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>普遍構造として、圧力が衰弱すると(自我の発現可能性が広がるので)自我が肥大する。しかし、私権の衰弱⇒充足基調の共認圧力は上昇しているはず。なんで自我を封鎖できないのか?
>⇒私権制度が残っているからではないか。
「私権や一対家庭は絶対不可侵」を前提に現在の法制度は作られている。その上、私権を抑制する力である私権圧力はとことん衰弱している。常にスキあらば私益をと狙っている自我・私権派にとって、私権制度はそのままで圧力だけ低下したこの状況は至る所スキだらけであり、私権派は好きなだけ私権を手にいれることができる。これが、この十年の小泉一派をはじめとする私権・反動派の暴走の構造である。極めて危険な構造だが、私権絶対の法制度が変わらない限り、暴走は続く。
以上、リンクより。
仲間非充足⇒否定の自我収束⇒それを正当化するため(共認原理に対立する)力の原理に立脚した少数派私権・反動勢力は、己を正当化する観念で観念武装する。
この正当化観念は旧観念=私権観念(自由・平等・権利・個人etc...)そのものであるが、現在は私権制度が残存している為、(旧観念の欺瞞性を暴く新観念群を持たない限り)これらの正当化観念・私権観念に対して、反論することは極めて困難である。
ex.ホリエモンは「お金で買えないものはない」、村上世彰は「お金を稼ぐのは悪いことですか!?」とマスコミを通してのたまったが、当時これに論理的に反論できた識者も素人も全くいなかった。
それゆえに、どれだけ共認収束・充足基調の大潮流が顕在化しても、制度が私権制度である限り、人々の共認圧力で、反動勢力(自我肥大)を封鎖することは不可能である。
一方で、社会の共認収束・充足基調の大潮流が顕在化すればするほど、反動勢力の「仲間非充足」は更に強まり、益々否定の自我収束→自我肥大が進む。そうなれば、暴走する社会が悪化するのは自明の理である。
共認収束・充足基調の大潮流は、次代=共認社会の可能性を開く、確かな可能性であるが、一方でその潮流が私権反動勢力をのさばらせ、社会を暴走→更なる閉塞へと陥れていくと言う、なんとも皮肉な状況となっている。
この状況を突破し、共認収束・充足基調の可能性を開いていく為にも、人々の意識と根本的にずれた(私権)制度の転換が急がれる。
採取次代、現在と同じように生存圧力が低下したが、私権制度など存在しなかった為、集団の共認(規範)圧力で自我肥大は完全に封鎖されてきた。
私権制度から共認原理に基づいた制度へと転換すれば、自我の完全封鎖は可能である。
その為には、旧観念=私権観念を全的に否定する新観念を広げていくことが必要不可欠であり、そういう意味でも「新理論収束」の萌芽を探っていくことが今後益々重要になると感じた。
西谷文宏
>⇒私権制度が残っているからではないか。
「私権や一対家庭は絶対不可侵」を前提に現在の法制度は作られている。その上、私権を抑制する力である私権圧力はとことん衰弱している。常にスキあらば私益をと狙っている自我・私権派にとって、私権制度はそのままで圧力だけ低下したこの状況は至る所スキだらけであり、私権派は好きなだけ私権を手にいれることができる。これが、この十年の小泉一派をはじめとする私権・反動派の暴走の構造である。極めて危険な構造だが、私権絶対の法制度が変わらない限り、暴走は続く。
以上、リンクより。
仲間非充足⇒否定の自我収束⇒それを正当化するため(共認原理に対立する)力の原理に立脚した少数派私権・反動勢力は、己を正当化する観念で観念武装する。
この正当化観念は旧観念=私権観念(自由・平等・権利・個人etc...)そのものであるが、現在は私権制度が残存している為、(旧観念の欺瞞性を暴く新観念群を持たない限り)これらの正当化観念・私権観念に対して、反論することは極めて困難である。
ex.ホリエモンは「お金で買えないものはない」、村上世彰は「お金を稼ぐのは悪いことですか!?」とマスコミを通してのたまったが、当時これに論理的に反論できた識者も素人も全くいなかった。
それゆえに、どれだけ共認収束・充足基調の大潮流が顕在化しても、制度が私権制度である限り、人々の共認圧力で、反動勢力(自我肥大)を封鎖することは不可能である。
一方で、社会の共認収束・充足基調の大潮流が顕在化すればするほど、反動勢力の「仲間非充足」は更に強まり、益々否定の自我収束→自我肥大が進む。そうなれば、暴走する社会が悪化するのは自明の理である。
