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こんばんは。

最近、以前まで同じグループでご一緒していたU君に影響されて、英語のサイトを眺めています。日に数十分ですが、眺めているうちに気づいたことがあります。


●観念に頼る欧米人
欧米の人は「観念で外界を捉えている」と感じています。これが一番大きいです。

例えば、米国のヤフーニュースは、日本のヤフーニュースとは違って、通信社ごとに記事を見ることができます。誰が、どんな事をいっているのか、きちんと整理されている印象。記事の最初には必ず、筆者の名前が書いてありますし、ニュースの記事自体も長く、詳しく書かれている印象です。

欧米の庶民的な感覚がどうだかわかりませんが、一般大衆が見ているであろうニュースの構成がそんな状態ですから、「少ない情報からは外界を判断できない」と考えている人たちが多いだろうと察します。
日本人は、下手をしたら、電車の中刷りのキーワードで「それが事実だ」と判断している可能性すらありますから、ずいぶん違うと思います。

「欧米人は疑い深い」といえばそれまでですが、観念に頼って論理的に、正確に判断しようとすることが身に付いている人たちなのでしょう。
マスコミにとって、どちらが共認支配しやすいか、と言えば、間違いなく日本人だろうと思います。

●日本人の共認形成
日本人は、欧米人ほど観念機能に頼っていません。
日本語が「多くを語らず、相手を察する」性質のものであることからも明らかなように、共認機能を頼りにしているのが私達日本人です。

ですから、マスコミが発信する印象的なコピーにさえ共認機能=察する能力を発揮して、共認レベルで信頼に足るものだと思えば、信じてしまうわけです。海外旅行で日本人が騙されやすいのは、そのためだと思います。

これを欠点としてとらえると、話はお終いです。しかし、可能性として捉えるとどうなるかを考えると、やはり、「対面の場」が有効なのではないか、と思えます。

共認機能を前提にするのであれば、相手の顔色を見て、相手の意を察することが一番有効です。熱意(真偽の判断)+話の意図(幹)だけ察することが出来れば、日本人の共認形成は成立したも同然です。

●観念の入口としての対面共認
新しい認識など観念的理解を要する内容について、私達は、熱意(真偽の判断)+話の意図(幹)で共認が成立してからでないと、なかなか本腰が入りません。「皆一緒が安心」である日本人にとって、共認を超えて観念に入っていくためには「相手と同じ観念を理解したい」と思うことが動機となると考えます。

当然、ネットなどの観念世界での共認形成は可能と思いますが、より広く、万人の共認形成と考えたときには、対面の場は不可欠と思えます。

いかがでしょうか。


HAYABUSA
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13中さんと一緒のグループで、サロンに参加しています♪
私は13中さんがいつも「ちょっと、それどういうこと!?それって、おかしい!!」という、感じた疑問をスパスパ言葉や表情で表現する様子に、気付きや勇気をもらっています☆


以前の私は「なんかちょっとわからないけど・・・でももう少し考えてみたら答えは出てくる?人に聞くことじゃない??」と、わからないこと・なんかモヤモヤすることもそのまま発信せずに抱え込むことがよくありました。
けれど、13中さんがそんな私の目の前で「ちょっと、それどういうこと!?」と身を乗り出すかのような勢いで(笑)みんなに発信する姿や、その13中さんの反応を「待ってました!」と言わんばかりにみんなが受けて、楽しくイキイキと考え応えている姿を見て。
「あぁ、こうして疑問を出していけばいいんだ」「ちょっとでもわからなかったら、みんなに委ねればいいんだ」と気持ちが楽になって、気になったことをどんどん発信できるようになりました。
そしてひとつの「なんで?」が解決されると、またそこから新たな「なんで??」が生まれ、どんどん気付きや理解が深まっていく。

誰かの「なんで?」はみんなの「なんで?」になり、答えが出ると「スゴイ!」とみんな笑顔でスッキリ~~☆

遠慮は無用で、「これでもかっ!」ってくらい出していけばいいんだなって思います♪
だってせっかくのみんなとの追求の場。参加者みんなでスッキリ・おもしろいになりたい☆
それに、みんなが必ず応えてくれる。それが嬉しい゚・:*:・。♪☆
「なんで?なんで~~!?」がみんなの活力を上げるし、場の活性化に繋がるんですね。



13中さん、いつも「なんで?なんで~~??」をありがとう♪
これからも一緒に「なんで?なんで~~??」と発信して、スッキリ&元気になっていきましょう☆


ふぇりちゃん
都心においても、地域コミュニティー活性化の芽が開き始めています。

渋谷という、日本でもトップレベルの人口・情報の集積する街において、その利点を最大限に活かし、街全体を大学にしてしまおう、というプロジェクトがあります。

その名も、「シブヤ大学」リンク

>「日本の教育ってどうなんだろう」という想い、
「シブヤって、ホント面白い人がたくさんいるなぁ」という想い。
ふたつの想いは、それぞれバラバラにあったけど、
このふたつをくっつけてみると・・。
地域密着型の新しい教育のカタチは、各地で少しづつ生まれているけれど、
これをやるならシブヤほど可能性を秘めた街はないんじゃない?
シブヤ大学の構想は、その気づきからスタートしました。


