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70年代はまだ子どもで、当時の社会情勢を知る由はありませんでしたが、
記憶に残ってる限り決して裕福な世の中ではありませんでした。
日本中に様々な問題が山積し、ゆえに議論や紛糾の叫び声が存在した
時代だったのでしょう。

80年代、すごいスピードで世の中や家の中に便利なものが入ってきて、
まさにモノが溢れる裕福な時代になりました。
このような時代、自分は何もせず普通に大学を出て就職すれば、問題なく
生きていけると誰しも思ったことでしょう。
まさに日本中が思考停止の時代だったと思います。

90年代になり、俗に言うバブル崩壊を迎えます。
社会主義の崩壊、銀行が潰れるなど、それまでの既成観念ではとうてい
理解し得ないことが続き、何か考えなくては生きていけないことに
気付きます。
しかしいままで思考停止していた者が急に考えられるわけもない。
かと言って、知識階級からの発信は眉唾モノだということも知ってる。
そして10年以上経ったいまでも答えを出せずに袋小路でしゃがみこんでる
人も多くいるでしょう。


何が悪かったのか?と言った事後説明は、発信階級であるマスコミや
大学、政治家などが帳尻を合わせるような言葉を数多く出しているが、
今後の答えは出されていない。
出されても、大衆はその場限りの言葉だと見抜いているので、誰しも
納得できていない。
納得できない大衆が自ら新しい構造観念を探し求めるのは当然の
流れであろう。

しかし一人で新しい観念を創出するのは困難なため、おそらく大衆が
収束し、みんなで持ち寄った新しい観念のかけらを組み合わせ、そして
共認され出来上がるのではなかろうか。




上林
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アメリカ⇒財務省(大蔵省)⇒マスコミの支配関係について、森田実氏の「森田実の時代を斬る」にて紹介されていました。

////////引用開始////////
 戦後日本を支配してきたのは、米国政府と米国政府に従属する自民党政権と財務省とマスコミと財界である。最近は、自民党が弱体化し、財界の力も弱まり、米国政府・財務省・マスコミが日本の真の支配者となった。

 1945(昭和20)年の敗戦までの明治憲法体制下においては、天皇制と中央官庁が日本の権力だった。マスコミはその手先だった。いまは、天皇制にあたるのがアメリカ政府であり、軍部にあたるのがマスコミである。中央官庁体制の中核は、陸軍省、海軍省、内務省、財務省、外務省の5省だったが、1945年の敗戦とともに陸軍省、海軍省、内務省は米占領軍によって解体させられた。外務省の解体は免れたが、独立国の外務省から従属国の外務省に変質した。外務省の主人はアメリカ国務省となった。ほとんど無傷で生き残ったのは大蔵省だけだった。

 戦後日本は、米国政府に協力する自民党と大蔵省を中心とする中央官僚体制にゆだねられた。戦後日本の真の権力者は大蔵省のエリート官僚だったと言って過言ではない。マスコミ、とくに経済マスコミは財務省の手先となった。小泉構造改革のなかで財務省(大蔵省)はさらに強くなった。財務省権力というべき状況がつくられた。だが、これがいま揺らぎ始めた。2007年7月29日の参院選における「自公」の大敗北で力が衰えた。

自公連立政権の自己崩壊が始まった《4》――財務省主導政治の敗北(その1)

////////引用終了////////

////////引用開始////////
財務省主導政治が敗北した最大の要因は、財務省が日本国民第一主義を捨てて、米国政府への奉仕を第一にしてきたことにある。

 1982年に登場した中曽根内閣以後の大蔵省・財務省は、米国政府の深刻な財政危機を救済することを、日本の財政運営の最重要課題とした。というより、米国政府の圧力を受けて、させられてきた、といって過言ではない。日本の国益は第二義的なものとされた。

 さらに、財務省は小泉構造改革を応援するマスコミの大熱狂を利用して、財政再建という名の国民貧困化政策を強行した。増税を行うとともに福祉を切り捨て、地方を切り捨て、弱者を切り捨てた。財務省は中央のマスコミを動員して、「日本は財政難でつぶれる」との大宣伝を行い、国民をマインドコントロールして国民の抵抗力を奪った。
~後略~
自公連立政権の自己崩壊が始まった《5》――財務省主導政治の敗北(その2)
////////引用終了////////

