×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
秩序収束、民族収束から「国の借金800兆」のお題に反応を示す人は多いのですが、この間特に年配層の方の反応が高まっています。そんな方々と話をする中で、60年安保世代以上の高齢者の方と団塊の世代の方の意識の違いに驚いています。
また、大学生・若手社員などの若い層は全体的に昨年や一昨年よりも経済・政治系の具体的なお題への反応が低いように感じるものの、探索意識は高まっているように感じます。
最近の各世代の露店での様子を紹介します。
**********************************
○高齢者世代
反応してくるは中身については良くご存知の方が多く、お題を聞きたいというより活動の全貌が知りたい人と、現在の政治や人々の意識に対して一言言いたくてしょうがない人とに別れます。
前者はお題の骨子を確認すると、殆どが活動の内容に真摯に耳を傾けて応援され、自分も勉強しようと興味のあるグランドセオリーを求められる方もいます。
後者の方は、いきなり官僚批判やいかに日本が米国支配されているか、マスコミ批判、などをまくし立てるます。しかし、話しているうちに実は同じような事を感じているのだと知り、最後は今の人たちも気が付いてこんな活動をしているんですね、がんばってください、と応援の言葉を掛られます。
政治・経済の動向に関心が高く、80代の人でも勉強されている方が多いし、知識は少ない人でも、現状のおかしさや、これからの可能性については説得力のある発言をされる方が多いと感じます。
○団塊の世代
グランドセオリーの表紙に立止まったり、デモに声を掛けてくる人がいますが、話すと大半が高圧的で、ひやかしや、断片的な知識のひけらかしばかりです。では、どうしていけばいいと考えているのか、どうしたいのか?といった話になると、もうすぐ定年だし俺には関係ない。活動の説明をすればいい事だとは思うけど絶対無理、何も変わりはしない、と諦めの境地の人が多数です。
恐らく仕事などでも行き詰まりは感じ、潜在的には何とかしたいという感覚もあって足を止めるのでしょうが、無思想・無関心ながら個人主義的や現実否定の思考にどっぷり漬かり、実質思考停止している人が多いようです。
○若者世代
具体的なお題への食いつきは弱いものの、なんとなく露店が気にかかって視線を送る、或いは立止まる人を捕まえて話をすると、既存の政治・経済の枠組の問題にはどこか遠いような、胡散臭いような感覚を覚えて収束しきれないようです。
しかし、一方で現在の仕事を通して、或いはこれから就職するに当っては社会に役立ちたい、社会に必要とされる事をしたいという思いはあって悶々としています。社会問題に対して関心が無い訳ではないようですが、これが問題だ、どうする?という意識以上に、ここに可能性があるということを見出し、現実の生産活動を通して可能性を実現したいという感覚が強いと感じます。現実の中にそれを見出そうとして探索している層、顕在意識では自分探索に向ってしまっている層、少数は何らか意識にフィットした価値観念に飛びついて思い込みに走っている層がいます。
何とか具体的なお題に繋げられた場合は、役に立つ勉強って何?のように、何が今の社会で求められているのか?何処に可能性がありそうか?といったところを見出すことに繋がるようなお題になります。
**********************************
戦後の私権時代を牽引してきたとはいえ、集団や社会を常に意識してきた高齢者世代は思考の射程が広く、それ故に現実の意識変化も柔軟に受け止めている人が多くいて応援者としてこの間可能性を感じています。案外ネット環境を持っている方も多く、ネットの場への参加の可能性もあります。
入口を工夫して「これからの日本をどうする?」「素人の社会活動の可能性」など、社会問題を個別テーマでお題として取り上げるだけでなく、なんで屋の活動の必要性や可能性を示す事が出来ると、応援者や参加者が広がりそうです。
団塊の世代は微妙だと感じてしまう人が多いのですが、露店が気になる人が増えている実感はあります。聞く耳を持つ層には、眼前の仕事の行き詰まりを入口に、行き詰まりの原因ともなっている時代の変化に気付いてもらい、社会過程を掴む必要に気付けば可能性を感じて参加する人もいると思います。