共認収束・充足基調の大潮流は、次代=共認社会の可能性を開く、確かな可能性であるが、一方でその潮流が私権反動勢力をのさばらせ、社会を暴走→更なる閉塞へと陥れていくと言う、なんとも皮肉な状況となっている。
この状況を突破し、共認収束・充足基調の可能性を開いていく為にも、人々の意識と根本的にずれた(私権)制度の転換が急がれる。
採取次代、現在と同じように生存圧力が低下したが、私権制度など存在しなかった為、集団の共認(規範)圧力で自我肥大は完全に封鎖されてきた。
私権制度から共認原理に基づいた制度へと転換すれば、自我の完全封鎖は可能である。
その為には、旧観念=私権観念を全的に否定する新観念を広げていくことが必要不可欠であり、そういう意味でも「新理論収束」の萌芽を探っていくことが今後益々重要になると感じた。
西谷文宏
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『「ネットがあれば政治家いらない」 東浩紀「SNS直接民主制」提案』(J-CASTニュース)より転載します。
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インターネットというテクノロジーは10万人規模の直接民主制を可能にする。基礎自治体(市町村)のいくつかはミクシィ(mixi)とかのSNSで運営すればいい――。批評家の東浩紀さん(38)が深夜のテレビ番組で「政治の未来像」について大胆な提案をした。「そうなれば、政治家は今ほど必要ないのではないか」というのだ。
東さんが出演したのは、2009年10月24日未明にテレビ朝日が放送した討論番組「朝まで生テレビ!」。この日は「若者に未来はあるか?」がテーマで、人事コンサルタントの城繁幸さん(36)やフリーライターの赤木智弘さん(34)といった世代間格差について発言している20代や30代がパネラーとして登場したが、「朝生」の独特の雰囲気に飲まれてしまったのか、いまいち歯切れが悪い。そのなか、番組前半で若者側のパネラーとしては唯一、気を吐いていたのが東さんだった。
●「いまさら『若者論』をやっても意味がない」
「高齢者がどんどん増えていく日本という国がこのままダメになるのは自明で、今後は高齢者が得するような国を作るしかないのだから、若者が差別されているとか損しているといった『若者論』をやっても意味がない。むしろ高齢者が増えていくなかで、それをうまく回していく社会をどう作るのかという話をするべきだ」
と、番組のテーマをいきなり破壊。司会の田原総一朗さん(75)が「どうすればいいの?」と問いかけると、東さんは「インターネットを使った直接民主制」の可能性について語った。
「今回、政権交代が起きて、『官から民へ』とか、『国民が政治をコントロールできるようになった』と言っているけれど、僕は、ネットワークや情報技術の革命はすごく本質的だと思う。これまで政治家の仕事はいろんな人たちをつなぐことだったが、つなぐだけだったらインターネットでもできる。そうなると、これからの社会はもしかしたら、こんなに政治家っていらないのかもしれない」
と指摘。従来の選挙システムに代わる、ネット時代の新しい政治システムがありうるのではないかという考えを示した。
「国民が政策にじかに介入できるようにちゃんとシステムを作って、政策審議過程を全部透明化し、パブリックコメントのシステムをもっと洗練された形にすることによって、全然違う政策の作り方ができるかもしれない。たとえば基礎自治体(市町村)のいくつかなんて、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で運営すればいいと思う。ミクシイとかで」
●「10万人ぐらいの規模なら直接民主制ができる」
東さんはインターネットの技術を使った政策形成システムを提案したが、評論家の小沢遼子さん(72)や作家の猪瀬直樹さん(62)といった高齢世代のパネラーは理解に苦しんでいるようで、一様にポカンとした表情。田原さんも「僕、わかんない」と正直な感想を口にした。しかし、東さんは「これ、わかりましょうよ」とさらに言葉を続ける。
「(18世紀の社会思想家で、直接民主制を主張した)ルソーのころのジュネーブの人口は2万4000人だったが、これぐらいだと直接民主制ができる。しかも僕たちには今、SNSやツイッター(Twitter)というのがあって、たとえば勝間(和代)さんやホリエモン(堀江貴文さん)は、ツイッターでフォロワーが15万人もいる。1人のサービスを15万人がフォローしていて、しかも勝間さんや堀江さんはそれに(レスポンスを)返している。そういうことができるインターネットというテクノロジーは、10万人とか5万人という規模だったら、直接民主制を可能にするんですよ」
