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私権圧力が強かりし時代、解脱の中身は私権からの脱出欠乏であった。強制圧力のもと、疎外労働である生産活動は忌避され、「疎外労働から自由な生活がしたい」というのが、みんなの目指すべき生活であったと思います。労働自体が疎外労働である限り、その反として生起する「解脱欠乏」は天井知らずであったとも言えるでしょう。結果、「いつでも充足」を実現させるべく、その権利として週休2日制などの要求が実現してきたのではないでしょうか。

 しかし、現在、私権圧力からの脱出欠乏であった解脱欠乏は、私権の衰弱によって同時に急速に衰弱し、中身が変容しているように思います。現代人は私権時代の解脱から、本源の解脱に移行しつつあると思います。脱私権からの解脱充足しか知らない現代人は、人類の習性である「いつでも充足」のあたらしい中身を切に求めている時代であるともいえるのではないでしょうか。

 解脱の変革を伴う共認革命は、今までの私権闘争のように激しい要求運動や演説を伴うものでは決してありません。静かに、少しずつ、志ある人々から順にゆっくりと浸透していく革命だと思う。

一筆奏上
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2,3年前から市民メディア或いはオルタナティブメディアと言われるサイト(JANJAN,JPニュース,故オーマイニュースなど)が増えているが、中々軌道に乗せることが難しいのか閉鎖するサイトも出てきている。市民メディアの現状をどう捉えればいいのか?


●マスコミ化した市民メディア

>JANJANは左翼的な旧観念から脱却できず、一部の読者しか引き付ける力がないように思われる。いずれもジャーナリストなどプロたちが編集などに従事していることが読者とのギャップを生み出す要因になっているのだろう。167930

>コメント欄はあるものの記事とコメントではヒエラルキーに大きな差があり、双方向性が失われている。記事の連載以外に記事間の連携がなかったり、コメントも対記事の一方的意見で終わるので、議論を深めたり、多くの参加者がつながるような祭り場になりづらい理由としてあげられる。167930

また、市民メディアが左翼系の団体から資金提供を受けていたという事実も明らかにされている。スポンサーに都合の悪い事が報道できないのはまさにマスコミの構造と同じである。202105

さらに、ニュースの中身に関しても、独自の取材網などを持っていない市民メディアは
>単なるニュースならマスコミに到底及ばない。183658

つまり、
>この間のオルタナティブ・メディアの台頭(→マスメディアの凋落)とは、メディア数の拡大、あるいはニュースソースの拡大という量的拡大によってなされたものであり、決して社会の問題に対する切り口や答えの提示といった質的拡大に因るものではなかった。202105

●市民メディアに求められているのは、反マスコミの世論形成
>市民メディアが求められているのはマスコミの嘘を暴いたり、マスコミが書けない(書かない)事実を知らしめること、つまりマスコミ支配を打ち破る共認形成の場を目指すべき183658

さらに、マスコミ支配を打ち破るためには、事実基づいた構造的により社会の問題を鮮明にし、新しい可能性を示していく必要がある。
今の市民メディアは個人をマスコミ化しているだけで、現在のマスコミの問題そのものに切り込んでいけないという自己矛盾を抱えている点が大きな問題だと思う。

スズムシ
友人などに対して、社会統合についての話がしづらいと感じたことが過去にありました。このるいネットでも盛んに議論されているように、既に多くの人が、この自分たちの住む社会の限界や、自らの活力の衰弱を自覚している段階まで来ていながら、(いわば、社会不全が顕在化し「認識収束」している段階に達しているのに)その不全の本質に、切り込んでいくことに躊躇してしまいがちです。そんな姿勢では、真の協働仲間はもちろんのこと、今後の更なる社会不全の高まりを考えれば、仕事関係(私権関係込み)に必要な関係形成すらままならない事態が、遅かれ早かれ訪れるように感じます。

