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>貧困が消滅し、私権の強制圧力が衰弱すれば、人工的に作り上げられた「私権だけ」といういびつなタガが外れて、生物本来の基底的な判断機能が再生されてゆくのは当然である。
なぜ”当然”なのかと考えた。
『私権だけが絶対的に必要』。
そう人々が妄信する状況下では、そもそも(社会にとって)必要か否かなど議論される余地はなく、ひたすら物財が持つ価値の追求に傾注した。
そうやって自分の事だけ考えていれば収束力は衰えることなく、社会も統合されていた。
貧困が消滅して『私権だけ』=自分だけ、のタガが外れた'00年。
私達は忽ち収束不全に陥る。自分さえ良ければどうでもよい(=収束力が衰えることはない)とは、もはや思えない。
統合軸を失った私たちは、今まで見向きもしなかった”社会”に、答えを求めようとし始める。
必要か否か。その言葉の背後には、強烈な統合期待を感じる。
「種(社会)を統合するために、本当にそれは必要なのか」
新しい演場に登場する全ての認識は、その期待を一心に受けている。
根木貴大
なぜ”当然”なのかと考えた。
『私権だけが絶対的に必要』。
そう人々が妄信する状況下では、そもそも(社会にとって)必要か否かなど議論される余地はなく、ひたすら物財が持つ価値の追求に傾注した。
そうやって自分の事だけ考えていれば収束力は衰えることなく、社会も統合されていた。
貧困が消滅して『私権だけ』=自分だけ、のタガが外れた'00年。
私達は忽ち収束不全に陥る。自分さえ良ければどうでもよい(=収束力が衰えることはない)とは、もはや思えない。
統合軸を失った私たちは、今まで見向きもしなかった”社会”に、答えを求めようとし始める。
必要か否か。その言葉の背後には、強烈な統合期待を感じる。
「種(社会)を統合するために、本当にそれは必要なのか」
新しい演場に登場する全ての認識は、その期待を一心に受けている。
根木貴大
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個人主義の蔓延した時代を生きてきた我々は、食うに困らなくなると、無理して人と対立するような事はしなくなる。つまり、お互いの「個性」の尊重という理屈で、闘争場面をかわしてきた。
それが、「人それぞれ」という言い回しである。
また、仲間圧力絶対の中で、「見んな仲良く」という価値観念を植え付けられた若者たちは、より一層、闘争圧力に弱いように思う。
一方で、世の中の諸問題を書き綴った書籍は売れ、政治などの社会的な関心が高まり、報道番組、ノンフィクション番組の視聴率が高いという、事実認識への渇望の実態がある。
>『認識』は各人の日常的な最先端価値(=統合価値=評価指標)であり、また基礎的に社会を統合する機能をも果たしているが、それ自体は社会を統合する最先端機能たり得ない。社会を統合する最先端機能は別に要る。
>既に『超国家・超市場論3 置かれた環境を貫く闘争圧力を把握せよ』で触れたように、人類の最先端機能は、最末端まで貫く同類闘争の圧力を大前提にしており、それなしには成立しない。
認識収束は既に顕在化しているが、同類闘争の圧力が不足している。
我々は、長いこと傍観者となって闘争忌避してきたのでは無いだろうか?