このような新しい政治システムの可能性があるのに、いまだに従来型の選挙で満足している現状にこそ問題があると、東さんは指摘した。では、なぜ技術の進歩にもかかわらず、東さんが構想するような「ネットを使った直接民主制」が現実化しないのか。それは「人の想像力がまだ追いついていないからだ」と東さんは言う。
「どの規模だったら直接民主制が可能かというのは、各時代のコミュニケーションの技術が決める。いま僕たちがいる時代は、劇的にコミュニケーションコストが安くなっている時代だから、10万人でも直接民主制ができるようになった。でも制度が追いついていないし、人の想像力が追いついていない。10万人で直接民主制なんてやったら大混乱が起きるだろうと人は思ってしまう。けれども僕は、想像力が追いついていないだけだと思う」
早口でまくしたてるように「ネット時代の政治像」を語る東さんに他のパネラーは圧倒されたようだったが、田原さんはジャーナリスト特有の直感が働いたのか、「これ、面白い!」と反応していた。
~後略~
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猛獣王S
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インターネットというテクノロジーは10万人規模の直接民主制を可能にする。基礎自治体(市町村)のいくつかはミクシィ(mixi)とかのSNSで運営すればいい――。批評家の東浩紀さん(38)が深夜のテレビ番組で「政治の未来像」について大胆な提案をした。「そうなれば、政治家は今ほど必要ないのではないか」というのだ。
東さんが出演したのは、2009年10月24日未明にテレビ朝日が放送した討論番組「朝まで生テレビ!」。この日は「若者に未来はあるか?」がテーマで、人事コンサルタントの城繁幸さん(36)やフリーライターの赤木智弘さん(34)といった世代間格差について発言している20代や30代がパネラーとして登場したが、「朝生」の独特の雰囲気に飲まれてしまったのか、いまいち歯切れが悪い。そのなか、番組前半で若者側のパネラーとしては唯一、気を吐いていたのが東さんだった。
●「いまさら『若者論』をやっても意味がない」
「高齢者がどんどん増えていく日本という国がこのままダメになるのは自明で、今後は高齢者が得するような国を作るしかないのだから、若者が差別されているとか損しているといった『若者論』をやっても意味がない。むしろ高齢者が増えていくなかで、それをうまく回していく社会をどう作るのかという話をするべきだ」
と、番組のテーマをいきなり破壊。司会の田原総一朗さん(75)が「どうすればいいの?」と問いかけると、東さんは「インターネットを使った直接民主制」の可能性について語った。
「今回、政権交代が起きて、『官から民へ』とか、『国民が政治をコントロールできるようになった』と言っているけれど、僕は、ネットワークや情報技術の革命はすごく本質的だと思う。これまで政治家の仕事はいろんな人たちをつなぐことだったが、つなぐだけだったらインターネットでもできる。そうなると、これからの社会はもしかしたら、こんなに政治家っていらないのかもしれない」
と指摘。従来の選挙システムに代わる、ネット時代の新しい政治システムがありうるのではないかという考えを示した。
「国民が政策にじかに介入できるようにちゃんとシステムを作って、政策審議過程を全部透明化し、パブリックコメントのシステムをもっと洗練された形にすることによって、全然違う政策の作り方ができるかもしれない。たとえば基礎自治体(市町村)のいくつかなんて、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で運営すればいいと思う。ミクシイとかで」
●「10万人ぐらいの規模なら直接民主制ができる」
東さんはインターネットの技術を使った政策形成システムを提案したが、評論家の小沢遼子さん(72)や作家の猪瀬直樹さん(62)といった高齢世代のパネラーは理解に苦しんでいるようで、一様にポカンとした表情。田原さんも「僕、わかんない」と正直な感想を口にした。しかし、東さんは「これ、わかりましょうよ」とさらに言葉を続ける。
