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「新しい潮流10」に書いてあることは、まさしく私のことだ!と思いました。

去年、予備校でRちゃんという友達と知り合いました。Rちゃんはるいネットのネットサロンに通っており、私の質問や疑問に何でも答えてくれ、また問題を一緒に真剣に考えてくれる唯一の友達でした。そんなRちゃんに私は魅力を感じていました。

大きなきっかけは、秋頃、Rちゃんと一緒に帰宅している途中に私がポツリと言った一言でした。

「リーマンショックって何なんやろう?」

経済なんて興味も持ったこともなかったし、勉強もしたことなかった私にRちゃんは駅の改札で約1時間半ほど、私の「?」に答えてくれました。
初めて聞く単語(企業の名前や、はたまたロックフェラーやロスチャイルドまで)をRちゃんは一から説明してくれました。
興味も関心もなかった事柄でしたが、Rちゃんの話を聞いてるうちに今まで感じたことの無い危機感を感じました。「このままではいけない!!」すごくぼんやりとしてますが、そう強く思いました。

それがきっかけとなり、もっと社会のことを勉強したい、理解したい、そしてその先を知りたい!と思って、私は春からネットサロンに通っています。
「自分で物事を捉えて、考える。」その姿勢を私に良い見本として身近で見せてくれたのもRちゃんだったのではないかと思います。

これからもネットサロンで、また違う場所でも、勉強を続けていきたいと思っています。


吉村聖子
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高校の時代にディベートの大会があることを初めて知りました。

正直なところ、個人的にも人の意見を打ち負かすということが苦手ということもあって積極的には出ようという意思はありませんでした。

今日の議論で、闘えない日本人どうするに対して、僕が感じていた打ち負かすような勝敗をつける議論はもともと日本人は苦手であるということが、一つ気づきでした。

しかし、もっと大きな気づきとしては、もともと日本人は自然に同化する能力は他の民族に比べものにならないぐらい優れた能力を持っており、その能力をこれからの将来発揮することが出来れば、日本人が闘う武器の一つになるというものでした。

確かに、日本人の技術力は他を引き離すものを持っており、今後の世界経済・政治の舞台でも如何に国が生産力・技術力を持っているかが一つの焦点になってくることは間違いないと思います。

しかし、いま日本人の特質が他の国々からいいようにうまく使われているのが実態(情報戦や外向での土俵での先導力が弱い)で、ここがうまく適応できる形に変化することができるか、もしくは日本の土俵に他の国々を巻き込んでいけるかが今後の将来を見据える上で重要なポイントになってくるのだと思います。

今後日本に必要なのは、他人・他国を打ち負かす議論手法をとることではなく、情報戦に惑わされない事実を追求する場で本質を見極め発信し、それをみんな(=世界)が共認できるような体制をしっかり築くことで、この体制がうまく運営できるようになったとき、日本は世界の先導役を担い、闘っていけるのだと思います。


ごーるでんつりー
>「みんな一緒」の日本人は、論理的に考えることが苦手で、お人好しですぐにダマされて、情報戦に挑もうにもろくすっぽ諜報機関も持っていないような民族です。それでも、事実の追求にかけては世界一の認識力を誇っています。(リンク)


 なぜ日本の工業製品の品質が高いかということについて、日本人とアメリカ人の特徴について対比的によく言われることですが、欠陥品が5%発生した場合、アメリカ人は5%欠陥があるなら105%生産すればいいじゃないかという考え方をするそうです。一方、日本人はどうすれば欠陥品5%をゼロに近づけて行けるかという視点に立ち、試行錯誤を繰り返してゆくのだそうです。

 欠陥品を限りなくゼロにするためには、欠陥が発生する原因をトコトン追求して行かなければなりません。その際、日本人の特徴である同化能力の高さが如何なく発揮されているからこそ、高い品質が維持されているのだと思います。

 そういった、同化能力の高さこそが、なんでや劇場で議論にあった「事実の追求にかけては世界一の認識力を誇っている」という由縁であると思います。しかし、一方で小泉フィーバーをはじめとする翼賛報道などの共認支配について、ほころびが出始めているとはいえ、まだまだ、事実がどうなっているのかという追求にいたってはいないと思います。


>闘うために必要なことは、金融危機であれ環境破壊であれ、その問題の構造=事実を追究し共認していくこと ⇒「国際金融家に支配されてきたから、こんな状態になってしまった。彼らに任せていたらとんでもないことになる。それじゃもうダメなんだ」という事実を正しく共認していくことです。(リンク)


 不安発の「みんな一緒」という国民性は、操りやすさを持っていますが、ひとたび問題の構造=国際金融家支配が明らかになれば、世論は一気に、金貸したちの企みに対して、「NO!!」を突きつけることになるのではないかと思います。


匿名希望
> 偉い身分である学者に成った時点で、彼は素人ではなくなり、真の創造者の資格を失って終う6590

“偉い身分である学者”は、とりわけ現代、学会という象牙の塔に入り、そこで飯を食う道を選択した人間を指す。そこでは、学会ヒエラルキーの中で力を持つ序列上位者に認められ、その世界で上に上がっていくことが第一義になり、その研究が社会にとって有益かどうかは二の次になる。

現に、自分の本当の関心領域(それが本当に有益かどうかは置いておいても)すら棄て、“より飯が食い易い”学問分野を選ぶ人は実際に多い。

それは、真の創造を生み出すに不可欠な(=創造者の資格である)“素人たちとの潜在思念の共有”をも捨て去ることを意味する。現代社会の問題は、そのようなプロが、学会という狭い序列世界の中で生み出した観念や政策が、素人が生きる現実の社会に適用されていくということ。

これが変わらない限り、大衆の意識や生活実感と、社会の制度やその基盤となる思想との間には大きな断絶が残り続けていく。

> 従って、大多数の人々が、仲間(の内の誰か)が作り出した言葉を共認し、それに導かれて結集し、闘うことに、何の問題も在りはしない。6590



田中素
┌─────┐
             | 社会不全 |
             └──┬──┘
                ∥
                ∨
            ┌───────┐
      ┌─────┤ 外向仲間収束 ├─────┐
      |【共認】 └───────┘ 【観念】|
      |『人収束』    『無自覚な認識収束』|
      └──∥─────────────∥──┘
         ∥             ∥
      ┌──∨─────────────∨──┐
      |『認識仲間』<===『答えに近い言葉』|
      └──∥─────────────∥──┘
         ∥             ∥
         ∥ ┌─────────┐ ∥
      ┌──∥─┤人と答えが一体の場├─∥──┐
      |  ∨ └─────────┘ ∨  |
      |認  識  形  成  サ  イ  ト|
      └───────────────────┘


認識収束⇒認識形成サイトへいたる人々の内に【共認】領域と【観念】領域、二つの位相があると捉えた。
社会不全に端を発して、共認領域では「人収束」、観念領域では「無自覚な認識収束」をする。それらが合わさって「外向仲間収束」と捉えられる。

重要なのは、共認と観念が一体となって新しい認識の必要性に向かっていくこと。両者が分断していた私権時代と決定的に異なる。
その結果として、人と答えは一体でなくてはならず、人が集い協働する為の「場」が必要になる。それが認識形成サイトである。

多田奨
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