元々は生涯学習のネットワーク作りを起点として開始されたプロジェクトのようですが、既に沢山の要素・人の詰まった街の利点を最大限に活かす方向性によって、誰もが参加し、教え・教わる事の出来るネットワークとしてじわじわと成果が広がっているようです。

例えば、こんなコンセプト。

>教える人は生涯教える人、教わる人は生涯教わる人。
役割の決まりきった教育ではなく、
「教える」と「教わる」を自由に行き来できる教育。
考えてもみてください。教えるとなったら、
ものすごく勉強してしまうだろうし、
教えることで、はじめて教わることもきっと沢山あるはずです。


なるほど、教える事を専任にするよりも、それぞれの仕事を軸に「教える機会」や「教わる機会」を得る事によって、更なる追求を深めるきっかけ作りが可能になります。半専任による教育ネットワークの実現態、とも言えるでしょう。場合によっては、高校生が先生となり、「日本の歴史のここが解らない」という発信をする事だって可能。先生が疑問を発する。これも、一つの認識転換であり、追求のきっかけともなる。

地方における対面のコミュニティーが根深く残っている日本において、都市での地域性ってどうなんだろう?という疑問がありましたが、むしろ都市ならではの半専任ネットワークにより、知の共有が可能となれば、文字通り万人参加型の社会活動基盤に成り得るように思えます。

ネットは情報蓄積の媒体として歴史上最も優れた道具ですが、やはり使い方が「人それぞれ」である限りにおいて、それは統合軸足りえない。そんな中、対面共認の場が、半専任の市民講師・生徒達のネットワークによって繋がる事が出来れば、新しい社会統合機構の土台となるのではないか?

そんな予感すら感じさせてくれる試みです。


川井孝浩
>新しい“まつり”場=社会統合の場としてのインターネットについて、そもそも目が疲れる、同じ文字でもパソコン画面上の映像とプリントアウト(ペーパー)では頭への定着度に差がある(映像の場合は思考停止する)・・・などの欠点や、やはり対面での共認が不可欠では?・・・などの視点が提示された。208196

映像(テレビやパソコンの画面)とそれ以外では、視覚的認識の根本的相違があるのではないだろうか?


■■映像(テレビやパソコンの画面)

発光する対象を視覚で認識する。


■■それ以外(実物)

対象は光を受け、その反射光を視覚で認識する。


今日の映像のように「発光する対象」は、自然界には全くといっていいほど存在しない。
存在するのは、太陽や星や一部の発光生物くらいであり、その位置を対象化する程度で、注意深く凝視して外圧に適応するための情報を読み取る対象ではない。

ということは、「発光する対象」から詳細情報を読み取る行為は本能機能に反しているのではないだろうか?(だから目が疲れる)

だとすると、発信内容とは別に、テレビやパソコン(インターネット)の限界のひとつはそこにあるのではないだろうか?


大森義也

「若い女性が多く見ているサイトは?--ビデオリサーチ調査」リンク
には、ユーザーの中にF1層と呼ばれる20~34歳の女性が多く含まれているサイトのランキングが発表されている。

サイトのランキングをみると子育や教育系のテーマを扱っているサイトが特に目立っており、15サイト中7サイトが出産・子育て系のテーマを扱っている。


◆なぜ女性がコミュニティーサイトに集まるのか?
どのサイトを見ても共通するのは、扱っている内容やそこでのやりとりがかなり具体的で、実際の行動レベルまで詳細に書かれていることだ。

例えば、赤ちゃんの反応への対処方法、しつけの方法、料理のレシピなど、多くの女性が共通して抱える課題に対する答えをみんなで共有している。また、ネット発で対面の繋がりを作る流れもあり、新しい共認形成の形となる可能性を感じる。

さらに、参加者の感想からは、これらのサイトはサイト参加者には欠かせない存在になっており、大きな安心基盤になっているようだ。

これらのコミュニティーサイトの盛り上がりは、まさに素人による創造の可能性を示してくれている好例だと感じた。


◆出産・子育てサイトは盛り上がるけど、教育サイトになると盛り上がらないのはなんで?

しかし教育(小学生から)となるととたんに、コミュニティーの数も活性度も低くなる。これは制度の弊害とも言えると思うが、「先生まかせ」の意識が親の当事者意識を下げ、結果自発的なコミュニティーを作る運動には至っていないのが現状ではないかと思う。


◆これからのネットコミュニティーはどうなる?
これらのネットコミュニティは、'04年ごろから勢いを増してきて、今やっとその第一世代の子供が教育制度へ踏み込もうとしている。

このネット子育て第一世代は子育て課題を通じてネット発の充足体験が豊富にあるため、今後のネットコミュニティーの成長の鍵となるのではないか?

この世代を筆頭に教育さらには介護をテーマとしたネットコミュニティーが生まれ、新しい制度への以移行も始まるかもしれない。

これらをまとめると、ネット上では女性を中心とした母系集団の再生が始まっているのではないかと思う。
また、この女性中心のネットコミュニティに比べ、闘争系(政治・経済など)サイトは人が集まっていないのが現状だ。今後のネット界では、どうやって闘争系サイトを作っていくか?或いは、統合していくのか?そもそもそれは可能なのか?の検証をしていく必要も同時に感じた。


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