日本の財政の逼迫は、実はアメリカの(ドルが基軸通貨に→他通貨に対して高価値→輸入超過→経常赤字増大→)財政逼迫の尻拭いをさせられてきたことも大きな要因です。
そしてその片棒を担いできたのは、保身で米に屈した財務省でした。
さらに偏向報道によって事実を隠蔽してきたのがマスコミです。

この構造がある限り、道路特定財源を一般財源化しても国益に反映されることがないのは明らかです。

マスコミの偏向報道に踊らされる人は少なくなったと思いますが、まっとうなお金の遣い方を実現するためには、踊らされないだけではなく、自分達で共認形成の場を創っていくことが不可欠です。

現在、るいネットを始め、多くのサイトで事実発信が始まっています。
それらを統合していくことが、その第一歩であるように思います。



西村秀彦 
るいネットでも紹介のあった本著。
サブタイトルには、「日本人に富を貢がせるマインドコントロール
のすべて」とあります。

冒頭のプロローグを読むと、著者が一貫して「何でだろう?」に
強くこだわってきたことが、ひとつの解を導き出したという過程が
わかります。

(★以下引用)
世の中をカンヴァスの肖像画に見立てると、そこに描かれているのは
、長い歴史の合間、合間に、幾重にも加筆され、上塗りされた絢爛た
る人物ということができるでしょう…(中略)ところが、脳機能学者、
あるいは脱洗脳の専門家として、この肖像画に向かい合うと、そこに
「仕組まれた意図」を見出してしまいます。

なぜ、この肖像画は何重にも上塗りされているのか。加筆に加筆を
加えなければならなかった理由は何か。この笑顔は、見る側に、
何のメッセージを送っているのか。そして、いったいなぜそのような
メッセージを送らなければならなかったのか。

(中略)世の中は、さまざまな嘘で塗り固められています。
小さな嘘ばかりでなく、大きな嘘が堂々とまかり通ります。
ほとんどの人は、飼いならされ、判断能力を奪われていますから、
自分たちが手ひどく騙されていることに気づきません。騙している
張本人は、真の意味での「勝ち組」であり、堂々と続いてきた
「権力」です。絵の具の底に隠された本当の肖像を暴くことが
できれば、少なくとも私たちは、権力者が絶えず仕掛けてくる
「仕組まれた意図」に気づくことができます。

(中略)いま私たちを奴隷化しようとする本当の黒幕は、
"マネー経済"あるいは"資本主義"という強烈なパワーをかざして
襲いかかってきています。(後略)

(★引用終わり)

ライブドアの堀江社長なども紹介されていますが、彼のような
『小金持ちに過ぎない』ような存在ですら、"親玉"の手のひらで
踊らされているにすぎないといった解説もあります。
これはどういう意味か?…

私たちから見れば、まるで雲の上の存在であるかのような高額所得者
でさえ、"彼等"の創造したゲームの駒でしかない。そのような
競争自体が、彼等の世界観でしか生存できない事を証明させて
しまっているのだ!と本書は訴えかけます。
(そして、そうした存在を私たちが「羨ましい」と感じるように
仕向ける事で、この支配のゲームは成立するのです。)

「現在の社会統合機関が、必然的にマネーの奴隷を恒常的に産み出す
ことを前提に成立している」、というのが仮説であるとするなら、
この社会システムを構成させている当事者全てが、この構造からの
脱出法を考え出さなければならないのは、もはや自明であると
思われます。

何故なら、この社会システムで生存する事は、それが自分の意思
であるか否か?に関わらず、必ず誰かを押しのけていかなくては
ならないからです。

それは、自己正当化なくしては生存が図れない社会です。
自分の良心がたとえそれを忌避しようが、システムはそれを
許さないのです!!(そんな意識のズレが、心が壊れていく原因を
産み出しているのかもしれない…)

だから、体制を暴力的手段によって破壊させることではなく、
単純に感情的になって反発するだけでもなく、

●問題の本質は何か?
●突破口がどこにあるのか?
●どこが変われば共存社会が構築できるのか?
●残すことができる必要な部分は何か?