若い世代は、これまで以上に可能性発の打ち出しの必要がありそうです。これからの社会を活力あるものにしたい。社会の役立ちたいという思いは強まっていますが、同時に学業や仕事といった眼前の課題とそこを繋ぐことが期待されている様に感じます。「役に立つ仕事とは?」「役に立つ勉強とは?「日本の可能性」などを入口に課題の捉え直しが出来、可能性を実現する為にも共認形成の場や新認識の必要である事が伝われば、可能性を感じて参加する人が増えてくるのではないかと思います。
柳瀬尚弘
また、大学生・若手社員などの若い層は全体的に昨年や一昨年よりも経済・政治系の具体的なお題への反応が低いように感じるものの、探索意識は高まっているように感じます。
最近の各世代の露店での様子を紹介します。
**********************************
○高齢者世代
反応してくるは中身については良くご存知の方が多く、お題を聞きたいというより活動の全貌が知りたい人と、現在の政治や人々の意識に対して一言言いたくてしょうがない人とに別れます。
前者はお題の骨子を確認すると、殆どが活動の内容に真摯に耳を傾けて応援され、自分も勉強しようと興味のあるグランドセオリーを求められる方もいます。
後者の方は、いきなり官僚批判やいかに日本が米国支配されているか、マスコミ批判、などをまくし立てるます。しかし、話しているうちに実は同じような事を感じているのだと知り、最後は今の人たちも気が付いてこんな活動をしているんですね、がんばってください、と応援の言葉を掛られます。
政治・経済の動向に関心が高く、80代の人でも勉強されている方が多いし、知識は少ない人でも、現状のおかしさや、これからの可能性については説得力のある発言をされる方が多いと感じます。
○団塊の世代
グランドセオリーの表紙に立止まったり、デモに声を掛けてくる人がいますが、話すと大半が高圧的で、ひやかしや、断片的な知識のひけらかしばかりです。では、どうしていけばいいと考えているのか、どうしたいのか?といった話になると、もうすぐ定年だし俺には関係ない。活動の説明をすればいい事だとは思うけど絶対無理、何も変わりはしない、と諦めの境地の人が多数です。
恐らく仕事などでも行き詰まりは感じ、潜在的には何とかしたいという感覚もあって足を止めるのでしょうが、無思想・無関心ながら個人主義的や現実否定の思考にどっぷり漬かり、実質思考停止している人が多いようです。
○若者世代
具体的なお題への食いつきは弱いものの、なんとなく露店が気にかかって視線を送る、或いは立止まる人を捕まえて話をすると、既存の政治・経済の枠組の問題にはどこか遠いような、胡散臭いような感覚を覚えて収束しきれないようです。
しかし、一方で現在の仕事を通して、或いはこれから就職するに当っては社会に役立ちたい、社会に必要とされる事をしたいという思いはあって悶々としています。社会問題に対して関心が無い訳ではないようですが、これが問題だ、どうする?という意識以上に、ここに可能性があるということを見出し、現実の生産活動を通して可能性を実現したいという感覚が強いと感じます。現実の中にそれを見出そうとして探索している層、顕在意識では自分探索に向ってしまっている層、少数は何らか意識にフィットした価値観念に飛びついて思い込みに走っている層がいます。
何とか具体的なお題に繋げられた場合は、役に立つ勉強って何?のように、何が今の社会で求められているのか?何処に可能性がありそうか?といったところを見出すことに繋がるようなお題になります。
**********************************
戦後の私権時代を牽引してきたとはいえ、集団や社会を常に意識してきた高齢者世代は思考の射程が広く、それ故に現実の意識変化も柔軟に受け止めている人が多くいて応援者としてこの間可能性を感じています。案外ネット環境を持っている方も多く、ネットの場への参加の可能性もあります。
入口を工夫して「これからの日本をどうする?」「素人の社会活動の可能性」など、社会問題を個別テーマでお題として取り上げるだけでなく、なんで屋の活動の必要性や可能性を示す事が出来ると、応援者や参加者が広がりそうです。