「(18世紀の社会思想家で、直接民主制を主張した)ルソーのころのジュネーブの人口は2万4000人だったが、これぐらいだと直接民主制ができる。しかも僕たちには今、SNSやツイッター(Twitter)というのがあって、たとえば勝間(和代)さんやホリエモン(堀江貴文さん)は、ツイッターでフォロワーが15万人もいる。1人のサービスを15万人がフォローしていて、しかも勝間さんや堀江さんはそれに(レスポンスを)返している。そういうことができるインターネットというテクノロジーは、10万人とか5万人という規模だったら、直接民主制を可能にするんですよ」
このような新しい政治システムの可能性があるのに、いまだに従来型の選挙で満足している現状にこそ問題があると、東さんは指摘した。では、なぜ技術の進歩にもかかわらず、東さんが構想するような「ネットを使った直接民主制」が現実化しないのか。それは「人の想像力がまだ追いついていないからだ」と東さんは言う。
「どの規模だったら直接民主制が可能かというのは、各時代のコミュニケーションの技術が決める。いま僕たちがいる時代は、劇的にコミュニケーションコストが安くなっている時代だから、10万人でも直接民主制ができるようになった。でも制度が追いついていないし、人の想像力が追いついていない。10万人で直接民主制なんてやったら大混乱が起きるだろうと人は思ってしまう。けれども僕は、想像力が追いついていないだけだと思う」
早口でまくしたてるように「ネット時代の政治像」を語る東さんに他のパネラーは圧倒されたようだったが、田原さんはジャーナリスト特有の直感が働いたのか、「これ、面白い!」と反応していた。
~後略~
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猛獣王S
潮流1から9まで勉強して、共認という原理を知り、私の中で大きな変化がありました。その変化の中で気づいたことがいくつかあります。
1つ目は、人が感じる自身の生に対する価値(自分の生きている意味って何だろう?)は、周りの人との関係の中にあるということです。私はこれまで、自分の生きている意味を自分の中に求めてきましたが、見つからず終いで、人間は皆等しく生きている意味は無く、自分の生に意義付けし、それを生きる価値と見なして生きているのだと考えていました。あるいは、私は自分の生の意義付けに失敗したのかもしれません。それは当然のことで、生の価値を感じ得る時は充足状態にある時で、自分の周りの人との関係抜きには充足されることもないからです。したがって、本来生の価値は自分の内に求めるものではなく、むしろ自分の外に構築するものだったのだと気づきました。
2つ目は、自分が共認不全であり、収束不全の状態にあったことに気づいたことです。私はこれまで、漠然とした不安感や孤独感を感じていて、この原因は一体何なのかという疑問を常に抱えていました。そうした中、日本における自殺率の高さに興味を持ち、大学のゼミの卒論で自殺の社会学的・統計学的考察しようと思ったのは、必然だったのかもしれません。個人主義化により解体された人と人との「つながり」は疑心暗鬼に陥って、加速度的に共認不全のデスパイラルをつくり、人を孤立化させていく。まさに自分が感じる孤独感の原因はこれであると気づき、当時の私は思想を右傾化させていきました。しかし、個人主義から序列原理の全体主義に移行させたとしても根本原因は解決されないと思います。つまり、孤独感を感じる根本的原因は個人主義化ではなく、それによる共認不全状態なのだと今は考えています。
また、私は末期思想であって(大学のゼミも教授の書いた「終末の予感」という本に読んで受講を決めた)、漠然と世界が崩壊に向かっているような、しかもその崩壊は遠い未来ではなく近い将来に起こるのではないかと思っていました。むしろそうあってほしいという願望だったのかもしれません。私権原理によって構成された社会が内包する矛盾・歪みが、私の潜在思念に終末を予感させていたのかも知れません。私権原理で統合されている社会以外を知らない私は、まさに潮流6での収束不全状態にあったのです。
最後に、共認原理を知り自分の考え(及び行動)に大きく変化があったことに気付いたことです。私は今まで、個人主義に疑念を抱きつつも、これによって社会が構成されていると考えていたため、人間のいわゆる共認不全状態はどうしようもないものだと考えていました。社会は私権原理と、しかしながらそれだけでは回らないので、「思いやり」や「いたわり」といった【気持ち】で構成されているのだと。その「思いやり」「いたわり」といった共認的なものを原理として理論展開することなく、ただただ不全感を垂れ流す社会を否定視していました。
