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学生時代にもやったことはありましたが、学生のころは単に「面白いゲーム」という感覚しか得られませんでした。しかし社会人になって改めてすると、仕事をするにあたって大事なこと・生かせることに気づきとても役にたちました。
ブレーンストーミングの基本的なルールは、
1)他人の意見を批判しない
2)自由奔放なアイデアを歓迎する
3)「質より量」でアイデアの数をできるだけ多く集める
4)他人のアイデアを連想・結合してさらに発展させる
というものです。
今回は6人で、ひとりあたり4つの情報をもとに45分で結論を導きました。情報の中には解答を導くために必要ないものや撹乱させるものもありましたが、みんなで話し合う中でふるいにかけられ必要なものを選択して、うまく解決に導くことができました。
今回はトレーニングなので比較的簡単な課題で解答も用意されてあり、最後に答え合わせをしましたが、正解してうれしかったのはもちろんですが、その後話し合いを振り返って「○○のここがよかった」「ここで~していれば失敗した」などと改めて評価することができてとても充足しました。
ふだんの会社のミーティングでは、自分の立場や理解度に多少の引け目を感じて「自由奔放」「質より量」というスタンスでアイデアを出すことが憚られていましたが、素人の思いつきレベルや一見くだらないアイデアでも思わぬ解決案が浮かぶかもしれないし、最終的に不要なアイデアもみんなが思考を発展させる要因になる可能性もあるし、なにより積極的に話し合うことでミーティングが活性化し一体感が得られ、うまくいったときの達成感も倍増すると感じました。
よくよく思い返してみると、会社で自分が失敗したり的外れなことを言った時、先輩や仲間は納得するまで教えてくれたり自分の間違いを修正してくれたり一緒にいい方法を考えてくれたり、私を批判・否定するのではなく私を含め会社・部署全体をよりよくするためにどうしたらいいかという姿勢でした。
ミーティングに出席しているということは自分にも期待されているということなのに、変な引け目で口をつぐむのはみんなの期待に応えていないことだと反省しました。
ブレーンストーミングがきっかけで、もっともっと発信して役に立ちたいと思うことができました。
今村恵
ブレーンストーミングの基本的なルールは、
1)他人の意見を批判しない
2)自由奔放なアイデアを歓迎する
3)「質より量」でアイデアの数をできるだけ多く集める
4)他人のアイデアを連想・結合してさらに発展させる
というものです。
今回は6人で、ひとりあたり4つの情報をもとに45分で結論を導きました。情報の中には解答を導くために必要ないものや撹乱させるものもありましたが、みんなで話し合う中でふるいにかけられ必要なものを選択して、うまく解決に導くことができました。
今回はトレーニングなので比較的簡単な課題で解答も用意されてあり、最後に答え合わせをしましたが、正解してうれしかったのはもちろんですが、その後話し合いを振り返って「○○のここがよかった」「ここで~していれば失敗した」などと改めて評価することができてとても充足しました。
ふだんの会社のミーティングでは、自分の立場や理解度に多少の引け目を感じて「自由奔放」「質より量」というスタンスでアイデアを出すことが憚られていましたが、素人の思いつきレベルや一見くだらないアイデアでも思わぬ解決案が浮かぶかもしれないし、最終的に不要なアイデアもみんなが思考を発展させる要因になる可能性もあるし、なにより積極的に話し合うことでミーティングが活性化し一体感が得られ、うまくいったときの達成感も倍増すると感じました。
よくよく思い返してみると、会社で自分が失敗したり的外れなことを言った時、先輩や仲間は納得するまで教えてくれたり自分の間違いを修正してくれたり一緒にいい方法を考えてくれたり、私を批判・否定するのではなく私を含め会社・部署全体をよりよくするためにどうしたらいいかという姿勢でした。
ミーティングに出席しているということは自分にも期待されているということなのに、変な引け目で口をつぐむのはみんなの期待に応えていないことだと反省しました。
ブレーンストーミングがきっかけで、もっともっと発信して役に立ちたいと思うことができました。
今村恵
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日々の仕事は小さなこと、些細なことの積み上げだ。
大企業の経営者だって、社運を左右する大きな決断を迫られたり、のるかそるかの商談に臨むのは、1年で数回(せいぜい十数回)ではないだろうか。
だから、いくら「全てをネットへ」と言われても、
「こんな細かいこと、まっ、いいか。」
「これはわたしとAさんとBさんしかわからないことだから・・。」
「このひとばっかり、責めてもな~。周りも活力ダウンしちゃう」
と、いつのまにか投稿ネタを取捨選択してしまう。これが、隠蔽の第一歩。そのうち、
「だって、仕事が忙しくって、時間がとれないんだもん」
「何か知らんけど、あれやこれやいっぱいすることがある」
「ひゃー、体がいくらあっても足らん」
と仕事に追い回されることになる。この状況がトラブルの前兆。ヤバイ、ヤバイと思いながら、どんどんドツボにはまってしまう。何をやってもポロポロとほころびはじめ、ヌケやミスが目立つようになる。そして、ある日突然、
ドッカーン!!