団塊の世代は微妙だと感じてしまう人が多いのですが、露店が気になる人が増えている実感はあります。聞く耳を持つ層には、眼前の仕事の行き詰まりを入口に、行き詰まりの原因ともなっている時代の変化に気付いてもらい、社会過程を掴む必要に気付けば可能性を感じて参加する人もいると思います。
若い世代は、これまで以上に可能性発の打ち出しの必要がありそうです。これからの社会を活力あるものにしたい。社会の役立ちたいという思いは強まっていますが、同時に学業や仕事といった眼前の課題とそこを繋ぐことが期待されている様に感じます。「役に立つ仕事とは?」「役に立つ勉強とは?「日本の可能性」などを入口に課題の捉え直しが出来、可能性を実現する為にも共認形成の場や新認識の必要である事が伝われば、可能性を感じて参加する人が増えてくるのではないかと思います。
柳瀬尚弘
PR
>みんなの問題意識が(サブプライムなどの個別経済問題ではなく)、「秩序は維持されるのか?」に移っている?
>自分に最も身近な集団における「できること」「やるべきこと」を探索している。
確かに目先、株価が回復する等して、経済系のお題が聞かれなくなったが、「日本人の起源と可能性」等、より深い次元での可能性探索は進行していると考えられる。206596 これは4月のなんで屋劇場で扱われた「金貸し支配から民族収束を背景とした世界の多極化へ」リンク という流れを背景にしていると思われる。
またなんで屋の活動、その組織論的運動論的な基盤についても聞かれるケースが増えている。これも「身近な役割探し」の流れを受けているのだろう。収束不全かつバブル故の無圧力下での自分探しはとうに行き詰まり、現実の圧力を受けての具体的な役割探しに人々は転換している。
つまり、身近なところでは集団収束⇒役割探し、社会レベルでは民族収束⇒日本人の可能性探索という流れ。
これを図解化してみると
経済破局─→金貸し支配から多極化(国家対立)へ──┐
↓ │
収束不全→必要か否か→消費より仕事・役割の探索 │
↓ │ │
┌────────┬──────┤ │
↓↓ ↓↓ ↓↓ │
制度収束 行動収束 探索収束 │
│ ↓ │ │
│ ┌───┴───┐ │ │
│ ↓ ↓ ↓ ↓
└─→ 役割収束 農収束 秩序収束・民族収束
≒能力収束 エコ収束 潜在思念は江戸回帰
│ │ 観念は脱グローバリズムを模索中
↓ ↓ ↓ ↓ │
能力開発 食糧問題 貿易赤字 日本人の起源 │
学力問題 環境問題 財政赤字 東洋と西洋 │
↓ ↓ ↓ ↓ │
勉強法の嘘 自給率の嘘 貿易立国の嘘 単一民族の嘘 │
目的意識の必要 エコの嘘 GDP信仰の嘘 縄文体質の可能性│
│ │ │ ↓ │
└───────┴───┴───→江戸システム論──┤
★江戸は循環型社会 │
★鎖国モデルの可能性 │
★江戸はアジアの図書館 │
↓↓
事実収束からマスコミのウソに気付いて
最先端はインターネットの可能性へ収束
路上での入り口としては「能力開発or学力問題」「食糧問題」「環境問題」「貿易赤字」「財政赤字」から入って、「それらの定説のウソ」⇒「江戸システムor日本人の可能性」→「壁はマスコミ」⇒「インターネットの可能性」という流れが、今、最も求められているテーマと展開ではないだろうか。
山澤貴志
>自分に最も身近な集団における「できること」「やるべきこと」を探索している。
確かに目先、株価が回復する等して、経済系のお題が聞かれなくなったが、「日本人の起源と可能性」等、より深い次元での可能性探索は進行していると考えられる。206596 これは4月のなんで屋劇場で扱われた「金貸し支配から民族収束を背景とした世界の多極化へ」リンク という流れを背景にしていると思われる。
またなんで屋の活動、その組織論的運動論的な基盤についても聞かれるケースが増えている。これも「身近な役割探し」の流れを受けているのだろう。収束不全かつバブル故の無圧力下での自分探しはとうに行き詰まり、現実の圧力を受けての具体的な役割探しに人々は転換している。
つまり、身近なところでは集団収束⇒役割探し、社会レベルでは民族収束⇒日本人の可能性探索という流れ。