しかし、人類の共認形成の歴史を潮流1から学ぶことによって、共認機能なくして私権原理の社会は存在し得ず、本来人を動かし得るのは共認原理なのだと知りました。私の中の「あきらめの思考」から、一転して収束可能性・方向性を見出すことができ、充足への課題提起も出来るようになりました(あきらめ思考では課題もなにもない)。共認機能に着眼した思考による日々の行動で、自分のまわりの人を(また、スパイラル的にその外まで)共認充足させていくことが出来ると考えています。
ぽちゃ
1つ目は、人が感じる自身の生に対する価値(自分の生きている意味って何だろう?)は、周りの人との関係の中にあるということです。私はこれまで、自分の生きている意味を自分の中に求めてきましたが、見つからず終いで、人間は皆等しく生きている意味は無く、自分の生に意義付けし、それを生きる価値と見なして生きているのだと考えていました。あるいは、私は自分の生の意義付けに失敗したのかもしれません。それは当然のことで、生の価値を感じ得る時は充足状態にある時で、自分の周りの人との関係抜きには充足されることもないからです。したがって、本来生の価値は自分の内に求めるものではなく、むしろ自分の外に構築するものだったのだと気づきました。
2つ目は、自分が共認不全であり、収束不全の状態にあったことに気づいたことです。私はこれまで、漠然とした不安感や孤独感を感じていて、この原因は一体何なのかという疑問を常に抱えていました。そうした中、日本における自殺率の高さに興味を持ち、大学のゼミの卒論で自殺の社会学的・統計学的考察しようと思ったのは、必然だったのかもしれません。個人主義化により解体された人と人との「つながり」は疑心暗鬼に陥って、加速度的に共認不全のデスパイラルをつくり、人を孤立化させていく。まさに自分が感じる孤独感の原因はこれであると気づき、当時の私は思想を右傾化させていきました。しかし、個人主義から序列原理の全体主義に移行させたとしても根本原因は解決されないと思います。つまり、孤独感を感じる根本的原因は個人主義化ではなく、それによる共認不全状態なのだと今は考えています。
また、私は末期思想であって(大学のゼミも教授の書いた「終末の予感」という本に読んで受講を決めた)、漠然と世界が崩壊に向かっているような、しかもその崩壊は遠い未来ではなく近い将来に起こるのではないかと思っていました。むしろそうあってほしいという願望だったのかもしれません。私権原理によって構成された社会が内包する矛盾・歪みが、私の潜在思念に終末を予感させていたのかも知れません。私権原理で統合されている社会以外を知らない私は、まさに潮流6での収束不全状態にあったのです。
最後に、共認原理を知り自分の考え(及び行動)に大きく変化があったことに気付いたことです。私は今まで、個人主義に疑念を抱きつつも、これによって社会が構成されていると考えていたため、人間のいわゆる共認不全状態はどうしようもないものだと考えていました。社会は私権原理と、しかしながらそれだけでは回らないので、「思いやり」や「いたわり」といった【気持ち】で構成されているのだと。その「思いやり」「いたわり」といった共認的なものを原理として理論展開することなく、ただただ不全感を垂れ流す社会を否定視していました。
しかし、人類の共認形成の歴史を潮流1から学ぶことによって、共認機能なくして私権原理の社会は存在し得ず、本来人を動かし得るのは共認原理なのだと知りました。私の中の「あきらめの思考」から、一転して収束可能性・方向性を見出すことができ、充足への課題提起も出来るようになりました(あきらめ思考では課題もなにもない)。共認機能に着眼した思考による日々の行動で、自分のまわりの人を(また、スパイラル的にその外まで)共認充足させていくことが出来ると考えています。
ぽちゃ
本日地方紙「熊本日日新聞」09.0.22夕刊に次のような記事が、「お茶でうがいをする児童たち」の写真入りで掲載された。
■嬉野茶で新型インフル対策
抗菌作用のある茶カテキンを新型インフルエンザ対策に役立てようと、お茶どころ佐賀県嬉野市の生産者が20日、安価な「秋冬番茶」の茶葉を、約10日のうがい用として市内の全12小中学校(児童生徒約2600人)に配布した。
40歳以下の生産者でつくる嬉野茶業青年会のメンバーが広く茶農家に呼び掛け、9月後・半から川月半ばに収穫する秋冬番茶約800キロを調達。乾燥や選別
を経て、約150キロの製品に加工した。
生産地に近い轟小学校では、さっそくお茶を煮出し、水で割って『お茶うがい』を実践。コップを持った児童たちが流しの前に群がり、ガラガラという音が廊下に響き渡った。