 認識やネットワークなどの堅苦しい話を、こんなところでしないほうがいいかな?とか、何か宗教的な集団に属しているのではないか?というような評価が自分に下されることを恐れていたことが多かったように思います。さらに、表層的に感じ取れる相手の欠乏(代償充足など)や、解脱様式に合わせて話さないと、仲良くなれないのではというような、関係形成上の圧力逃避的な点も露呈していました。いわば、100%内向きな、自分の内的な不全に拘った姿勢です。

 しかし、今やそんな姿勢は時代遅れだと感じています。この閉塞状況に答えを出せて、現実を突破している者に、人々は魅力を感じるのであって、自分に合わせ、互いの内的な不全の傷をなめ合う人には、魅力を感じないと思います。(せいぜい残存しても、私権関係で使われるだけでしょう)

 認識収束とは、私権社会の圧力が衰弱し、関係形成の主軸も変化したことを示しています。そのため、認識の伝播も人間関係の圧力逃避による迎合路線から、現実社会での成功体験に裏打ちされた、認識の正しさの実感に基づき、伝播していく路線への転換こそが必要になってくると思います。成功体験に裏打ちされた、認識(言葉)の正しさの実感に溢れる人材こそ、真の仲間関係をつくり、認識の広がりに寄与すると思います。

一筆奏上

>『必要か否か』という土俵上では、どれだけ多くの人が必要と認めたかが、つまり『人数』こそが、「お金」を超える最先端の評価指標となる。そこでは、お金は人数を判定する基準(お金を払った人だけを人数として数える)にすぎなくなる。つまり、古い評価指標=お金は、新しい評価指標=人数の補助指標に転落する。(33995)

評価指数として「人数」という概念が与えられたとたん、それは民主主義における「多数決」とはどうちがうのか?という疑問がわく。

「多数決」とは、私有権力の大きい側が意識潮流を操作できるという状況下で、人数カウントされるものだ。いわば、捏造された、誂えられた土俵の上での闘い。

一度通れば4年は安泰(そのまま)、という旨味は、操作した側の私有権をさらに増大させる。しかし、本来の共認闘争とは一度でケリのつくものではない。なぜならば、外圧は刻一刻と変化しており、それに適応するために、共認内容も日々変化し、また、塗り重ねられていくからである。

日々の評価闘争の累積の中で、ひとびとの審判は行なわれ、「人数」を獲得していく。これが真っ当な「判断の土俵」である。そこには、マスコミを動員した奇人変人が総理大臣になれるような余地は全くない。

「『判断の土俵』を基礎とし、『人数』を評価指標とする新しい演場」(33995)の最先端として、るいネットを受信し、発信していきたい。

阿部佳容子
『中高生の露店への反応が、大きく変わり始めている!』という声が、一緒に露店をやっている仲間達からも良く話題に登るようになってきた。
 彼ら中高生が露店のどこに反応しているか?を観察していくと、
「マスコミが伝えない事実(ブログ看板・GT)」や「国の借金800兆どうする?(お題ボードやお題看板)」などを入り口とした、マスコミ不信・社会収束発になってきていることが大きな特徴として挙げられる。そんな彼らとのやり取りの事例をいくつか紹介します。

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【事例1】仲間と大勢で来て、一人が興味を示すと全員で真剣に聞いてくれた高校生♂(なんで屋@川崎)

 一見、冷やかしのようにお題ボードに立ち寄った彼らだったが、一人がボードのお題一覧を見て社会課題を追求する場だと分かると、真剣に「なんで?」を考え始めた。そこで「人間を奴隷化するICチップ埋め込み構想は、なんで?」のお題を出してくれた。そこでのやり取りの中で出てきた「金貸し支配の仕組み」や「戦争がおこるのはなぜか?」の金貸しが儲けるための仕組みまで的確に問いかけにも応えてくれた。やり取りの中で一貫して常につながりと根拠を求めていることと、「どこで勉強しているのか?」といことをしきりに聞いてきたことが印象的だった。もはや、彼らの勉強への欠乏は学校で教わる内容では物足りず、明らかに「社会の仕組みが知りたい!」というところまで来ており、それが勉強できる『場』を求めていた。


