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大きなミスを起こす場合、なんとなく気がついているが『まあいいか』と捨象しているという意識が根本にある。それは『たいしたことは無いと思っていた』『気がつきませんでした(本当はなんとなく違和感を持っていた)』なども同じことである。
このような状況を捉えて、危機察知能力が無いからと分析されるが、これでは不十分だ。なぜなら、自分の立場が悪くなると保身に走るなど、自分の危機は察知できている。むしろ、自分の危機を察知しているからこそ保身に走り、ミスを隠蔽し後で大問題になるのだ。
つまり、察知出来ていないのは社会や企業の全体にかかわる課題の危機なのだ。言い換えると、個人課題(≒私権課題)が達成されないという危機は捨象されないが、全体課題が達成されないという危機は簡単に捨象されるという構造なのだ。
しかし、潜在思念レベルでは、私権原理から共認原理への転換がなされている。にもかかわらす、現実場面、とりわけ仕事の場面では今だ私権原理(や序列原理)から脱却できず、全体課題が捨象されてしまうのは何で?という問題につきあたる。
それは、私権原理から共認原理に移行しても、私権制度としての指揮系統の残存するからだ。この指揮系統は縦の上下間の単線で形成されるため、それ以外のメンバーには情報が流れない。だから、全体での共認も出来ないし、意図的に情報を隠蔽することも出来る。
つまり、指揮系統は全体課題を捨象して傍観者になるという構造を内在している。そこに自分の危機が加わると、保身に走り、その欠陥を利用して都合の悪い情報を隠蔽する。それでも、生存圧力が強かった時期は、降格やクビを恐れるため、抑止力になっていた。
それさえなくなった今、共認空間を取り戻すためには、情報隠蔽を引き起こす指揮系統を廃止し、全てを社内ネットにゆだねていくことになる。こうすることによって、ミスの隠蔽は出来なくなり、問題が発生するたびに、それをどうする?という課題がみんなに共認されていく。
その共認圧力の真っ只中に身を置くことによって初めて、今まで思考停止していた脳の再生の可能性が出てくる。つまり、指揮系統によって分断され傍観者となっていた個人を、共認空間の中で当事者として再生するという意味をもつのだと思う。
このような仕組み考えることで、みんなは大きな可能性を感じる。その実現までにはたくさんの課題があるが、活力をもって突き進むことが出来る。このように、みんなの当事者度を上げる仕組みを作ることが体制改革の真髄なのだと再認識した。
また、これは新しい社会統合機構の試金石になることにも気がついた
本田真吾
このような状況を捉えて、危機察知能力が無いからと分析されるが、これでは不十分だ。なぜなら、自分の立場が悪くなると保身に走るなど、自分の危機は察知できている。むしろ、自分の危機を察知しているからこそ保身に走り、ミスを隠蔽し後で大問題になるのだ。
つまり、察知出来ていないのは社会や企業の全体にかかわる課題の危機なのだ。言い換えると、個人課題(≒私権課題)が達成されないという危機は捨象されないが、全体課題が達成されないという危機は簡単に捨象されるという構造なのだ。
しかし、潜在思念レベルでは、私権原理から共認原理への転換がなされている。にもかかわらす、現実場面、とりわけ仕事の場面では今だ私権原理(や序列原理)から脱却できず、全体課題が捨象されてしまうのは何で?という問題につきあたる。
それは、私権原理から共認原理に移行しても、私権制度としての指揮系統の残存するからだ。この指揮系統は縦の上下間の単線で形成されるため、それ以外のメンバーには情報が流れない。だから、全体での共認も出来ないし、意図的に情報を隠蔽することも出来る。
つまり、指揮系統は全体課題を捨象して傍観者になるという構造を内在している。そこに自分の危機が加わると、保身に走り、その欠陥を利用して都合の悪い情報を隠蔽する。それでも、生存圧力が強かった時期は、降格やクビを恐れるため、抑止力になっていた。
それさえなくなった今、共認空間を取り戻すためには、情報隠蔽を引き起こす指揮系統を廃止し、全てを社内ネットにゆだねていくことになる。こうすることによって、ミスの隠蔽は出来なくなり、問題が発生するたびに、それをどうする?という課題がみんなに共認されていく。