大トラブル発生。自分ひとりでは何一つ解決できず、社内も社外も巻き込んで収束するのにとんでもない時間と労力を要する。当然、他のこと、新しいことはおざなりになり、下手すると、第2、第3の惨事を引き起こしたりする。
どんな小さなこと・些細なことでも、発信すれば誰かが観ててくれる。心にかけて、軌道修正してくれる。さらに、開かれたネット上に文章化することで、課題(と自分の頭の中)が整理され、方針が鮮明になり、みなの評価を羅針盤として、サクサクと仕事が進んでいく。
仕事というと業務そのもののように捉えがちだが、共認時代の仕事とは、社内ネットに発信することが、半ば以上を占めるのではないか?逆にいえば、社内ネットに発信されなければ、仕事をした、とは言わないのだと思う。
阿部佳容子
大企業の経営者だって、社運を左右する大きな決断を迫られたり、のるかそるかの商談に臨むのは、1年で数回(せいぜい十数回)ではないだろうか。
だから、いくら「全てをネットへ」と言われても、
「こんな細かいこと、まっ、いいか。」
「これはわたしとAさんとBさんしかわからないことだから・・。」
「このひとばっかり、責めてもな~。周りも活力ダウンしちゃう」
と、いつのまにか投稿ネタを取捨選択してしまう。これが、隠蔽の第一歩。そのうち、
「だって、仕事が忙しくって、時間がとれないんだもん」
「何か知らんけど、あれやこれやいっぱいすることがある」
「ひゃー、体がいくらあっても足らん」
と仕事に追い回されることになる。この状況がトラブルの前兆。ヤバイ、ヤバイと思いながら、どんどんドツボにはまってしまう。何をやってもポロポロとほころびはじめ、ヌケやミスが目立つようになる。そして、ある日突然、
ドッカーン!!
大トラブル発生。自分ひとりでは何一つ解決できず、社内も社外も巻き込んで収束するのにとんでもない時間と労力を要する。当然、他のこと、新しいことはおざなりになり、下手すると、第2、第3の惨事を引き起こしたりする。
どんな小さなこと・些細なことでも、発信すれば誰かが観ててくれる。心にかけて、軌道修正してくれる。さらに、開かれたネット上に文章化することで、課題(と自分の頭の中)が整理され、方針が鮮明になり、みなの評価を羅針盤として、サクサクと仕事が進んでいく。
仕事というと業務そのもののように捉えがちだが、共認時代の仕事とは、社内ネットに発信することが、半ば以上を占めるのではないか?逆にいえば、社内ネットに発信されなければ、仕事をした、とは言わないのだと思う。
阿部佳容子
「るいネット」や「実現論」は、私権原理から共認原理、あるいは現実否定から肯定への壮大なパラダイム転換期を捉え、適応してゆく上で有用な新認識の宝庫だ。
にも関わらず、こうした事実に基づく認識群が(旧い“常識”からはかけ離れているために)難しいと感じる人も少なくない。
これは、そういった人々の脳回路が、私権時代の「現実否定の倒錯思考」回路(→不可能視)に支配され続けていること、あるいは、「お金」「自分」「序列」などの私権価値に相変わらず囚われたままでいることが原因であると言って良いと思う。
そんな中、先日のなんでや劇場「~08年 金融破綻と10年後~銀行国有化から国家紙幣を経て管理市場へ」に参加した中学2年生の男の子に、それらとは全く異なる新たな世代の登場を実感した。
それまでの様子から、(中2だけあって)彼に経済知識がほとんど無いことは明らかだったのだが・・・
劇場本番がはじまると、頻繁に評価用の「アカアオボタン」を押しつつ、議長や(主に議論を導く)内野メンバー中心に発せられ、宙を飛び交う様々な専門用語を必至に聴き取り、忠実かつ克明にメモを取り始めたのだ。
その姿から感じたのは・・・
①バブル崩壊後の私権が完全に衰弱した時代に生まれ、旧観念の影響を受けずに育った世代ゆえ、現実否定の不全意識発ではなく、純粋な認識欠乏(現状認識に対する強い好奇心)発の追求力を持っていること。