これを図解化してみると
経済破局─→金貸し支配から多極化(国家対立)へ──┐
↓ │
収束不全→必要か否か→消費より仕事・役割の探索 │
↓ │ │
┌────────┬──────┤ │
↓↓ ↓↓ ↓↓ │
制度収束 行動収束 探索収束 │
│ ↓ │ │
│ ┌───┴───┐ │ │
│ ↓ ↓ ↓ ↓
└─→ 役割収束 農収束 秩序収束・民族収束
≒能力収束 エコ収束 潜在思念は江戸回帰
│ │ 観念は脱グローバリズムを模索中
↓ ↓ ↓ ↓ │
能力開発 食糧問題 貿易赤字 日本人の起源 │
学力問題 環境問題 財政赤字 東洋と西洋 │
↓ ↓ ↓ ↓ │
勉強法の嘘 自給率の嘘 貿易立国の嘘 単一民族の嘘 │
目的意識の必要 エコの嘘 GDP信仰の嘘 縄文体質の可能性│
│ │ │ ↓ │
└───────┴───┴───→江戸システム論──┤
★江戸は循環型社会 │
★鎖国モデルの可能性 │
★江戸はアジアの図書館 │
↓↓
事実収束からマスコミのウソに気付いて
最先端はインターネットの可能性へ収束
路上での入り口としては「能力開発or学力問題」「食糧問題」「環境問題」「貿易赤字」「財政赤字」から入って、「それらの定説のウソ」⇒「江戸システムor日本人の可能性」→「壁はマスコミ」⇒「インターネットの可能性」という流れが、今、最も求められているテーマと展開ではないだろうか。
山澤貴志
├─私権時代─┤├───────現 代───────┤
生存圧力 生存圧力克服 ==> 同類圧力
∥ | ∥
V ↓ V
生存圧力を背景と 私権闘争圧力 ==> 同類圧力を背景と
する同類闘争 の衰弱 する同類闘争
・略奪闘争 | ・認識闘争
・私権闘争 ↓ ・評価競争
| 国家や市場は社会を |
| 統合できない |
↓ ↓ ↓
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ 私権闘争・略奪闘争をどう止揚・統合するのか ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
∥ :: ∥
V V V
力の序列原理 略奪闘争や私権闘争 ← 共認闘争によって
私権統合 を超えた新たな 社会を再統合
∥ 社会統合
V
武力支配国家
市場
∥
本源集団解体
※補足
「私権闘争・略奪闘争をどう止揚・統合するのか」という課題は、6000年前から現代まで一貫として突きつけられた課題である。
『統合様式とは、何よりもまず、外圧(≒闘争圧力)に対する適応様式である』(29834)とあるが、私権時代は生存圧力を背景とした私権闘争・略奪闘争の圧力に対する適応様式として、社会統合様式(国家・市場)が形成されていた。
現代は、私権闘争圧力が衰弱したことにより、これまでの統合様式では社会を統合できなくなっているため、新たな社会統合が求められている。その実現基盤は、同類圧力への転換である。同類圧力を背景にした共認闘争による社会統合によって、これまでの私権闘争・略奪闘争を止揚することができ、社会統合が可能となるのではないだろうか。
匿名希望
生存圧力 生存圧力克服 ==> 同類圧力
∥ | ∥
V ↓ V
生存圧力を背景と 私権闘争圧力 ==> 同類圧力を背景と
する同類闘争 の衰弱 する同類闘争
・略奪闘争 | ・認識闘争
・私権闘争 ↓ ・評価競争
| 国家や市場は社会を |
| 統合できない |
↓ ↓ ↓
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃ 私権闘争・略奪闘争をどう止揚・統合するのか ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
∥ :: ∥
V V V
力の序列原理 略奪闘争や私権闘争 ← 共認闘争によって
私権統合 を超えた新たな 社会を再統合
∥ 社会統合
V
武力支配国家
市場
∥
本源集団解体
※補足
「私権闘争・略奪闘争をどう止揚・統合するのか」という課題は、6000年前から現代まで一貫として突きつけられた課題である。