最も遅く摘み取られる秋冬番茶は、新茶に比べ渋味が強く、市場に出しても高い値はつかないが、6年生の堀越義樹君(12)は「おいしくて、そのまま飲みたいくらい」とにっこり。青年会は今後、商品化も検討するという。(記事)
……………………………………………………………………………
私はとてもに嬉しい(嬉野=うれしいのー)。
この「るいネット」に「新型インフルエンザの特効薬は緑茶?」を投稿していたからです。それを見たのがきっかけになったのかはわかりませんが、最近、「ワクチンが最大の予防法」(販売促進?)のようにマスコミは言っていますので、ほとんどのメディアでの「お茶に効果がある」という情報はどこも出していません。と言うことはネットから古い情報(私は10年ほど前に見たもの)を探し出したかも知れませんが、一番ポピュラーとしては、私の「るいネット」投稿です。(それもH1N1だからです。次に何が流行るかわからないのでワクチンは役に立たないが、お茶は全ての人工ウィルス?に効果があるとのこと)
結局、この「類ネット」の「使命」はそこにあるような気がします。
もう数年前たまたま、「牛乳は体によくない」というような記事を見てここに入り込んでしまい、結構みんなにそれを伝え、もちろん私も家族も、以来1滴も飲んでいません。(母は昔から嫌いで今93歳です。愛猫も21歳で人間なら105歳?とのこと)
それから「タバコは害ではない」にぶつかり、私は前々からそう思っていたので、自らも「塩」について今まで知り得たことを初めて投稿したところ、1発目が何と「秀作」になりました。と言うことは自分が今までに「疑問」を持ち、知り得たことに対して発表したところ「評価」してもらったのです。それは「自分発の情報」が社会の役に立ったと言うこと、実にうれしく思いました。なぜなら人間社会とは、そうして互いの知り得た「正確」な情報によって、広くみんながより幸せな暮らしをしていくものだと思います。
さらに、この「るいネット」では、みんなの役に立つ情報を与えてくれた人に「報酬」を贈与しているのです。実に素晴らしい。これこそ究極のボランティア(助け合い)だと思っています。
なぜボランティアかと言えば、私は9月に会員になり、半年分の会費(3,000円)を払ったからです。しかし1カ月近くで6,5000点です。(会員になってからは30,000点)私は10倍の利益になります。こんなボランティアをする「るいネット」の事務局に、真にこの国を愛する敬意を感じています。
私は、幼い頃から「信賞必罰」の人間システムが大好きでした。ただし、お金欲しさに投稿するのではなく、本当にこの国を、私たちが幼かった頃、あれだけ楽しかった頃のムードに、少しだけで良いですから『後戻り』して欲しいと思っているのです。(私達夫婦はしょっちゅう保育園や小学校などに、昔の遊びを教えに行ったりしています)
そして、すこしでもみんなが、世界のいろんなシステムの中に埋没または翻弄、「犠牲者」巻き込まれずに、自分(家族)が幸せに暮らして行くことを望んでいます。
いや、決して「自分だけが良ければ」ではありません。だからこそ、こうやって「るいネット」のように「正義」を広げ、そしてそれを実践していかなければならないのです。
原賀隆一
■嬉野茶で新型インフル対策
抗菌作用のある茶カテキンを新型インフルエンザ対策に役立てようと、お茶どころ佐賀県嬉野市の生産者が20日、安価な「秋冬番茶」の茶葉を、約10日のうがい用として市内の全12小中学校(児童生徒約2600人)に配布した。
40歳以下の生産者でつくる嬉野茶業青年会のメンバーが広く茶農家に呼び掛け、9月後・半から川月半ばに収穫する秋冬番茶約800キロを調達。乾燥や選別
を経て、約150キロの製品に加工した。
生産地に近い轟小学校では、さっそくお茶を煮出し、水で割って『お茶うがい』を実践。コップを持った児童たちが流しの前に群がり、ガラガラという音が廊下に響き渡った。
最も遅く摘み取られる秋冬番茶は、新茶に比べ渋味が強く、市場に出しても高い値はつかないが、6年生の堀越義樹君(12)は「おいしくて、そのまま飲みたいくらい」とにっこり。青年会は今後、商品化も検討するという。(記事)
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私はとてもに嬉しい(嬉野=うれしいのー)。