その共認圧力の真っ只中に身を置くことによって初めて、今まで思考停止していた脳の再生の可能性が出てくる。つまり、指揮系統によって分断され傍観者となっていた個人を、共認空間の中で当事者として再生するという意味をもつのだと思う。
このような仕組み考えることで、みんなは大きな可能性を感じる。その実現までにはたくさんの課題があるが、活力をもって突き進むことが出来る。このように、みんなの当事者度を上げる仕組みを作ることが体制改革の真髄なのだと再認識した。
また、これは新しい社会統合機構の試金石になることにも気がついた
本田真吾
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>言うまでもなく、自分に都合の悪いことを隠蔽することは、組織全体の課題が捨象される(なかったことにされる)ということであり、その組織にとってトラブル・大損失をもたらす、組織破壊行為である。さらに、各成員にとっても、隠蔽によって課題を捨象する(自分の頭の中でも課題がなかったことにする)ことは、思考停止そのものである。
この思考停止を「怠惰な脳」と定義してみた。
筋肉は使わなければすぐに機能が低下する。肉体機能が低下すればちょっとの運動も辛くなり怠惰になる。
脳も筋肉同様に肉体の一機能である。
この怠惰な脳とは使わなくなった結果、機能が低下している状態を示している。つまりミス爆発に象徴される脳みその劣化現象は脳のすみずみまでしっかりと動いていないことを示し、その結果脳機能がどんどん低下している事をあらわしている。
なぜ低下したのかといえば、貧困が消滅した結果、私権社会という枠組みが崩壊し生存圧力が低下し、外から加わる圧力がなくなったからである。
このまま外圧を作り出さない限り、脳の再生はありえず、外圧に対して脳機能の特化によって進化してきた人類はこのまま終焉を迎えることになりかねない。
逆に言えばあたらな外圧さえ作り出すことができれば脳は当然のように動き始め、怠惰な状態から脱出できるはずである。
それは私権社会の残置物である指揮系統という最後の砦を自ら取り除くことでしか現れない。指揮系統を撤廃することは同時に新たな共認原理に基ずく本来の系統を作り直さなければならず、その為の規範つくり、集団の再整備、評価方法の見直しなどやるべきことが山のように登場してくる。さらにその渦中にいる成員は、大きな意識転換を迫られる。それらを課題と感じて意気揚々とし始める者、安住できる序列という自席がなくなることでようやく頭が動き出す者、動き出さず、変化に対応できずに追われる者。いずれにしても大変な時代が訪ずれる。
しかし、集団としてみた場合、いずれにしても成員の活性化が期待でき、少なくとも誰もが気がつかず、大ミスにつながるという事態が回避できる事だけは確実な成果であろう。
経営者ならどちらの方向に舵をとるべきかわかるはずである。
要は全体の視点に立てばよい。
田野健
この思考停止を「怠惰な脳」と定義してみた。
筋肉は使わなければすぐに機能が低下する。肉体機能が低下すればちょっとの運動も辛くなり怠惰になる。
脳も筋肉同様に肉体の一機能である。
この怠惰な脳とは使わなくなった結果、機能が低下している状態を示している。つまりミス爆発に象徴される脳みその劣化現象は脳のすみずみまでしっかりと動いていないことを示し、その結果脳機能がどんどん低下している事をあらわしている。
なぜ低下したのかといえば、貧困が消滅した結果、私権社会という枠組みが崩壊し生存圧力が低下し、外から加わる圧力がなくなったからである。
このまま外圧を作り出さない限り、脳の再生はありえず、外圧に対して脳機能の特化によって進化してきた人類はこのまま終焉を迎えることになりかねない。
逆に言えばあたらな外圧さえ作り出すことができれば脳は当然のように動き始め、怠惰な状態から脱出できるはずである。
それは私権社会の残置物である指揮系統という最後の砦を自ら取り除くことでしか現れない。指揮系統を撤廃することは同時に新たな共認原理に基ずく本来の系統を作り直さなければならず、その為の規範つくり、集団の再整備、評価方法の見直しなどやるべきことが山のように登場してくる。さらにその渦中にいる成員は、大きな意識転換を迫られる。それらを課題と感じて意気揚々とし始める者、安住できる序列という自席がなくなることでようやく頭が動き出す者、動き出さず、変化に対応できずに追われる者。いずれにしても大変な時代が訪ずれる。