『統合様式とは、何よりもまず、外圧(≒闘争圧力)に対する適応様式である』(29834)とあるが、私権時代は生存圧力を背景とした私権闘争・略奪闘争の圧力に対する適応様式として、社会統合様式(国家・市場)が形成されていた。
現代は、私権闘争圧力が衰弱したことにより、これまでの統合様式では社会を統合できなくなっているため、新たな社会統合が求められている。その実現基盤は、同類圧力への転換である。同類圧力を背景にした共認闘争による社会統合によって、これまでの私権闘争・略奪闘争を止揚することができ、社会統合が可能となるのではないだろうか。
匿名希望
来年2010年を目標に、今まで規制のなかったインターネットにメディアコントロールを導入しようという試みが、政府(総務省)によって計画されています。
通称「情報通信法構想」。
この構想は、2006年6月に同省が開催してきた「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する研究会」よりスタートしました。
当初の目的は、増え続けるワイセツ・自殺サイトなどの有害サイトから、青少年の健全な育成を守るという錦の御旗に発足しています。
しかし、同年に出された最終報告書では、その有害情報を取り締まるという観点から一段飛躍し、警察等、社会的法益を侵害する違法な情報を発信する者に対し、直接警察から各事業社(プロバイダー)に送信防止措置が依頼できるシステムが構築されようとしているのです。
本来、インターネット上においても「自由な表現・情報」に対する「違法情報」か否かの判断は、政府から独立した裁判所などの厳格な司法手続きが必要となります。
実質的には、憲法で禁じられている戦前の治安維持法に掲げられた検閲機関としての「警察」が、復活しようとしているのです。
そして、この言論弾圧立法をインターネットの世界に蘇らせた先に、総務省は2010年を目標に「ネット情報デマ率発見システム構想」を主導しているのです。
このシステム(フィルタリングソフト)は、ネット上にある関連深い別の情報を自動探索し、その他のサイトとその情報を比較参照することで、情報の「デマ率」を数値化するものです。
完成形としては、ネットで情報を検索するときにそのサイトの信頼性を、多数決による判断で序列化し、一定のデマ率以上(少数派の意見、事実の提起)の情報に対しては検索上みられなくなる設定なのです。
(グーグル八分など、このシステムが関係していると考えられます。)
いかにその情報・発信が、最先端の認識・事実であっても、既存の通説に反するのならばデマとして評価され、闇に葬られてしまうシステム。
これを政府が本気で運営しようとするところに、危機感を感じられずにはおれません。
共認運動の生命線となる、インターネットの持つ可能性(=万人が(社会共認を形成する)媒体になること)に蓋をすることは許せません。
2010年を迎えるまで、何かネット上に関連した事件が起きるか、又は大きな事件を隠れ蓑にこの法案を通そうという動きがあれば注意深く見ていきたいとおもいます。
参照:「マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれているのか」より
リンゴヨーグルト
通称「情報通信法構想」。
この構想は、2006年6月に同省が開催してきた「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する研究会」よりスタートしました。
当初の目的は、増え続けるワイセツ・自殺サイトなどの有害サイトから、青少年の健全な育成を守るという錦の御旗に発足しています。
しかし、同年に出された最終報告書では、その有害情報を取り締まるという観点から一段飛躍し、警察等、社会的法益を侵害する違法な情報を発信する者に対し、直接警察から各事業社(プロバイダー)に送信防止措置が依頼できるシステムが構築されようとしているのです。
本来、インターネット上においても「自由な表現・情報」に対する「違法情報」か否かの判断は、政府から独立した裁判所などの厳格な司法手続きが必要となります。
実質的には、憲法で禁じられている戦前の治安維持法に掲げられた検閲機関としての「警察」が、復活しようとしているのです。