【事例2】社会収束する中学1年生♂(なんで屋@鶴見)

 『マスコミの伝えない事実』のGTに立ち止まった中学生。学校の勉強でも社会科が一番好きで、「周りのことが知りたい!」という想いがその根底にはあるとのことだった。毎日ニュースを見るなり、母親にたくさんの質問をしているが「わからない。」と言われ、父親に聞いても「時間がない。」と言われ、なかなか日々充足できない状況からなんで屋に立ち寄ってくれた。かつて父親に「国の借金800兆なんで?」も聞いた事があるとのことだったが、的確な答えが得られなかったとのことだった。子供達の「なんで思考」の可能性の萌芽に蓋をしてしまう密室家庭の弊害も彼とのやり取りから伝わってきた。たとえ親としてその場で答えまで出せなくても、一緒になんで思考で追求したり、追求期待をかけてあげれば、徹底理解することの楽しさは伝えていけるはずである。しかし、そうはなっていない現実のなかで、彼らの「社会のことをを知りたい!」という欠乏に応えられる勉強の場がどれだけ必要とされているか?ということを痛感する出来事だった。


【事例3】マスコミ不信から、「事実を知るにはどうすれば良い?」と日々考える高校生♀(なんで屋@大宮)

「一時の麻生叩きの報道」や「どのチャンネルも同じことしかやっていない、報道していない。」という事への違和感から、「マスコミはおかしいのではないか?」という漠然とした疑惑と恐怖心を感じいた。しかし、それがなぜか?が分からないため確信を持てずにいたとのことだった。しかし、「マスコミって信用できるの?」のお題を聞いたことで疑惑が確信に変わり、「まずは周りのマスコミを志望している友達に伝えてあげたい!」と話してくれた。事実を知り確信に変われば、発信欠乏に一気に火がつく。さらに、彼女はどういったサイトで勉強すればいいのか?というところまで意識は及んでいて、AブログチラシやGT7への関心も非常に高く、早速サイトを見て「もっと社会のことを知りたくなりました!」との感想メールをくれた。こういう女子高生を見ると、マスコミの世論支配力の消滅はもはや時間の問題だと感じる。マスコミの偏向報道は、彼女達には恐怖心を抱かせる凶器として写っているのだ。

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こういった若い中高生世代の社会収束発の勉強意欲は、今後確実に『マスコミに代る共認形成の力⇒社会変革の大きな力』になっていくと想う。そんな中高生達に露店やサロン、なんでや劇場といった勉強の場に可能性を感じてもらうには、どうすればよいか?

【方針】この答えが、彼らと同世代で日々ネットサロンやなんで屋劇場で勉強を重ねている高校生♂の投稿の中に書かれていた。

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>『広く、社会発であることの重要性』 (206792) より引用

では、社会の課題、期待を掴むにはどうしたらよいのか?
これは簡単で、社会の構造を知れば良いのである。現在の社会の問題等を知ってしまえば、それに応えたいという気持ちは自然に生じる。

また、露店などに参加し、生身の社会に触れる事も必要だと思った。そこで働く期待圧力を掴めば、活力もまた湧いてくると思う。(これが、露店をやっている人が物凄く活力的な理由だと思う。)

そして、社会発の目的意識が形成されれば、あらゆる事に対し活力的に取り組めるようになると思う。(例えば私権獲得である受験も、社会の役に立つために必要な通過点と据えることができれば、普通に取り組んでいく事ができると思う。)
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『試験制度発の人工的な目的意識』から脱却し、『本源的⇒社会的な目的意識』を形成することができれば、それは彼らにとって勉強をはじめとし、あらゆる活力の源泉となってくる。この高校生が言う、社会の構造(仕組み)を知るためには「構造認識」の勉強が必要だという実感そのものが、彼ら中高生達にも可能性としてそのまま受け容れられるのではないだろうか?

「社会のことを知りたい!」とまっすぐに事実追求に向っている中高生達とも、もっと一緒に勉強していきたい!

yosshi~
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