しかし、集団としてみた場合、いずれにしても成員の活性化が期待でき、少なくとも誰もが気がつかず、大ミスにつながるという事態が回避できる事だけは確実な成果であろう。
経営者ならどちらの方向に舵をとるべきかわかるはずである。
要は全体の視点に立てばよい。
田野健
「仕事」は、課題指示(命令)と成果発表(報告)の両輪があって初めて成立する。報告期限のない仕事はありえないし、課題指示のない仕事もありえない。現在、ほとんどの企業は上司→部下の命令、部下→上司への報告で動いている。これが指揮系統と呼ばれるもので、情報の相互交換という側面だけではなく統合様式にもなっている。
”指揮系統”による統合では、各段階で隠蔽やごまかしが発生する。生存圧力が強かった時代には、隠蔽やごまかしに対しても強いクビ圧力が掛かっていたためある程度抑止することはできたが、生存圧力が衰弱→消滅すると隠蔽やごまかしに対する圧力も低下し、各段階で(どの段階でも)隠蔽やごまかしが発生することとなる。官僚組織のように、正に指揮系統だけで統合されている組織の場合、1970年の貧困の消滅以降、あらゆる段階で隠蔽・ごまかしが横行し、不正がはびこることとなる。
デメリットばかりが目立つ指揮系統を廃止するなら、仕事の基本である命令と報告はどこに対して行うのか、という問題を解決しなければならない。個人⇔個人での命令・報告が隠蔽・ごまかしの温床になるなら、個人⇔全体での命令・報告が原則となる。そこで、命令・報告の場をネット掲示板に移行する企業が数年前から続々と出てきた。しかし現状では、誹謗中傷の嵐になってしまい機能しない、また「まとまっていない内容は、投稿できない」という意識からとことん不活性化してしまうなどの問題にぶつかり、十分に機能させることができている企業はない。
つまり、成員の思考パラダイムが転換しないと、ネット掲示板による共認統合が不可能だと言うことを意味する。誹謗中傷という他者否定・現実否定、「まとまっていて、分かりやすくなければいけない」という説明思考・倒錯観念のパラダイムから、「みんなで事実を共認するために探求し続ける」という探求思考のパラダイムへの転換が進む中で、ネット掲示板での共認原理による統合は可能となる。
(現実否定→現実直視、説明思考→探求思考への)思考パラダイムの転換が、指揮系統廃止の最後のネックとなる。
内藤琢
”指揮系統”による統合では、各段階で隠蔽やごまかしが発生する。生存圧力が強かった時代には、隠蔽やごまかしに対しても強いクビ圧力が掛かっていたためある程度抑止することはできたが、生存圧力が衰弱→消滅すると隠蔽やごまかしに対する圧力も低下し、各段階で(どの段階でも)隠蔽やごまかしが発生することとなる。官僚組織のように、正に指揮系統だけで統合されている組織の場合、1970年の貧困の消滅以降、あらゆる段階で隠蔽・ごまかしが横行し、不正がはびこることとなる。
デメリットばかりが目立つ指揮系統を廃止するなら、仕事の基本である命令と報告はどこに対して行うのか、という問題を解決しなければならない。個人⇔個人での命令・報告が隠蔽・ごまかしの温床になるなら、個人⇔全体での命令・報告が原則となる。そこで、命令・報告の場をネット掲示板に移行する企業が数年前から続々と出てきた。しかし現状では、誹謗中傷の嵐になってしまい機能しない、また「まとまっていない内容は、投稿できない」という意識からとことん不活性化してしまうなどの問題にぶつかり、十分に機能させることができている企業はない。
つまり、成員の思考パラダイムが転換しないと、ネット掲示板による共認統合が不可能だと言うことを意味する。誹謗中傷という他者否定・現実否定、「まとまっていて、分かりやすくなければいけない」という説明思考・倒錯観念のパラダイムから、「みんなで事実を共認するために探求し続ける」という探求思考のパラダイムへの転換が進む中で、ネット掲示板での共認原理による統合は可能となる。
(現実否定→現実直視、説明思考→探求思考への)思考パラダイムの転換が、指揮系統廃止の最後のネックとなる。
内藤琢
>福知山線脱線事故にしても、耐震偽装にしても、日銀総裁のファンド投資にしても・・・・なんで? と思うほどのミスや不始末が多発する傾向が増大している。しかも、老若を問わず、在り得ないようなレベルのものまで出てくる始末!
>なぜ事態はこんなにも悪化する一方なのか?
