×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
人類は猿と同じく同類闘争を惹き起こす生き物であり、共認統合しなければ存続し得ない。従って共認形成を果たすということは普遍的且つ極めて重要な命題なのだといえる。
しかし、その共認形成アプローチには民族性や集団規模による違いも決して小さくはない。
以下は欧米人と日本人の違いを端的に示した投稿だが、曰く
>「欧米人は疑い深い」といえばそれまでですが、観念に頼って論理的に、正確に判断しようとすることが身に付いている人たちなのでしょう。
~中略~
日本人は、欧米人ほど観念機能に頼っていません。
日本語が「多くを語らず、相手を察する」性質のものであることからも明らかなように、共認機能を頼りにしているのが私達日本人です。(208885)
とある。
つまり、傾向として観念により共認形成を図る欧米人、体感・対面により共認を図る日本人という差異があるということになろうか。但し、この観念共認と体感・対面共認は同位概念ではない。
欧米人が得意とする観念共認とは、本源性が乏しいためにレトリックを駆使し、観念上だけで納得させようとする表層的なアプローチに過ぎない。
対して、体感・対面共認とは互いに身体を動かしたり人と会うことで共認を図る。それは、本源性残存度が高いがために可能なのであり、本能、共認機能を貫く本質的なアプローチであるといえる。
しかし、悪貨は良貨を駆逐するが如く、私権闘争に明け暮れた過去5500年間に世界中の本源共認社会(=集団)の多くが崩壊の憂き目にあった。それは突き詰めれば、集団規模が拡大しぶつかり合う中で、体感・対面共認だけでは闘争を止揚し統合社会を形成することはできないという限界をも示している。
従って、本源性を今だ湛える日本はその限界性を超えて、本質的な共認統合を果たしていかねばならない。その為には少なくとも以下の2つは必要であろう。
①東南、南アジアや南米諸国など本源性残存度の高い国々との連携を強化 していく外交戦略の展開
②欧米諸国が行なってきた表層的なレトリックによる観念共認とは異な
る、事実に基づく観念を通じた本源共認の形成
特に②については、金貸しを始めとするレトリックの手練に騙されず、むしろ事実に拘り論理性・納得性によって民衆の蒙を啓いていくことが求められる。その為には言説・事象の真贋・背景を見抜く目を養なっていかねばならない。従って教育が非常に大事になる。
その際、基底を成すのはやはり体感・対面を含む共認経験の蓄積だが、それに加えて事実に迫り、且つ言葉化する表現力・発信力の向上が不可欠である。
そして、それは結果的に欧米を始めとする観念使いの住人たちに、真の観念(=思考)の使い方を知らしめることにもなるはずである。
松岡隆
しかし、その共認形成アプローチには民族性や集団規模による違いも決して小さくはない。
以下は欧米人と日本人の違いを端的に示した投稿だが、曰く
>「欧米人は疑い深い」といえばそれまでですが、観念に頼って論理的に、正確に判断しようとすることが身に付いている人たちなのでしょう。
~中略~
日本人は、欧米人ほど観念機能に頼っていません。
日本語が「多くを語らず、相手を察する」性質のものであることからも明らかなように、共認機能を頼りにしているのが私達日本人です。(208885)
とある。
つまり、傾向として観念により共認形成を図る欧米人、体感・対面により共認を図る日本人という差異があるということになろうか。但し、この観念共認と体感・対面共認は同位概念ではない。
欧米人が得意とする観念共認とは、本源性が乏しいためにレトリックを駆使し、観念上だけで納得させようとする表層的なアプローチに過ぎない。
対して、体感・対面共認とは互いに身体を動かしたり人と会うことで共認を図る。それは、本源性残存度が高いがために可能なのであり、本能、共認機能を貫く本質的なアプローチであるといえる。
しかし、悪貨は良貨を駆逐するが如く、私権闘争に明け暮れた過去5500年間に世界中の本源共認社会(=集団)の多くが崩壊の憂き目にあった。それは突き詰めれば、集団規模が拡大しぶつかり合う中で、体感・対面共認だけでは闘争を止揚し統合社会を形成することはできないという限界をも示している。
従って、本源性を今だ湛える日本はその限界性を超えて、本質的な共認統合を果たしていかねばならない。その為には少なくとも以下の2つは必要であろう。
①東南、南アジアや南米諸国など本源性残存度の高い国々との連携を強化 していく外交戦略の展開
②欧米諸国が行なってきた表層的なレトリックによる観念共認とは異な
る、事実に基づく観念を通じた本源共認の形成
特に②については、金貸しを始めとするレトリックの手練に騙されず、むしろ事実に拘り論理性・納得性によって民衆の蒙を啓いていくことが求められる。その為には言説・事象の真贋・背景を見抜く目を養なっていかねばならない。従って教育が非常に大事になる。
その際、基底を成すのはやはり体感・対面を含む共認経験の蓄積だが、それに加えて事実に迫り、且つ言葉化する表現力・発信力の向上が不可欠である。
そして、それは結果的に欧米を始めとする観念使いの住人たちに、真の観念(=思考)の使い方を知らしめることにもなるはずである。
松岡隆
PR
209372 「個々の積み上げが何かを実現する」というロジックは正しいのか?
