪しげな人たち)ではなく、ネットを活用している集団であるということもアピールできるため、正体不明の人たちかもしれない、という露店の怪しさも消すことができるはずです。

例えば、以下のようなキーワードで宣伝すれば、通行人が判断する「2秒」の間に、大きなインパクトを与えることができると思います。

「週間アクセス数120万アクセスのるいネットを運営しています!」
「週間アクセス数120万アクセスのるいネットの今週の注目投稿は~です!」

多少、キャッチコピー的な色合いが強くなってしまいますが、若い世代に強く響く「ウェブサイトのアクセス数」という「評価指標」を最初に通行人に提示することで、ネットに強く収束している特に世代の興味を引くことができると思います。この方法であれば、通行人は露店を通り過ぎる2秒という判断時間において、「えっ、1週間120万アクセスは結構すごいサイトだな、この人たちって何者なんだろう!ちょっと話を聞いてみよう!」という興味が沸いてくる可能性が高くなると思います。



daisuke
それは何故か?

今日の学生の就職意識に、明確にその理由が存在する。

213681 潮流5:失われた40年
>彼らには、この失われた40年を総括して、せめて「自由競争・自由市場など幻想」であり、「現実には国家に支えられた市場しか存在しない」のだという事実くらいは、素直に認めてもらいたいものである。それさえ学習できないのなら、この失われた40年は全く無駄になる。

上記の言葉は、この40年間の社会統合を担ってきた政治家・官僚・マスコミといった統合階級を中心に、実は傍観者としてぶら下がってきただけの一般庶民にも当て嵌まる痛い指摘であろう。

そして、残念ながら多くの場合、「自由競争・自由市場など幻想」であり、「現実には国家に支えられた市場しか存在しない」のだという事実すら、まともに学習されていないのが実情である。

しかし、これから社会に出ようとしている学生二人の言葉から、真摯に学ぶ姿勢を真っ先に感じ取る事が出来た。

Aさん(就職は決まったが社会に出る前にもっと勉強しておきたい4年生)
「自立して生活する為というのはあるが、生活をしつつ夢を実現させる為に仕事をして行きたい。日常の中に“学べる”場を沢山創る事によって、この日本をもっと良くして行きたい、というのが夢。」

B君(本格的な農業志望)
「大学での勉強は唯ひたすら一方的に受信するだけで、何も生産出来ていない事に危機感すら感じる。早く大学を抜け出して、役に立つ生産に携わりたい。」

まだネットサロンに参加して間もない彼らには、『私権原理から共認原理への転換』という構造がとてもしっくり来たようだ。

生活の為には金が必要。この単純な事実はしっかりと受け止めながら、決してそれだけの為に頑張ろうとは考えていない。この市場の現実に生きながら、「市場原理(金儲け絶対)」の仕組みをいとも簡単に越えようとしているかのようにすら見えてくる。

また、Aさんがネットサロンの感想として残してくれた言葉にも、可能性が見えた。
「ここで聞いた話をもっと沢山の場で出来るようにするにはどうしたら良いか?を考えて行きたい。」

意識生産の時代、今最も不足しているのは『認識の供給者』なのだと想う。だとすれば、上記感想の通り認識供給の場を増やしていく事と、それらの認識を消費する場とが循環する事で、需要と供給の場は拡大して行ける。

社会貢献に対する投資(213336)も活況を見せる中、自ら生産主体となり、社会統合の一旦を担わんとする意思も顕在化してきたとなれば、これは明確な『新市場(自分⇒みんなの為の市場)』の誕生前夜だと言えるのではないか。



川井孝浩
脳科学者として有名な苫米地英人氏が長年研究してきたテレビに代わる新しい映像発信媒体として、キーホールTV(リンク)というものがあるようです。

キーホールTVとは、「P2Pインターネットサービス(リンク)」というシステムを利用して、ソフトをダウンロードすれば誰もが放送局を開設し、瞬時に高質な画像を配信でき、また無料で視聴できるテレビです。

この特徴は、
① 世界に向けて自分の生放送TVを発信できる。
KeyholeVideoをダウンロードすれば、カメラとマイクさえあれば自分だけの生放送番組をネット上で公開できる。

②ビデオ通信が可能。
キーホールTVをとおして、1対1のビデオ通話や1対複数人での通話、通信が可能。

③災害などの有事の時に、瞬時に配信できる。
デジタル放送では生放送でも受信までに3秒間かかり、地震速報など有事の際に大きなリスクとなる可能性があるが、キーホールTVであれば瞬時に配信でき、有事の際のリスクが大きく下がる。

④一極支配から、多極化へ。
現在は、テレビ業界はマスコミが牛耳っている上、新たに開局することができないという問題がある。
あるいは、特権階級による情報の隠ぺいや工作があり、事実が大衆に知らされない構造となっている。
キーホールTVを利用して、その当事者自らがリアルタイムに配信することによって背後の事実を広く社会に発信できる場としての可能性が開かれる。

⑤膨大なデータ収集場所と、電力消費が回避できる。
苫米地氏によると、グーグルをはじめとするインターネットプロバイダは、全ての情報を一括して蓄積しているため、膨大なデータ蓄積や配信量、そして電力消費となっている。これが今後のインターネット時代の中でも限界になってくるとして、キーホールTVになれば、情報と電力を分散させることができ、既存のインフラを生かしながら高度化させることができる。