「ミス大爆発⇒警戒心発の集中力はガタガタ⇒共認圧力発の集中力を形成するには?」126646
ミス大爆発の原因として、私権圧力の衰弱→警戒心発の集中力の衰弱という分析は間違っていないが、上記投稿(2006年6月)以後も民間企業でも官庁でも、ミスに限らず不正・不祥事は増える一方である。しかも、それは組織内部において薄々はわかっていたものがほとんどらしい。これは単なるミスに留まらず、問題や不正の隠蔽ということである。それが発覚して不祥事が明るみになるという構造だ。
しかし、問題の隠蔽は今に始まったことではない。歴史的にみても、指揮系統上の下の者が、自分に都合の悪いことは報告せず、その結果として戦いに敗北した事例は無数にある。
つまり、問題の隠蔽は私権圧力⇒序列原理の統合様式である指揮系統が構造的に孕んでいるものだと考えられる。
指揮系統は上意下達のライン(単線)で構成される。指令を受ける担当は一人である。他の人は誰も知らない。だからラインのどの段階にでも隠蔽が可能である。
とはいえ、私権圧力が大きく力の原理が強烈であった時代は、万一隠蔽がバレたら即打ち首であり、その恐怖の力で隠蔽が一定抑えられてはいた。ところが'70年貧困が消滅し、私権圧力⇒序列原理が衰弱すると、民間企業も官僚機構も不正のオンパレードとなってきた。
言うまでもなく、自分に都合の悪いことを隠蔽することは、組織全体の課題が捨象される(なかったことにされる)ということであり、その組織にとってトラブル・大損失をもたらす、組織破壊行為である。さらに、各成員にとっても、隠蔽によって課題を捨象する(自分の頭の中でも課題がなかったことにする)ことは、思考停止そのものである。
つまり、今や指揮系統は集団にとっても成員にとってもマイナス以外の何物でもなくなったということではないか。'70年頃から私権圧力が衰弱し始めて40年近くが経った。この間の不祥事・不正の続出は、私権統合・序列統合の産物である指揮系統が末路を迎えたことを表しているのではないだろうか。
逆に言うと、共認原理に即した組織体制・統合体制に転換した集団が勝つ基盤が登場したということでもある。金融破綻に端を発する世界的な大不況と金貸しの没落⇒私権原理の終焉の流れがその動きを加速するはずである。
匿名希望
>なぜ事態はこんなにも悪化する一方なのか?
「ミス大爆発⇒警戒心発の集中力はガタガタ⇒共認圧力発の集中力を形成するには?」126646
ミス大爆発の原因として、私権圧力の衰弱→警戒心発の集中力の衰弱という分析は間違っていないが、上記投稿(2006年6月)以後も民間企業でも官庁でも、ミスに限らず不正・不祥事は増える一方である。しかも、それは組織内部において薄々はわかっていたものがほとんどらしい。これは単なるミスに留まらず、問題や不正の隠蔽ということである。それが発覚して不祥事が明るみになるという構造だ。
しかし、問題の隠蔽は今に始まったことではない。歴史的にみても、指揮系統上の下の者が、自分に都合の悪いことは報告せず、その結果として戦いに敗北した事例は無数にある。
つまり、問題の隠蔽は私権圧力⇒序列原理の統合様式である指揮系統が構造的に孕んでいるものだと考えられる。
指揮系統は上意下達のライン(単線)で構成される。指令を受ける担当は一人である。他の人は誰も知らない。だからラインのどの段階にでも隠蔽が可能である。
とはいえ、私権圧力が大きく力の原理が強烈であった時代は、万一隠蔽がバレたら即打ち首であり、その恐怖の力で隠蔽が一定抑えられてはいた。ところが'70年貧困が消滅し、私権圧力⇒序列原理が衰弱すると、民間企業も官僚機構も不正のオンパレードとなってきた。
言うまでもなく、自分に都合の悪いことを隠蔽することは、組織全体の課題が捨象される(なかったことにされる)ということであり、その組織にとってトラブル・大損失をもたらす、組織破壊行為である。さらに、各成員にとっても、隠蔽によって課題を捨象する(自分の頭の中でも課題がなかったことにする)ことは、思考停止そのものである。
つまり、今や指揮系統は集団にとっても成員にとってもマイナス以外の何物でもなくなったということではないか。'70年頃から私権圧力が衰弱し始めて40年近くが経った。この間の不祥事・不正の続出は、私権統合・序列統合の産物である指揮系統が末路を迎えたことを表しているのではないだろうか。
逆に言うと、共認原理に即した組織体制・統合体制に転換した集団が勝つ基盤が登場したということでもある。金融破綻に端を発する世界的な大不況と金貸しの没落⇒私権原理の終焉の流れがその動きを加速するはずである。
匿名希望
先日とあるトラブル総括会議で大きな気付きを得た。
問題、課題が顕在化しても誰も解決しようとせず、課題捨象されていく。後になればなるほど修復困難な問題になり最終的には大きなトラブルとなる。課題を認識していないが故にトラブルになるのではなく、課題と解っていても捨象され(or間抜けの独断で劣化し)トラブルになるのが特徴的である。何故課題捨象されてしまうのか?