この「るいネット」に「新型インフルエンザの特効薬は緑茶?」を投稿していたからです。それを見たのがきっかけになったのかはわかりませんが、最近、「ワクチンが最大の予防法」(販売促進?)のようにマスコミは言っていますので、ほとんどのメディアでの「お茶に効果がある」という情報はどこも出していません。と言うことはネットから古い情報(私は10年ほど前に見たもの)を探し出したかも知れませんが、一番ポピュラーとしては、私の「るいネット」投稿です。(それもH1N1だからです。次に何が流行るかわからないのでワクチンは役に立たないが、お茶は全ての人工ウィルス?に効果があるとのこと)
結局、この「類ネット」の「使命」はそこにあるような気がします。
もう数年前たまたま、「牛乳は体によくない」というような記事を見てここに入り込んでしまい、結構みんなにそれを伝え、もちろん私も家族も、以来1滴も飲んでいません。(母は昔から嫌いで今93歳です。愛猫も21歳で人間なら105歳?とのこと)
それから「タバコは害ではない」にぶつかり、私は前々からそう思っていたので、自らも「塩」について今まで知り得たことを初めて投稿したところ、1発目が何と「秀作」になりました。と言うことは自分が今までに「疑問」を持ち、知り得たことに対して発表したところ「評価」してもらったのです。それは「自分発の情報」が社会の役に立ったと言うこと、実にうれしく思いました。なぜなら人間社会とは、そうして互いの知り得た「正確」な情報によって、広くみんながより幸せな暮らしをしていくものだと思います。
さらに、この「るいネット」では、みんなの役に立つ情報を与えてくれた人に「報酬」を贈与しているのです。実に素晴らしい。これこそ究極のボランティア(助け合い)だと思っています。
なぜボランティアかと言えば、私は9月に会員になり、半年分の会費(3,000円)を払ったからです。しかし1カ月近くで6,5000点です。(会員になってからは30,000点)私は10倍の利益になります。こんなボランティアをする「るいネット」の事務局に、真にこの国を愛する敬意を感じています。
私は、幼い頃から「信賞必罰」の人間システムが大好きでした。ただし、お金欲しさに投稿するのではなく、本当にこの国を、私たちが幼かった頃、あれだけ楽しかった頃のムードに、少しだけで良いですから『後戻り』して欲しいと思っているのです。(私達夫婦はしょっちゅう保育園や小学校などに、昔の遊びを教えに行ったりしています)
そして、すこしでもみんなが、世界のいろんなシステムの中に埋没または翻弄、「犠牲者」巻き込まれずに、自分(家族)が幸せに暮らして行くことを望んでいます。
いや、決して「自分だけが良ければ」ではありません。だからこそ、こうやって「るいネット」のように「正義」を広げ、そしてそれを実践していかなければならないのです。
原賀隆一
あるべき統合サイトの形は、優良サイトを網羅したランキングのようなものになるだろうとの認識の下、るいネットでは順次『お勧めサイト』の改良を進めています。
>ネット界全体は、質が高いものが制覇するというよりは、まとまった内容を発信するブログ相互の繋がりによって一定の力を保ち、読者数を確保しています。将来的には、社会派ブログがお互いに認識闘争する中でヒエラルキーが形成され、ブログランキングのようなものが要(かなめ)になると考えられます。(211936)
これにそって、今回、以下の2点を改良しました。
①『お勧めサイト』のるいネット引用数を表示!!引用記事一覧も☆
青数字=お勧めサイトからのアクセス数に加え、緑数字=るいネットで引用された記事数を追加しました。
緑数字をクリックすれば、各サイトの引用記事の一覧が表示されます。
②『お勧めサイト』が不足しているジャンルのサイトを追加!!
『お勧めサイト』で、これまで不足していたジャンルに新たなサイトを補足し、6頁目に追加しています。
るいネット事務局
>ネット界全体は、質が高いものが制覇するというよりは、まとまった内容を発信するブログ相互の繋がりによって一定の力を保ち、読者数を確保しています。将来的には、社会派ブログがお互いに認識闘争する中でヒエラルキーが形成され、ブログランキングのようなものが要(かなめ)になると考えられます。(211936)
これにそって、今回、以下の2点を改良しました。
①『お勧めサイト』のるいネット引用数を表示!!引用記事一覧も☆
青数字=お勧めサイトからのアクセス数に加え、緑数字=るいネットで引用された記事数を追加しました。
緑数字をクリックすれば、各サイトの引用記事の一覧が表示されます。
②『お勧めサイト』が不足しているジャンルのサイトを追加!!
『お勧めサイト』で、これまで不足していたジャンルに新たなサイトを補足し、6頁目に追加しています。
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