…そこをみんなで追求していかない限り、変わらないのだと
思いました。

しかし、必ず達成できると想います。
職場の人達と話しをしていて、「ここ、いつまでも在るのかなあ?」
とみんな不安だったり、その話から、「そもそも何でこんな窮屈な
社会になっちゃったんだろうな?」へ、そして私が「紙幣なんて
元々は預り証だったんですよ?」と言えば、先輩は「いや今だって
ただの預り証だよ」と言う。

みんな、わかってる、ワカッテル♪

だから、共認形成がもっと大きくなれば、必ず突破できる!
私はそう想ってます。



Silentservice 
社会活動を倦厭するのは、そうであった一人としての実感から言うと、社会活動に対する不可能視がある。

不可能視の中身は大きく二つ。

①自分と他人は違う=人それぞれ→他者を変えることはできない。

②社会は把握不可能→社会は変らない。

しかし、るいネットの投稿を読むと以下の事が実感できるのではないか?

①自分と他人は本当に違うのか?
日々同じ社会で生きていて、同じように感じ、同じように行動している事が多いのではないか?また、他人の行動が気になり、自分の評価も気になる。周囲の人々の存在なくして、自己を捉える事ができるのだろうか?
るいネットでは、人は周囲の人との共認によって社会を対象化していくと言われている。所謂、自我でさえ、共認世界が無ければ生まれようが無い。
同じ社会=同じ共認内容を生きる人たちは、社会生活の主要な部分は皆同じなのだと実感できるのではないだろうか。どうでも良い部分が、人それぞれ違うのであって、基本的な生活に関わる部分は皆同じなのだ。(違っていると社会生活できない=狂人となる)
自分と他人が同じだと考えれば、どの様にしたら自分も含めて変わるのかが見えてくる。
そう、共認内容が変れば、自分も他人も変っていくのだと気が付けば、共認形成に関わる事で変えてゆけるのだと思える。

②社会は把握不可能なのか?
確かに、社会の全てを把握するのはそれこそ神でも無い限り不可能だろうと思う。

しかし、現実には国際金融を支配する金貸したちの都合の良い社会が成立している。
社会を完全にではないが、ある程度操作している(影響を与えている)連中は存在する。彼らはどの様にそれをなしえているのか?
答えは簡単で、情報操作だ。
るいネットでは、共認支配=世論操作の為の情報操作と言われているが、そうした連中も社会共認を形成することで、社会に影響を与えている点に着目すればよい。

つまり、社会の全ては把握できないが、社会に影響を与えること=社会を変えることは可能だと言う事と、その方法は共認形成だと言う事だ。
それも、情報操作を受けない形で、事実を共認して行くことが、他者の支配を受けない共認形成となる。


つまり、現代の人間社会は共認社会なのであり、

>社会は、人々の共認によって形成されている。実際、この社会を動かしているのも、この社会を統合しているのも、全ては人々の共認に依っている。従って、社会を統合し直すために最も重要なのは、人々の共認内容=認識を変革し、新たな共認内容を形成してゆくことである。<

>要するに、認識形成こそ、社会形成の生命部であり、それだけに最も困難な活動である。しかし、本気で社会を変えようと思うのなら、まず心ある人々から率先して、認識形成の真っ只中に身を置くべきであろう。<

共認内容の形成=認識形成に参加することで、普通の人々でも社会変革が可能だと言う事に気づく事が第一歩なのだと思う。



’70年貧困が消滅し私権が衰弱、そこから生まれた社会活動は現在の環境運動へと繋がっている。その中味は、環境を破壊する市場の分析もしないで、身近な運動へと終始している。だから、環境問題が市場のエサとなっているのことにも気づけないでいる。

この環境運動を支えている根本の思想が、現実否定・自己欺瞞の近代思想のため、「環境は良くしたいけど、市場は捨てられない。」は当たり前、となっている。

少し考えただけで、「市場が環境を破壊している。」ことは、本当は誰でも分かる。そこは見ないで、「市場も発展させ環境も守る!」へとマスコミの共認支配が被さり、洗脳させられてしまう。

結局、CO2問題等、環境は市場の道具へと向かっている。

近代思想→運動信仰から生まれた環境運動は、旧体制(市場社会)の補完物になりつつある。環境問題は、このままでは解決しない。これは、現在の環境運動とは偽物の社会活動であることを示している。

この状況から脱するためには、「人々の共認内容=認識の変革」が必要となる。それを推し進めるのが、まずは事実の共認。
現在の環境問題の胡散臭さは誰もが感じている。しかしマスコミが垂れ流す環境キャンペーンで誤魔化され思考停止へと向かわされている。

現在の環境問題の何が胡散臭いのか?を認識形成の場でみんなで調査し、投稿を読み、自らも発信し、新たな共認内容を形成していくことが、真の環境問題の解決へ、真の社会活動へと繋がる。



村上祥典 
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