その答えは指揮系統にある。
どの企業でも社長-部長-課長・・・など、肩書きや名前は違えど、ある課題を取り組んでいく集団には、その集団固有の指揮系統がある。この指揮系統は、本能原理である序列統合を下敷きにした私権時代の産物であるが、共認原理へと転換したことによって、指揮系統が課題隠蔽を引き起こすトラブルの根底問題として顕在化してきた。どういうことか?
私権時代であれば、この指揮系統は十全に機能していた。それは、問題隠蔽行為が即序列、生存を脅かすものとしての私権圧力が強力に働いていたから。その典型が反逆であり、反逆は重罪として存在していた。しかし、私権の圧力が衰弱した現代は、序列統合から共認統合に集団統合様式が変った。そこに指揮系統だけが残るとどうなるか?
問題や課題が発掘されても、私権圧力の働かない指揮系統の中では悉く隠蔽されていく構造ができあがる。上長と部下の指揮系統では、上司が問題を握りつぶし、部下は指揮系統を意識するほどに問題を発信できなくなり自ら隠蔽する。とりわけ決定的問題が発見されるほどにその問題は共認圧力にさらされず、その指揮系統の中で隠蔽されていく。現在起きている不祥事が、とりわけ旧い指揮系統を残存させている官僚機構に顕著なのもそのためである。今や指揮系統は問題隠蔽の巣窟となり、不正の温床ともなっている。
共認原理の時代の統合様式は共認統合による他はなく、社内NETこそ共認統合の場に相応しい。それは指揮系統を超えた皆の評価共認が働くからだ。皆の評価共認によって問題が固定化され、課題や方針に繋がっていく。そんな体制を構築した集団こそ、社会の評価共認を勝ち取っていく集団になるのは間違いない。
喜田育樹
問題、課題が顕在化しても誰も解決しようとせず、課題捨象されていく。後になればなるほど修復困難な問題になり最終的には大きなトラブルとなる。課題を認識していないが故にトラブルになるのではなく、課題と解っていても捨象され(or間抜けの独断で劣化し)トラブルになるのが特徴的である。何故課題捨象されてしまうのか?
その答えは指揮系統にある。
どの企業でも社長-部長-課長・・・など、肩書きや名前は違えど、ある課題を取り組んでいく集団には、その集団固有の指揮系統がある。この指揮系統は、本能原理である序列統合を下敷きにした私権時代の産物であるが、共認原理へと転換したことによって、指揮系統が課題隠蔽を引き起こすトラブルの根底問題として顕在化してきた。どういうことか?
私権時代であれば、この指揮系統は十全に機能していた。それは、問題隠蔽行為が即序列、生存を脅かすものとしての私権圧力が強力に働いていたから。その典型が反逆であり、反逆は重罪として存在していた。しかし、私権の圧力が衰弱した現代は、序列統合から共認統合に集団統合様式が変った。そこに指揮系統だけが残るとどうなるか?
問題や課題が発掘されても、私権圧力の働かない指揮系統の中では悉く隠蔽されていく構造ができあがる。上長と部下の指揮系統では、上司が問題を握りつぶし、部下は指揮系統を意識するほどに問題を発信できなくなり自ら隠蔽する。とりわけ決定的問題が発見されるほどにその問題は共認圧力にさらされず、その指揮系統の中で隠蔽されていく。現在起きている不祥事が、とりわけ旧い指揮系統を残存させている官僚機構に顕著なのもそのためである。今や指揮系統は問題隠蔽の巣窟となり、不正の温床ともなっている。
共認原理の時代の統合様式は共認統合による他はなく、社内NETこそ共認統合の場に相応しい。それは指揮系統を超えた皆の評価共認が働くからだ。皆の評価共認によって問題が固定化され、課題や方針に繋がっていく。そんな体制を構築した集団こそ、社会の評価共認を勝ち取っていく集団になるのは間違いない。
喜田育樹
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