忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


「ネットの情報量は圧倒的」に繋がる話。
凡人には「ど忘れ」対策に有効、賢者には閃きネタを仕入れるには有効。

大日本セキュリティー総合研究所リンクさんから
/////////////////////////////////////////////////////////////////
インターネットとはナニモノだろうか?

(前略)~
インターネットの世の中では言語を操るものなら、巨大な知識を並列化でき、中学生も老人もある意味変わらない。昔は知識を得ること自体に時間や金がかかった為、知識の獲得・知識の量自体が「知」の目的になり、知識をたくさん脳内に蓄える事ができる記憶力の良い人が「賢人」とされる事も多かったのです。でも、知識のストック・貯蓄は、ハードディスクにかなわない。となると、「知」とか「賢い」の意味が、「知識の量」から「意思決定の正しさ」や「閃き」にシフトする。

ただ、閃きや直感を生み出す源泉は、一度、人間の脳にインプットされた情報なわけで、やはり、脳にインプットする過程・従来の学習自体を否定する事はできないんでしょうね。ただ、知識の獲得が簡単になった事は大きい。反面、検索すればどんな知識でも獲得できる環境は、自由すぎて何から手をつけてよいかわからなくなる。

茂木健一郎氏が言うには、閃きと「ど忘れ」には類似性があるそうです。この人の本を読んだことがないので、詳細はわからないですが、「ああ、それなんだったっけ?喉のところまで出かかっているのに、忘れちゃったよ。」というのと、ひらめきを得る為に思いを巡らす事が似ているという事なんでしょうか。
例えてみれば、失われたパズルのピースを脳の中から必死に探しているのが「ど忘れ」、一方、経験した知識・記憶ではないが、そこにハマリそうなピース、言い換えれば、解決策を必死に脳内から探し出すのが「閃き」の過程かもしれません。

「ど忘れ」と「閃き」の差として考えられるのは、前者は基本的にぴったりハマるパズルのピースであるが(そりゃ、そうだ。もともとしっかりハマッていたピースを脳内で忘れただけなのだから。)、後者は類似するが完全一致するピースじゃない。類似するピースを脳内から探すのは応用という言葉で表現できるかもしれません。そして、似て非なるピースであっても、無理やり押し込めば、カドが取れてピースがハマるかもしれない....。それが「閃き」なのか....

だから、閃きは突拍子もない所から、いきなり湧き出るものではないそうです。類似のピースのストックが脳内になければ、閃きは生まれない。類似のピースのストックを増やす為には、情報のインプットが不可欠なわけです。

基本的に類似分野の知識・インプットを増やせば、解決策・閃きの可能性が高くなる。一方で、全然関係ない分野の発想が応用されて、解決策・閃きを導き出すかもしれない....。要は、分野が離れていても、部分でみると相似形のピースであればよい。逆にジャンル違いの相似形ピースを探し当てた方が、革新的な応用・閃きになりやすい。

例えば......。

思い浮かばない.......。

ここで、インターネットの出番です。(笑)

全然関係のない分野の発想が応用されて、閃きに繋がっている例は例はないか?

検索エンジンで、「(何々)からヒントを得て」と入力します。
www.google.co.jp/search

やってみると、いろんな例が出てくる。

フェデックスは銀行「からヒントを得て」システムを作り上げた。
blog.zxcvbnm.jp/

というわけで、インターネットは閃きや「ど忘れ」をサポートしてくれるシステムですね。(笑)

インターネットの話から、脳や閃きの話になって、やっと話がインターネットに戻ってきました。

脳のシステムとインターネットのシステムは相似形とよく言われます。脳細胞、ニューロンがシナプスを介して結びつき、記憶・発想等を実現する脳内ネットワークを形成する。一方、インターネットはサイト同士が、何らかの意図を持ったリンク(類似情報、サイト主自体の人脈、ビジネス的な関わり等々)でネットワーク化されている。類似情報をトレースしやすい、つまり、発想を得る為の知識獲得がやり易いシステムと言えます。

昔、マクルーハンという人が、「テレビばっかり見て育つ子供はドーナッツみたいなモノが好きになる」と、言ったとか言わないとか。というのも、昔のブラウン管は細かく見ると画素数分の穴が開いている構造だったので、無意識・潜在意識レベルで「穴の開いたモノ」に慣らされる。

だから、ドーナッツが好きになる。本当かい!!というような理屈ですが、インターネットの仕組みが脳システムに近づいていくのを見ると、あながちデタラメではないかも....。脳味噌がつくるモノは脳味噌に似る。インターネットの創成期には、アメリカの軍事セクションやら、スイスやら、学者ネットワークやらいろんな人達が絡んでいるそうですが、アメリカでは核兵器で一部の都市の情報ネットワークが破壊されても、それ以外の全体的ネットワークは存続できるようにインターネット網を設計したそうです。脳が脳梗塞でダメージを受けても、脳の神経細胞のネットワークが梗塞部分を迂回して新たなネットワークを形成、脳全体の機能を回復させる.....。と同じことですね。