>何かを実現する(成果をあげる)為には、必要なもの、やるべきこと、そしてそれらの優先順位が必要だ。ところが、「個々の積み上げ」となってしまった途端、その判断は個々(環境運動の場合だと個々人)に委ねられてしまう。これこそが、旧思想に導かれたパラダイム!ズレたままどんなに個々を積み上げても、何も実現しないのは当たり前なのだ。
重要な視点ですね。何かを実現してきた人たちは、常にそのような思考パラダイムの転換を成し遂げている人なのだと思いました。そこで、思い出したのが、以下で紹介する最近のITベンチャーの記事です。
思いを新たに、第二の起業を手がける人たちも、「個々の積み上げ」ではなく、より壮大に「新たなネット社会を実現する仕組みや体制」を考えています。つまり、より大きく全体を包括する視点⇒(資本主義を超える)新たなネット社会とは何か?と、常に「次代を読み、我々は何を実現すべきか?」という視点に貫かれているようで、ぜひとも成功して欲しいと想うとともに、こちらのやる気もアップします!
『ITproメール 号外 2009.06.23[日本のITベンチャーが再始動、新たなネット社会を創る』より、抜粋します。
▼「みんなの就活」を立ち上げた伊藤氏の言葉
>記者が1日に10社以上取材してそれらすべてを記事にするのは難しいが、みんなの就職活動日記のようなCGMなら、10人以上の人が10社以上の記事を書くことは難しいことではないということだ。
>当然、記事の内容にはバラつきがでる。それでも、従来の雑誌などの媒体を中心に記者が取材・執筆するスタイルではなく、たくさんの人がインターネット上に集まってコンテンツが生まれるという流れが面白いと感じていた。
>インターネットの世界では、個別の利益を追求するサービスの伸びには限界がある。インターネット全体のことを考えたサービスでなければならない。
>ユーザーから支持されないサービスは、ユーザーの需要をきちんと見極めるための努力や思いやりが足りないというところに本質的な原因があると考える。
>技術ではなく、マインドの問題だ。
⇒リンク
▼旅行SNSを育てた津田氏の言葉
>数千万人いるとされる寄付活動やボランティア活動に興味のある人を対象としたSNSだ。4good上で発言するなどの活動をすれば、仮想通貨ポイントである「good」が貯まっていく。ただ、goodは活動した本人ではなく、友人など他人にしか使えないのが特長だ。
>「インターネットを使って世の中をよくすること」こそが、私の最大の趣味であるということである。
>10年で約1000万人が使う公共サービスに育てば、それらは社会的なインフラになる。そのためには、寄付金に頼りがちなNPOよりも、確実に収益を上げられる株式会社の方が好ましいと考える。社会的なインフラをいかにネットに置き換えるかという観点では、ネットサービスの専門集団であることも欠かせない。
>私は本来、起業家なので金儲けは好きだ。しかし、それがインターネットの世界の話になると、思考を変えないといけないと思っている。インターネットの世界は経済がすべての思考で考えても成り立たない。インターネットの本質は知識や情報の世界だからだ。
>仮に僕が豪遊していたとして、今の若い人たちが、そんな僕にあこがれるかどうか疑問に思う。資本至上主義を謳歌する象徴のような人物は、軽蔑の対象にこそされても、憧れの存在になることはないのではないか。なぜなら、今の若い人たちは「9.11」のテロ事件やサブプライム問題など、資本主義の綻びともいえる出来事が起きた時代に多感な時期を過ごしているからだ。今ある資本主義の世界に対して「何かがおかしい」と感じている子たちは多い。
>先にも話したように、インターネットの世界は「経済がすべて」の思考では成り立たない。その世界で、継続性の高いサービスを、現実の経済世界ともきちんと連携できる形で実現させることが何よりも重要だ。そうした前例を作ることそのものが、後続たちの励みになれればいいと思う。
⇒リンク
福田尚正
>何かを実現する(成果をあげる)為には、必要なもの、やるべきこと、そしてそれらの優先順位が必要だ。ところが、「個々の積み上げ」となってしまった途端、その判断は個々(環境運動の場合だと個々人)に委ねられてしまう。これこそが、旧思想に導かれたパラダイム!ズレたままどんなに個々を積み上げても、何も実現しないのは当たり前なのだ。
重要な視点ですね。何かを実現してきた人たちは、常にそのような思考パラダイムの転換を成し遂げている人なのだと思いました。そこで、思い出したのが、以下で紹介する最近のITベンチャーの記事です。
思いを新たに、第二の起業を手がける人たちも、「個々の積み上げ」ではなく、より壮大に「新たなネット社会を実現する仕組みや体制」を考えています。つまり、より大きく全体を包括する視点⇒(資本主義を超える)新たなネット社会とは何か?と、常に「次代を読み、我々は何を実現すべきか?」という視点に貫かれているようで、ぜひとも成功して欲しいと想うとともに、こちらのやる気もアップします!