以上、大きく5つ挙げましたがテレビ業界が凋落している現在、新たな発信媒体者が大衆に向かっている潮流はおもしろいなと感じました。

使われ方としては、個人であればブログの延長として映像を配信するようになるだろうし、集団(企業など)であれば大衆参加型のテレビ会議や社会に貢献するための共認形成ツール(宣伝媒体)となりうる。映像を通じての社会との接点が開かれるのではないでしょうか。


橋本宏

56591「共認域を作り出すことこそ、本当に必要な実践活動」冨田氏
>´70年、貧困が消滅した途端に、思想は輝きを失い、無思想・無関心が蔓延していった。思想の終焉である。そして、思想の終焉と共に、運動は閉塞していった(ex.´70年以降の社・共の凋落は、誰の目にも明らか)。その原因が、豊かさ追求(貧困からの脱出)と、それを正当化した近代思想(自由・個人・人権)と、それに導かれた要求運動というパラダイム全体の終焉であることは明らかである。ところが、今なお多くの運動が、とっくに輝きを失った近代思想に依拠し続けている。それでは、誰も(ごく一部の人しか)「運動」に参加してこないのも当然だろう。

 飢えの克服、そして豊かさの追求という課題(目標)は本質的には’70年をもって達成されています。そして、それ以降の活力衰弱、あるいは迷走といった現象もその先の充足課題(言い換えれば新たな目標)を提示できる認識(答え)がないからだといえます。そのことを脳科学の観点からも考えてみたいと思います。

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『脳科学からの提言―人が輝いて生きることのできる社会―』松本元氏(リンク)

●脳の目的
・脳は情報処理の仕方を獲得することが目的であるので、人の生きる目的はどれだけのことを成すか (どれだけの出力が得られるか) ではなく、情報処理の仕組みを創ること、いわば高きに向かって成長するプロセスそのものにある、 ということである。
・こうして人生の目的は、頂点に立つことではなく、 苦しくても高きに向かって進んでゆくプロセスにある。 山に登る人が「なぜ山に登るのか」 と尋ねられた時、「そこに山があるから」 と答えるのは、 まさに合脳的であると言える。山に登るのに頂点が必要なのは、高きに向かって進むためのあくまで指標であって、 頂点に達することが目的ではない。山に登って時々小高い丘に立ち止まり、自分がどれだけ引き上がったかの確認のために頂点が必要なのである。

●脳を創る―目標設定
・われわれは目標によって生きる。目標が達せられる時、 すべて物事が順調にいって満足に思われるが、 この時から、 あるいはこの直前から、脳の迷走状態は始まる。
・例えば、海難事故に遭い、 何日間も漂流して救助船に助けられた人を救うには、 温かい言葉や待遇であるより、むしろ新たな目標の設定である。遭難者の漂流中の目標は 「救助船に見つけだされ、 なんとか命が助かりたい」 の一事である。このため、救助されて新たな目標が再設定されるまでは脳活性は著しく低下し、 この結果、 免疫活性も下がるので、救助される直前、直後の取り扱いが生命の分かれ目ともなる。
・昔、 海軍は遭難者を救助した後、「帝国海軍軍人として日本国のために一身をもう一度捧げたい」という軍人魂に大喝を入れるため鉄拳で制裁を加えてでも生きる意欲を持たせたとのことである。 救肋時に温かくホッとさせるような取り扱いは、かえって遭難者を死に追いやることが多いと経験で知っていたからである。
・脳は成長することが目的であるので、 成長の具体的指標としての目標が必要ではあっても、目標を達成することが脳の目的ではない。登山家がどの山に登るかという具体的な目標をまず設定しなければ、山の頂をめざして高きに向かえないのと同様である。 従って、容易に達成されない目標としての夢を設定し、その達成に至る段階をいくつかに分割し、そのステップを一つ一つ実現してゆくことがよいのではないだろうか。最も上位の目標に何を具体的に設定するかが、 わわれの人生を決定する。
・人生で勝つことを目標にすると、 勝つことさえ難しい。勝つことに近づいたと思うと、 脳活性が低下するからである。目標が達成されそうになったら、すぐさま次にめざすべき目標を設定することが大事である。 山で遭難した人が山小屋を目の前にして、あと数十m~数百m手前で死んで発見される、ということは往々にして起こる。 勝つことより、 むしろ強くなること (成長すること) を目標にすることで結果として勝つのである。
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 脳の原理からして、目標を失うと機能低下する。何十年もの時間をかけて社会全体としての目標喪失(課題喪失)が進行した結果が、現在の統合不全(ガタガタの状態)だと思います。

「勝つことより、 むしろ強くなること (成長すること) を目標にすることで結果として勝つのである」

 といった脳の特性(構造)から考えれば、課題の実現に向けての充足過程こそが「目的」であり、活力源だとも考えられます。その実現回路を構築していくプロセスに徹しきれば、必然的に目標の達成(課題の実現)がなされるという関係にあるのではないでしょうか。

>だとすれば、今必要なことは、適応不全⇒みんな期待に応えうる新しい認識を作り出すこと、そのために、答えを求めて誰もが集まり語り合う場(共認域)を作ることだと思います。そのような場の運営者になること、自ら働きかけて共認形成の場を実現していくこと、これが、今、本当に必要な実践活動なのではないでしょうか。

 よって、「私権の獲得」「豊かさの追求」という過去の目標に代わる新たな「(社会の)共認形成の場をつくる」といった目標(充足イメージ)こそが、社会全体にとっても、集団(企業、家庭)にとっても、さらには一人一人にとっても必要になっているのだと思います。



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