そんなわけで、当方はインターネットはかなり賢いのじゃないか?なぜなら、脳味噌の相似形だから。と思うのです。当方は本が好きですし、本は物事を体系だって理解させる強みがあると思います。これは重要な事です。
一方、インターネットは情報の深みにかけるかもしれないが、情報を俯瞰してみたり(ハイパーリンクや検索エンジン)、議論・止揚の場になりやすかったり(ブログのコメント欄とか掲示板とかね。)、閃きを喚起したり(自由に情報と情報の間を飛び回る事は、意図せずに「相似形ピース」を蓄積させてている事でもある。)、やっぱり革命的なシステムです。両立できた方が良いに決まっているのです。

///////////////////////////////////////////////////////////////

凡人の私は、よく忘れたワードを思い出すために検索します。


狒狒
PR
5月31日のなんでや劇場で気付きがあった
◆それはインターネットこそ唯一の可能性のある媒体だと思っていたが実はそうでもないのだ。
今まで歴史的に登場した媒体はどれも統合するには一長一短がある。
・対面共認
人類が600万前から人類が取ってきたやり方であるが、単一集団を越えた社会統合には向かない。但し共認度は一番高い。
・活字
新聞・書籍などが代表だが、金貸しが共認支配のツールにしてきた一方通行の媒体である。ただ線も引けるし理解しながら進めることが出来るという長所がある。
・テレビ
これも金貸しの共認支配のツールのにしてきた。さらにこれら映像系情報は思考停止の欠陥がある。わかりやすいという側面はある。
・インターネット
世界中の万人に発信し返信も出来る双方向のツールである。情報量は今までの媒体を遙かに超える。ただこれも映像系の情報のため、打ち出してみないと理解できていかない。(ネットの情報を写して色を変えたり線を引いたりして加工するとすると結構読めたりは出来る。)

◆【ネットサロン】では、僕たちはネットの情報を紙に打ち出して、それをみんなで2回音読している。気になるところに線を引いたり、マーキングしたりする。それして議論すると意外にいままで気が付かなかった新しい認識が生まれることが多い。
・なんでやには【GT】と呼んでいる事実の体系をまとめた冊子があるが、その切り口で普段のマスコミやネット情報を整序するとスッキリする。
・現在マスコミ新聞の凋落は鮮明だが、今まで登場した媒体(対面・活字・映像・インターネット)は、完全になくなるということはないと思う。インターネットは情報量の面では媒体として可能性が高いが、活字も必要だし、最終的には対面の場が不可欠だと思う。
ネットや活字情報でみんなが思っていることが分かっても現実の社会不全は、変わらない。対面の場でそれを課題共認して初めて闘争共認(敵は誰か)が形成できるのだと思う。


志水満
ネットの圧倒的情報量から、求められるものが生まれ、そのうち既存メディアを質の上でも凌駕し始めるだろう、その萌芽は既に現れている、と言う話。

大日本セキュリティー総合研究所リンクさんから
////////////////////////////////////////////////////////////////
「既存メディアは火縄銃、ネットはマシンガン」

・・・
では、本日はバカのメディア・インターネットやブログ影響力の考察です。

日本中の知性・情報が集結する国立国会図書館の所蔵図書は約900万冊ですが、インターネット上の日本語ブログの情報量を書籍に換算すると(あくまで文字数を機械的に換算したものですが。)2700万冊にもなるそうです。インターネット上でブログが影響力を持ち出して5年やそこらで、国会図書館の3倍の情報量が蓄積してしまった。コピペや「今日のランチはカルボナーラ。」的な内容が多分に含まれていようともその凄さは過小評価されていると思います。(逆に、庶民の何気ない感情の発露が蓄積されていくメディアなんて有史以来考えられなかった。これが20年後・30年後にまで残ればとんでもない資料になるかもしれない。)国会図書館は50年以上に渡って(その前身を含めれば100年以上)、日本中の図書・資料を集めてきたわけで.....。大雑把に計算するとブログの年間情報蓄積量は、新聞・雑誌・本等の旧メディアの20倍です。火縄銃とマシンガンぐらいの差があります。しかも、有料・無料の差や、ある分野のメディアにとっては命である速報性の差もあります。「素人のブログと既存メディアでは、情報のクオリティや信頼性が違う。うちは火縄銃じゃないぞ、連発はできないが大砲だ。」と言い切れる既存メディアの方がどれほどいるのか....。そもそも、量と質は相関関係にあるのです。量が増えれば、同様の割合で質の良いコンテンツも増えるのです。ぶっちゃけ、質なんて主観ですから、質が云々の議論自体に意味がないのかもしれないし.....。この20倍の差が、既存メディア凋落の根底にあるのです。