②(親和欠損が無いことも相まって)対象に対し意識が開かれ、素直に同化できる・・・まさに「学ぶは真似ぶ」、多少意味など解らなくてもひたすら同化することで吸収できること。
結果、劇場後の彼の感想は・・・「凄く難しかった!・・・けど骨格は解りました!」。
私権観念さえ邪魔をしなければ、純粋に外圧を捉え、適応するために共認機能⇒観念機能をフルに活用できる・・・それが、生き物(共認動物)として本来自然な姿なのだと思った。
越見源
にも関わらず、こうした事実に基づく認識群が(旧い“常識”からはかけ離れているために)難しいと感じる人も少なくない。
これは、そういった人々の脳回路が、私権時代の「現実否定の倒錯思考」回路(→不可能視)に支配され続けていること、あるいは、「お金」「自分」「序列」などの私権価値に相変わらず囚われたままでいることが原因であると言って良いと思う。
そんな中、先日のなんでや劇場「~08年 金融破綻と10年後~銀行国有化から国家紙幣を経て管理市場へ」に参加した中学2年生の男の子に、それらとは全く異なる新たな世代の登場を実感した。
それまでの様子から、(中2だけあって)彼に経済知識がほとんど無いことは明らかだったのだが・・・
劇場本番がはじまると、頻繁に評価用の「アカアオボタン」を押しつつ、議長や(主に議論を導く)内野メンバー中心に発せられ、宙を飛び交う様々な専門用語を必至に聴き取り、忠実かつ克明にメモを取り始めたのだ。
その姿から感じたのは・・・
①バブル崩壊後の私権が完全に衰弱した時代に生まれ、旧観念の影響を受けずに育った世代ゆえ、現実否定の不全意識発ではなく、純粋な認識欠乏(現状認識に対する強い好奇心)発の追求力を持っていること。
②(親和欠損が無いことも相まって)対象に対し意識が開かれ、素直に同化できる・・・まさに「学ぶは真似ぶ」、多少意味など解らなくてもひたすら同化することで吸収できること。
結果、劇場後の彼の感想は・・・「凄く難しかった!・・・けど骨格は解りました!」。
私権観念さえ邪魔をしなければ、純粋に外圧を捉え、適応するために共認機能⇒観念機能をフルに活用できる・・・それが、生き物(共認動物)として本来自然な姿なのだと思った。
越見源
今や、「活力上昇」は、家庭でも学校でも企業でも国家でも、どこで切っても最先端の、かつ普遍的な課題となった。
そして、誰もが、活力を生み出す「新しい認識」を期待している。書店には、やる気を引き出すためのハウツー本が無数に存在している。
しかし、もはや誰もが、それでは目先の(一瞬の)活力上昇にしかならないことに気がついている。何か足りない。何が?
新たな認識を探す⇒消費する場=書店はあっても、新たな認識を作る⇒蓄積する場が足りないのだ。そこに気が付けば、不断の活力源のありかを獲得できる!⇒るいネットへようこそ^^!!
■「外向収束⇒認識収束に応える『認識形成の場』」より
認識競争の圧力(置かれた環境を貫く闘争圧力)
∥
∨
認識形成の場 (人類の最先端機能)
|
┌──────────┴─────────┐
| (不断の認識形成) | 《実現論1_1_01》
| ┏━━━━━━━━━━━┓| 全ては外部世界(新たな同類闘
| ∨ ┃| 争の圧力)に適応しようとして
|新しい認識 ……> 統合機能┃| 先端可能性(新しい認識)へと
| ↓ ↓ ┃| 収束する、その可能性への収束
| 活力☆ ……> 活力▼ ┛| によって統合される。
└────────────────────┘
福田尚正
そして、誰もが、活力を生み出す「新しい認識」を期待している。書店には、やる気を引き出すためのハウツー本が無数に存在している。
しかし、もはや誰もが、それでは目先の(一瞬の)活力上昇にしかならないことに気がついている。何か足りない。何が?
新たな認識を探す⇒消費する場=書店はあっても、新たな認識を作る⇒蓄積する場が足りないのだ。そこに気が付けば、不断の活力源のありかを獲得できる!⇒るいネットへようこそ^^!!