そして、この言論弾圧立法をインターネットの世界に蘇らせた先に、総務省は2010年を目標に「ネット情報デマ率発見システム構想」を主導しているのです。
このシステム(フィルタリングソフト)は、ネット上にある関連深い別の情報を自動探索し、その他のサイトとその情報を比較参照することで、情報の「デマ率」を数値化するものです。
完成形としては、ネットで情報を検索するときにそのサイトの信頼性を、多数決による判断で序列化し、一定のデマ率以上(少数派の意見、事実の提起)の情報に対しては検索上みられなくなる設定なのです。
(グーグル八分など、このシステムが関係していると考えられます。)
いかにその情報・発信が、最先端の認識・事実であっても、既存の通説に反するのならばデマとして評価され、闇に葬られてしまうシステム。
これを政府が本気で運営しようとするところに、危機感を感じられずにはおれません。
共認運動の生命線となる、インターネットの持つ可能性(=万人が(社会共認を形成する)媒体になること)に蓋をすることは許せません。
2010年を迎えるまで、何かネット上に関連した事件が起きるか、又は大きな事件を隠れ蓑にこの法案を通そうという動きがあれば注意深く見ていきたいとおもいます。
参照:「マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれているのか」より
リンゴヨーグルト
10代のテレビ離れはより一層進んでいるですね。
しかし一方で、最近の小沢バッシングや北朝鮮問題、インフルエンザの大流行をみるに世間はかなりの世論操作を受けていると感じています。
マスコミの情報操作に流されているのは、いわゆる大人達ということは事実だと思いますが、だからといって数年~数十年後、現在の10代のような若者が増えれば、マスコミの世論支配から脱して、自分達で主体的に物事を考えていく社会が築かれるか、というとそれほど楽観的な予想も立てにくいと考えます。
その理由として、社会にかかる圧力の変化そして残存制度という弊害があるからです。
以下が、4/29なんでや劇場の主要論点の一つですリンク。
>マスコミ、政治家、官僚など、現在(団塊世代以降)の特権階級は、大半が貧困=本当の私権圧力を知らず、従って本当の目的意識を持ち合わせていない。彼らは、単なる試験制度発の「合格」という無機的な目的意識(もちろん、それは肉体的欠乏に根ざした本気の目的ではない)を植え付けられてひたすら試験勉強に励み、「特権」を手に入れた連中である。又、彼らの大半は、試験制度という与えられた枠組みの中でひたすら「合格」を目指してきただけで、その前提を成す枠組みそのものを疑うという発想が極めて貧弱である。
205507特権階級の自家中毒
試験制度発の無機的な目的意識しか持ち合わせていないのは、特権階級だけではありません。団塊の世代以降に生まれた私たち自身も制度発の人工的な目的意識に毒されているのです(中高年~若者まで)。
205298今の若者は、修行僧?!~人工的な目的意識から、充足発の目的意識へ①~
205299修行僧では、成果は上がらない!!~人工的な目的意識から、充足発の目的意識へ②~
その結果、現在は特権階級(官僚・マスコミ)が己の権力欲を誇示するために中毒的な権力行使に嵌っていくのに対して、私達は「制度に乗っかっていれば安泰⇒決められたことだけやっていればいい」という傍観者に成り下がり、あらゆる外圧や危機・課題が捨象されてしまっているのです。
これは、現在の若者にも共通することです。
つまり、「テレビ(マスコミ)は見ないから大丈夫」だけでは不十分で、制度発の人工的な目的意識という呪縛から脱し、いかに社会的な目的意識をもってあらゆる対象に関心を抱き、物事を追求していけるか。
これが今の日本全体の課題だと思います。
そのためにも、まずは時代変化や現在の意識潮流を読み解く構造認識を習得し、そこで学んだことを皆に発信→共有し合いながらマスコミに代わる世論形成の場を構築していく事が重要です。
そして、るいネットはそのような目的で創られた場です。
ですから、日々継続して参加し、認識力をより向上させて、これからの社会をリードしていく若者になってほしいと思います。
期待しています!