そうそう。ドイツにALDI(アルディ)という老舗のディスカウントストアがあります。このディスカウントストアは世界的にも注目されていて、ドイツ人が尊敬する企業の五指にも入ります。ところが、アマゾンにも、国会図書館の検索でもアルディの本はヒットしないので、日本には書籍としては紹介されていないのでしょう。(本当はピーター・ドラッカーが著書の中でも触れているので、記述されている本はあるのですが、それをメインにした本は無い。)ところが、ネット上にはこのアルディを取り上げた日本語コンテンツが結構ヒットする。しかも、グーグル翻訳すれば、ドイツ語圏や英語圏で書かれたアルディに関しての詳細な内容を読むことができる。youtubeではアルディの売り場の動画がアップされている。つまり、専門性や内容の深さでも、ネット情報の方が優れているケースがある。

youtubeの話のついでに、テレビとネットの力関係に関しても触れましょう。youtubeはテレビ番組そのものをアップしたり、それを加工した動画がメインというのは、あくまでも現時点の話。今でもyoutubeにはプロ顔負けのコンテンツが出だしている。面白い投稿動画が多いし、ビデオジャーナリストも増えてきた、アニメーションでさえ、ほとんど一人で恐ろしくクオリティの高い作品を作る新海誠氏のような人もいるのだから、あと数年でクオリティの高い同人アニメーションで動画投稿サイトがあふれかえるかも知れない。初音ミクみたいなネタがあれば、ユーザー作成コンテンツがどんどん出てくる。国会図書館とブログの関係を見ればわかると思いますが、テレビが「主」で、動画投稿サイトが「従」の関係は、5年もすれば一変しているでしょう。

既存メディアとインターネットの情報蓄積量・情報発信量の差は20倍......。

この事実を無視した議論に何の説得力もないのです。
//////////////////////////////////////////////////////////////

実は、、、私もTVよりも投稿動画を見る方が多くなってます、、、。

狒狒
貧しかった頃は、欲しい物があるのは大前提で“ 買えるか買えないか”が軸だった。
その後、豊かさが実現されると、大抵のものは買えるので“(自分にとって)必要か否か”が判断軸になる。
そして今、さらに判断軸が変化しつつある。それは“みんなにとって必要か否か”という軸。

今まで、なんでや露店で高額カンパをしてくれるのは経営者が多いのだが、それはお金に余裕があるからだと思っていた。

けど、違った!

会社を経営するために社会を対象化し続けた人達だからこそ、今の社会には答えを出していく存在が必要であること、そしてそんな活動をしているなんで屋を継続していってほしいからこそ☆+゚

『社会に必要な活動が市場社会で継続していくためにお金を使う』
これからのお金の使い方はこれだ!

嶺山志保
> 今や闘いはほぼ100%と言っていいほど情報戦で決する。
古代から国家間、企業間、どこを切っても私権闘争の本質は情報戦争であり、情報戦争の構造(手口)はニセ情報を流すことである。< 207221

日本人が欧米にいいように操縦されてしまうのは、情報戦争に対する警戒心がほとんどないからです。日本人の特性である「相手の期待に応えたい」という応望性って、相手を信じるところからスタートしているところがあって、これでは情報戦でコロッと騙されてしまいます。


☆どうすれば、日本人はこれからの情報戦で勝つことができるのでしょうか?

・一つは、日本人が得意な、精霊信仰→自然科学の延長線上で、社会や人間の意識を構造的に把握すること。そうして捉えた自然の摂理に照らし合わせば、情報の真偽を見分けられるようになります。

・もう一つは、マスコミに惑わされない共認形成の場を作ることです。

日本人は情報戦に弱いとは言え、ここまでガタガタになったのは80年以降です。村落共同体の解体に加え、企業の家族的経営スタイルまでもが失われたことで、マスコミが発信する情報を吟味するコミュニケーションの場が失われてしまいました。

しかし、欧米の露骨な情報操作に対して違和感を感じ始めた今こそ、「本当はどうなのかを知りたい」という欠乏に応えるための「場」を再生し、「認識」が創造されるチャンスです。

倭民
[24]  [25]  [26]  [27]  [28]  [29]  [30]  [31]  [32]  [33]  [34
ランキング
にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ
お勧めサイトランキングへ
カウンター
カレンダー
01 2026/02 03
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
カテゴリー
最新コメント
[04/03 神崎]
[11/18 埼玉新聞読者]
[11/18 所沢市の債務残高は1000億円]
[11/12 所沢市の債務残高は1000億円]
[11/12 所沢市の債務残高は1000億円]
バーコード
ブログ内検索
P R
Admin / Write
忍者ブログ [PR]