■「外向収束⇒認識収束に応える『認識形成の場』」より
認識競争の圧力(置かれた環境を貫く闘争圧力)
∥
∨
認識形成の場 (人類の最先端機能)
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┌──────────┴─────────┐
| (不断の認識形成) | 《実現論1_1_01》
| ┏━━━━━━━━━━━┓| 全ては外部世界(新たな同類闘
| ∨ ┃| 争の圧力)に適応しようとして
|新しい認識 ……> 統合機能┃| 先端可能性(新しい認識)へと
| ↓ ↓ ┃| 収束する、その可能性への収束
| 活力☆ ……> 活力▼ ┛| によって統合される。
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福田尚正
>人類は、既に物的な生存圧力から脱却した以上、生存圧力を背景とする同類闘争(掠奪闘争や私権闘争)から、同類圧力を背景とする同類闘争へと脱皮するしかない。その新しい同類闘争こそ、この社会統合板で1~2ヶ月前に明らかにされた新しい潮流、即ち人々の外向収束(社会収束)⇒認識収束が生み出す認識闘争(評価競争)である。
生物史上初めて生存圧力を克服した現代、人類が生き残っていくには同類圧力を背景にした認識闘争に挑んでいく他はない。
それは事実認識に基づき、皆にとって本当に必要か否かが問われる時代であり、幻想価値の売買で利鞘を稼いできた金融資本家や数多の虚業従事者にとっては真に厳しい現実が突き付けられることになる。
但し、それは虚業ではない実業の世界に於いても同様であり、生存圧力の低下から供給過多となるため、幾度となく淘汰の波が押し寄せてくることもまた想像に難くはない。
では、来たる認識闘争の時代とは我々にとってただ厳しい社会の到来に過ぎないのだろうか。
否である。
私権時代に於ける負け組とは即ち、完全な敗北者であり他者から何の尊厳も与えられなかった。なぜなら、私権獲得こそが共認された至上命題なのであり、それが出来ないものに生きる権利はなかった。或いは勝ち組と称される者もいつ何時負け組みに転落するかもしれず、常に万人の万人による闘争が繰り返される状況にあったといったも過言ではない。
翻って共認統合社会では同類闘争(=認識闘争)への参画それ自体が評価されるのであり、懸命に社会の期待を捉えそれに応えようという行為そのものが全体に於ける圧力の源となる。つまりそれ自体が有用な社会貢献であり評価されるべき行為といえる。
更に言えば、その根底には自分と他者を同一視する(自我とは対極の)共認・共感機能があり、むしろ、下らぬ私権意識に怯え振り回されることなく、健全なる楽観と活力溢れる生活を望めるのである。
潜在思念を駆使し、真の課題・需要を捉え応えていくといった姿勢のうちに、大いなる可能性が拓かれる社会、それが認識闘争の時代である。
松岡隆
生物史上初めて生存圧力を克服した現代、人類が生き残っていくには同類圧力を背景にした認識闘争に挑んでいく他はない。
それは事実認識に基づき、皆にとって本当に必要か否かが問われる時代であり、幻想価値の売買で利鞘を稼いできた金融資本家や数多の虚業従事者にとっては真に厳しい現実が突き付けられることになる。
但し、それは虚業ではない実業の世界に於いても同様であり、生存圧力の低下から供給過多となるため、幾度となく淘汰の波が押し寄せてくることもまた想像に難くはない。
では、来たる認識闘争の時代とは我々にとってただ厳しい社会の到来に過ぎないのだろうか。
否である。
私権時代に於ける負け組とは即ち、完全な敗北者であり他者から何の尊厳も与えられなかった。なぜなら、私権獲得こそが共認された至上命題なのであり、それが出来ないものに生きる権利はなかった。或いは勝ち組と称される者もいつ何時負け組みに転落するかもしれず、常に万人の万人による闘争が繰り返される状況にあったといったも過言ではない。
翻って共認統合社会では同類闘争(=認識闘争)への参画それ自体が評価されるのであり、懸命に社会の期待を捉えそれに応えようという行為そのものが全体に於ける圧力の源となる。つまりそれ自体が有用な社会貢献であり評価されるべき行為といえる。
更に言えば、その根底には自分と他者を同一視する(自我とは対極の)共認・共感機能があり、むしろ、下らぬ私権意識に怯え振り回されることなく、健全なる楽観と活力溢れる生活を望めるのである。
潜在思念を駆使し、真の課題・需要を捉え応えていくといった姿勢のうちに、大いなる可能性が拓かれる社会、それが認識闘争の時代である。
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