つまり、無理して他人を蹴落とすような、闘争など意味がないと感じている事が、傍観者の立場を取らせてしまう直接的原因なのだろう。
日本がアメリカに収奪される状況も、傍観者の立場での闘争活力の衰弱の現われの様に思う。
しかし、事実認識への渇望がこれだけ顕在化してきた以上、状況も一変していくのではないかと期待している。
「現状の日本の社会はどうなっているのか?」などの事実追求へ向かうスタンスは、間違いなく闘争姿勢の現れであろうと思う。
それも、他人を蹴落とすような闘いではなく、みんなに喜んでもらえるような闘争となる。
この意識は、積極的に認識闘争の場=るいネットに参加してくれる人々の姿勢から、充分に感じ取れると思う。
ネット上の同類闘争の場は、当初は2ちゃんねるのような、他者否定の場しかなかったが、その存在は多くの人の不評を買って、何れ何の意味もなくなるだろう。
今後は、事実追及という共通の目的の為のネット参加者が、ますます増えていくことになるだろう。その気運はきっと評価の場を渇望するに違いないと考える。
同類闘争の場=認識形成サイトの必要性の気運が高まるということだ。
鈴木龍也
それが、「人それぞれ」という言い回しである。
また、仲間圧力絶対の中で、「見んな仲良く」という価値観念を植え付けられた若者たちは、より一層、闘争圧力に弱いように思う。
一方で、世の中の諸問題を書き綴った書籍は売れ、政治などの社会的な関心が高まり、報道番組、ノンフィクション番組の視聴率が高いという、事実認識への渇望の実態がある。
>『認識』は各人の日常的な最先端価値(=統合価値=評価指標)であり、また基礎的に社会を統合する機能をも果たしているが、それ自体は社会を統合する最先端機能たり得ない。社会を統合する最先端機能は別に要る。
>既に『超国家・超市場論3 置かれた環境を貫く闘争圧力を把握せよ』で触れたように、人類の最先端機能は、最末端まで貫く同類闘争の圧力を大前提にしており、それなしには成立しない。
認識収束は既に顕在化しているが、同類闘争の圧力が不足している。
我々は、長いこと傍観者となって闘争忌避してきたのでは無いだろうか?
つまり、無理して他人を蹴落とすような、闘争など意味がないと感じている事が、傍観者の立場を取らせてしまう直接的原因なのだろう。
日本がアメリカに収奪される状況も、傍観者の立場での闘争活力の衰弱の現われの様に思う。
しかし、事実認識への渇望がこれだけ顕在化してきた以上、状況も一変していくのではないかと期待している。
「現状の日本の社会はどうなっているのか?」などの事実追求へ向かうスタンスは、間違いなく闘争姿勢の現れであろうと思う。
それも、他人を蹴落とすような闘いではなく、みんなに喜んでもらえるような闘争となる。
この意識は、積極的に認識闘争の場=るいネットに参加してくれる人々の姿勢から、充分に感じ取れると思う。
ネット上の同類闘争の場は、当初は2ちゃんねるのような、他者否定の場しかなかったが、その存在は多くの人の不評を買って、何れ何の意味もなくなるだろう。
今後は、事実追及という共通の目的の為のネット参加者が、ますます増えていくことになるだろう。その気運はきっと評価の場を渇望するに違いないと考える。
同類闘争の場=認識形成サイトの必要性の気運が高まるということだ。
鈴木龍也
本サイトのTOPページにもある、「911捏造疑惑」。
この実態を明らかにした本でベンジャミン・フルフォードさんの
「暴かれた911疑惑の真相」と、それに続き「ユダヤ・キリスト教
[世界支配]のカラクリ」という本を立て続けに読みました。
(「ユダヤ・キリスト~」は適菜収との共著)
彼が伝えたい事の背後に見えてきたもの…
それは、有史以来、世界中の人々を巻き込もうとしてきた、「観念に
よる支配」の全体像なのではないでしょうか?これは、実現論で指摘
があった、「貧困の消滅」と無関係ではなさそうです。
今現在において尚、世界中で起こっている貧困や政情と、自分達が日々
の日常の中において見たり聞いたり感じたりしている事…それらは実は
全く同じ原因と結果によって起こっている。そう考えると、国際情勢も
自分の職場や家庭も同じ「社会」という共通の認識が根底にあって見る
ことができるのではないか?と思いました。
彼の視線は、このるいネットに参加する人々と同じ方向を向いています。
つまり…
●バラバラ・問題だらけの世界(=社会)を、どう統合するのか?