国道12号
しかし一方で、最近の小沢バッシングや北朝鮮問題、インフルエンザの大流行をみるに世間はかなりの世論操作を受けていると感じています。
マスコミの情報操作に流されているのは、いわゆる大人達ということは事実だと思いますが、だからといって数年~数十年後、現在の10代のような若者が増えれば、マスコミの世論支配から脱して、自分達で主体的に物事を考えていく社会が築かれるか、というとそれほど楽観的な予想も立てにくいと考えます。
その理由として、社会にかかる圧力の変化そして残存制度という弊害があるからです。
以下が、4/29なんでや劇場の主要論点の一つですリンク。
>マスコミ、政治家、官僚など、現在(団塊世代以降)の特権階級は、大半が貧困=本当の私権圧力を知らず、従って本当の目的意識を持ち合わせていない。彼らは、単なる試験制度発の「合格」という無機的な目的意識(もちろん、それは肉体的欠乏に根ざした本気の目的ではない)を植え付けられてひたすら試験勉強に励み、「特権」を手に入れた連中である。又、彼らの大半は、試験制度という与えられた枠組みの中でひたすら「合格」を目指してきただけで、その前提を成す枠組みそのものを疑うという発想が極めて貧弱である。
205507特権階級の自家中毒
試験制度発の無機的な目的意識しか持ち合わせていないのは、特権階級だけではありません。団塊の世代以降に生まれた私たち自身も制度発の人工的な目的意識に毒されているのです(中高年~若者まで)。
205298今の若者は、修行僧?!~人工的な目的意識から、充足発の目的意識へ①~
205299修行僧では、成果は上がらない!!~人工的な目的意識から、充足発の目的意識へ②~
その結果、現在は特権階級(官僚・マスコミ)が己の権力欲を誇示するために中毒的な権力行使に嵌っていくのに対して、私達は「制度に乗っかっていれば安泰⇒決められたことだけやっていればいい」という傍観者に成り下がり、あらゆる外圧や危機・課題が捨象されてしまっているのです。
これは、現在の若者にも共通することです。
つまり、「テレビ(マスコミ)は見ないから大丈夫」だけでは不十分で、制度発の人工的な目的意識という呪縛から脱し、いかに社会的な目的意識をもってあらゆる対象に関心を抱き、物事を追求していけるか。
これが今の日本全体の課題だと思います。
そのためにも、まずは時代変化や現在の意識潮流を読み解く構造認識を習得し、そこで学んだことを皆に発信→共有し合いながらマスコミに代わる世論形成の場を構築していく事が重要です。
そして、るいネットはそのような目的で創られた場です。
ですから、日々継続して参加し、認識力をより向上させて、これからの社会をリードしていく若者になってほしいと思います。
期待しています!
国道12号
カウンター
カレンダー
最新記事
(01/24)
(01/24)
(12/11)
(12/10)
(12/08)
最新コメント
[04/03 神崎]
[11/18 埼玉新聞読者]
[11/18 所沢市の債務残高は1000億円]
[11/12 所沢市の債務残高は1000億円]
[11/12 所沢市の債務残高は1000億円]
ブログ内検索
最古記事
(09/02)
(09/11)
(09/12)
(09/13)
(09/14)
P R