●これまでの(有史以降の)人類の生き方が、根本的に見直す必要が
問われている…現在はまさにその転換期と言える。
●だが、感応観念で設けられた規範では、その価値観を人々に強制
しなければ社会を統合させていけない。身分格差や所得格差、その
状況を打開するべく起こる争い(戦争を含む)は、その統合様式が
既に限界に達している事を示唆している。
●人間も生命である以上、自分の頭で勝手に解釈した世界観で生きて
いくのではなく、自然の摂理に基づいた在り方で生きていくことが
重要。
●その為には、何が必要か?→事実の追求と、それを皆で認めて答え
を出す事。(=協同による共同社会)
●その過程において、人々にとって不利益となる事や考え方は、皆が
照らし合わせ、必要のないものは淘汰される。これが生命が進化する
必須条件であり、現在の世界の在り方は、その意味ではかなり自然の
流れに反している。(外圧と適応)
などです。
るいネットに、「出口を塞いでいるのは、頭の中に巣食う固定観念」
という投稿板がありますが、観念支配とはまさにこの事であり、
我々はその枠の中に於いてのみ、一切の生殺与奪権が牛耳られてきた。
…教育も仕事も、産業も経済も全て!!しかし、それは「人類を全面
的に袋小路に追い込むガス室であり(実現論第4部、「場の転換」)」、
これまでの価値観による解決法では、状況を悪くさせる一方なのだ、
911から、その事実が見えてきた彼は、調べていくうちにそういう事
を考えるようになってきたのではないか?と思います。
制度への反対を声高に叫んだり、武装し暴力によって状況打破を図る
だけでは、根本的な「頭の中に巣食う固定観念」自体が何も変わらな
いのは当然の事であり、だからこそ認識している事そのものを改めて
見直す必要があるのだ、とも言えそうです。
以前、露店で「勉強するのは何で?」というお題がありましたが、
そろそろ、個人の私腹を肥やす為の勉強やその制度も見直される必要
に迫られていると思います。
Silentservice
この実態を明らかにした本でベンジャミン・フルフォードさんの
「暴かれた911疑惑の真相」と、それに続き「ユダヤ・キリスト教
[世界支配]のカラクリ」という本を立て続けに読みました。
(「ユダヤ・キリスト~」は適菜収との共著)
彼が伝えたい事の背後に見えてきたもの…
それは、有史以来、世界中の人々を巻き込もうとしてきた、「観念に
よる支配」の全体像なのではないでしょうか?これは、実現論で指摘
があった、「貧困の消滅」と無関係ではなさそうです。
今現在において尚、世界中で起こっている貧困や政情と、自分達が日々
の日常の中において見たり聞いたり感じたりしている事…それらは実は
全く同じ原因と結果によって起こっている。そう考えると、国際情勢も
自分の職場や家庭も同じ「社会」という共通の認識が根底にあって見る
ことができるのではないか?と思いました。
彼の視線は、このるいネットに参加する人々と同じ方向を向いています。
つまり…
●バラバラ・問題だらけの世界(=社会)を、どう統合するのか?
●これまでの(有史以降の)人類の生き方が、根本的に見直す必要が
問われている…現在はまさにその転換期と言える。
●だが、感応観念で設けられた規範では、その価値観を人々に強制
しなければ社会を統合させていけない。身分格差や所得格差、その
状況を打開するべく起こる争い(戦争を含む)は、その統合様式が
既に限界に達している事を示唆している。
●人間も生命である以上、自分の頭で勝手に解釈した世界観で生きて
いくのではなく、自然の摂理に基づいた在り方で生きていくことが
重要。
●その為には、何が必要か?→事実の追求と、それを皆で認めて答え
を出す事。(=協同による共同社会)
●その過程において、人々にとって不利益となる事や考え方は、皆が
照らし合わせ、必要のないものは淘汰される。これが生命が進化する
必須条件であり、現在の世界の在り方は、その意味ではかなり自然の
流れに反している。(外圧と適応)
などです。
るいネットに、「出口を塞いでいるのは、頭の中に巣食う固定観念」
という投稿板がありますが、観念支配とはまさにこの事であり、
我々はその枠の中に於いてのみ、一切の生殺与奪権が牛耳られてきた。
…教育も仕事も、産業も経済も全て!!しかし、それは「人類を全面
的に袋小路に追い込むガス室であり(実現論第4部、「場の転換」)」、
これまでの価値観による解決法では、状況を悪くさせる一方なのだ、
911から、その事実が見えてきた彼は、調べていくうちにそういう事
を考えるようになってきたのではないか?と思います。
制度への反対を声高に叫んだり、武装し暴力によって状況打破を図る
だけでは、根本的な「頭の中に巣食う固定観念」自体が何も変わらな
いのは当然の事であり、だからこそ認識している事そのものを改めて
見直す必要があるのだ、とも言えそうです。
以前、露店で「勉強するのは何で?」というお題がありましたが、
そろそろ、個人の私腹を肥やす為の勉強やその制度も見直される必要
に迫られていると思います。
Silentservice
●会議となると、言葉を理解するだけで精一杯になる。
☆原因は、狂った倒錯観念そのものor説明する・説得するという思考そのものにあるのでは?
難しい言葉が並んだ投稿を読むと、言葉の意味は?内容は何を言いたいの?と、一生懸命、字ずらを追いかけ、理解しようとしていました。
>観念回路は本来がタコツボ構造で、よほど観念操作に習熟したプロでもない限り、観念回路相互の結びつきは弱く狭い
理解しようとしているのに、理解出来ないorすっきりしない事を発信してみたところ、ヒントを戴きました☆
≪解らないなら、解らないと言い続ける。なんで?ってしつこく考える。輪読を繰り替えし、五感に訴える。疑問が出続けているうちは、場の探求が足りない≫
すっきりした!と、感じる時は、実感で感じた事を頭で整理した感じ。。
(感覚的に)文字を追いかけていた時は、まるで、自分自身に文章そのままを説明しているようでした。つまり、まったく潜在思念に響かない。。。
「解らない?」「なんで?」は、潜在思念で感じたこと。
潜在思念に繋がらなければ、幾ら答えだけを提示されても、『理解』する事は出来ない。
共認、潜在思念発の探索回路から出る、言葉はつたなくても共感できる。
「解らない、なんで?」の発信が、場の盛り上げや、深い探求にもつながるのだと思いました。
西田香織
☆原因は、狂った倒錯観念そのものor説明する・説得するという思考そのものにあるのでは?
難しい言葉が並んだ投稿を読むと、言葉の意味は?内容は何を言いたいの?と、一生懸命、字ずらを追いかけ、理解しようとしていました。
>観念回路は本来がタコツボ構造で、よほど観念操作に習熟したプロでもない限り、観念回路相互の結びつきは弱く狭い
理解しようとしているのに、理解出来ないorすっきりしない事を発信してみたところ、ヒントを戴きました☆
≪解らないなら、解らないと言い続ける。なんで?ってしつこく考える。輪読を繰り替えし、五感に訴える。疑問が出続けているうちは、場の探求が足りない≫
すっきりした!と、感じる時は、実感で感じた事を頭で整理した感じ。。
(感覚的に)文字を追いかけていた時は、まるで、自分自身に文章そのままを説明しているようでした。つまり、まったく潜在思念に響かない。。。
「解らない?」「なんで?」は、潜在思念で感じたこと。
潜在思念に繋がらなければ、幾ら答えだけを提示されても、『理解』する事は出来ない。
共認、潜在思念発の探索回路から出る、言葉はつたなくても共感できる。
「解らない、なんで?」の発信が、場の盛り上げや、深い探求にもつながるのだと思いました。
西田香織
最近なんでこんなに「るいネット」への投稿が増えたのか、皆さんに訊ねられることが多いので、私の一日の行動パターンを振り返りながら考えてみました。
会社への通勤電車内では、日経新聞(約5分)やその他資料(後述)を乱読します。日経は人事や訃報欄のチェック程度で、あとは見出しのチェック。これは!っていう見出しの内容のみ会社に着いてからネットで検索し調べます。
会社着後始業まで約1時間あるので、他にも「るいネット」やお気に入りブログ等にひたすら目を通し、これは!って記事は印刷して営業移動中に熟読したり、URLを「るいネット/メモ帳」に貼り付けておいて後読したりします。
すると、「果たしてこの情報は事実なのだろうか」「これは、みんなにとっても貴重な情報なのでは」「この気付きはどうなんだろう」などという数々の思いが生起してきます。それらの記事や思いをみんなに読んでいただき、反応を確認したいという思いと、『徹底した現実直視⇒事実追究の姿勢』の方々からの評価(秀作・佳作・掲載)を得たいという思いが、「るいネット」への投稿意欲へと変わっていきます。
(大きな声では言えませんが)営業中の空き時間にネットカフェから、または会社に戻ってから投稿文書をまとめます。その場で投稿まで至ることもあります。そこでまた気付きや注目記事があれば、メモや印刷をして帰りの電車内で乱読したり投稿準備したりして、帰宅後に投稿します。読みきれない記事は翌朝の電車内に持ち越します。
ここで、私の投稿に対する反応や評価が、数々の情報や気付きが本当に正しいのかどうかの羅針盤になってくれ、現実に必要な認識をどんどん深めさせてくれています。
この行動パターンが継続できれば、軽く日に2,3投稿(多い日は5以上)が必然になっていく気がします。
更に軌道に乗ってくると、今まで費やしていた(マージャンや深酒といった)解脱の時間がメッキリ減っていきます。しかし、充足度合も減ったかというとむしろ逆で、投稿に対する皆さんの反応や評価を羅針盤にした共認充足の方が、はるかに上回っていることは言うまでもありません。
猛獣王S
会社への通勤電車内では、日経新聞(約5分)やその他資料(後述)を乱読します。日経は人事や訃報欄のチェック程度で、あとは見出しのチェック。これは!っていう見出しの内容のみ会社に着いてからネットで検索し調べます。
会社着後始業まで約1時間あるので、他にも「るいネット」やお気に入りブログ等にひたすら目を通し、これは!って記事は印刷して営業移動中に熟読したり、URLを「るいネット/メモ帳」に貼り付けておいて後読したりします。
すると、「果たしてこの情報は事実なのだろうか」「これは、みんなにとっても貴重な情報なのでは」「この気付きはどうなんだろう」などという数々の思いが生起してきます。それらの記事や思いをみんなに読んでいただき、反応を確認したいという思いと、『徹底した現実直視⇒事実追究の姿勢』の方々からの評価(秀作・佳作・掲載)を得たいという思いが、「るいネット」への投稿意欲へと変わっていきます。
(大きな声では言えませんが)営業中の空き時間にネットカフェから、または会社に戻ってから投稿文書をまとめます。その場で投稿まで至ることもあります。そこでまた気付きや注目記事があれば、メモや印刷をして帰りの電車内で乱読したり投稿準備したりして、帰宅後に投稿します。読みきれない記事は翌朝の電車内に持ち越します。
ここで、私の投稿に対する反応や評価が、数々の情報や気付きが本当に正しいのかどうかの羅針盤になってくれ、現実に必要な認識をどんどん深めさせてくれています。
この行動パターンが継続できれば、軽く日に2,3投稿(多い日は5以上)が必然になっていく気がします。
更に軌道に乗ってくると、今まで費やしていた(マージャンや深酒といった)解脱の時間がメッキリ減っていきます。しかし、充足度合も減ったかというとむしろ逆で、投稿に対する皆さんの反応や評価を羅針盤にした共認充足の方が、はるかに上回っていることは言うまでもありません。
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