『ITproメール 号外 2009.06.23[日本のITベンチャーが再始動、新たなネット社会を創る』より、抜粋します。
▼「みんなの就活」を立ち上げた伊藤氏の言葉
>記者が1日に10社以上取材してそれらすべてを記事にするのは難しいが、みんなの就職活動日記のようなCGMなら、10人以上の人が10社以上の記事を書くことは難しいことではないということだ。
>当然、記事の内容にはバラつきがでる。それでも、従来の雑誌などの媒体を中心に記者が取材・執筆するスタイルではなく、たくさんの人がインターネット上に集まってコンテンツが生まれるという流れが面白いと感じていた。
>インターネットの世界では、個別の利益を追求するサービスの伸びには限界がある。インターネット全体のことを考えたサービスでなければならない。
>ユーザーから支持されないサービスは、ユーザーの需要をきちんと見極めるための努力や思いやりが足りないというところに本質的な原因があると考える。
>技術ではなく、マインドの問題だ。
⇒リンク
▼旅行SNSを育てた津田氏の言葉
>数千万人いるとされる寄付活動やボランティア活動に興味のある人を対象としたSNSだ。4good上で発言するなどの活動をすれば、仮想通貨ポイントである「good」が貯まっていく。ただ、goodは活動した本人ではなく、友人など他人にしか使えないのが特長だ。
>「インターネットを使って世の中をよくすること」こそが、私の最大の趣味であるということである。
>10年で約1000万人が使う公共サービスに育てば、それらは社会的なインフラになる。そのためには、寄付金に頼りがちなNPOよりも、確実に収益を上げられる株式会社の方が好ましいと考える。社会的なインフラをいかにネットに置き換えるかという観点では、ネットサービスの専門集団であることも欠かせない。
>私は本来、起業家なので金儲けは好きだ。しかし、それがインターネットの世界の話になると、思考を変えないといけないと思っている。インターネットの世界は経済がすべての思考で考えても成り立たない。インターネットの本質は知識や情報の世界だからだ。
>仮に僕が豪遊していたとして、今の若い人たちが、そんな僕にあこがれるかどうか疑問に思う。資本至上主義を謳歌する象徴のような人物は、軽蔑の対象にこそされても、憧れの存在になることはないのではないか。なぜなら、今の若い人たちは「9.11」のテロ事件やサブプライム問題など、資本主義の綻びともいえる出来事が起きた時代に多感な時期を過ごしているからだ。今ある資本主義の世界に対して「何かがおかしい」と感じている子たちは多い。
>先にも話したように、インターネットの世界は「経済がすべて」の思考では成り立たない。その世界で、継続性の高いサービスを、現実の経済世界ともきちんと連携できる形で実現させることが何よりも重要だ。そうした前例を作ることそのものが、後続たちの励みになれればいいと思う。
⇒リンク
福田尚正
私は浪人中の半年間、大阪のネットサロンに通っていました。るいネットには徹底した問題の構造や様々なデータが投稿されているのを知っていたので、大学の課題の調査でもるいネット活用をしていました。
でも実はGoogleやYahooで調べたい検索キーワードをいくつか入れて検索していっても、るいネットの投稿が必ずと言っていいほどヒットするということに最近気がつきました!
なので、なんで屋を知らない大学の授業のグループワーク メンバーも調査の時間は必ず誰かが るいネットを読んでいます。
大学生・・・カナリ るいネット活用してます!!
グループでインターネットを使って課題の調査をしていた時に、メンバーが一言。
「このページすごいよねー。いつも検索してたら出てくるよねー。るいネットってなんだろねー!?」
大学生・・・るいネットのこと 気になりだしてます。
「本当に知りたい事実はどのページよりもるいネットに載っているんだなー!すごいなー!」ってことを、今日東京のネットサロンで発言したら、ぜひそれを投稿してほしいと言って頂いたので、そのまま投稿させて頂きました★
以上、大学生の現状リポートでした!w
柴田理紗
でも実はGoogleやYahooで調べたい検索キーワードをいくつか入れて検索していっても、るいネットの投稿が必ずと言っていいほどヒットするということに最近気がつきました!
なので、なんで屋を知らない大学の授業のグループワーク メンバーも調査の時間は必ず誰かが るいネットを読んでいます。
大学生・・・カナリ るいネット活用してます!!
グループでインターネットを使って課題の調査をしていた時に、メンバーが一言。
「このページすごいよねー。いつも検索してたら出てくるよねー。るいネットってなんだろねー!?」
大学生・・・るいネットのこと 気になりだしてます。
「本当に知りたい事実はどのページよりもるいネットに載っているんだなー!すごいなー!」ってことを、今日東京のネットサロンで発言したら、ぜひそれを投稿してほしいと言って頂いたので、そのまま投稿させて頂きました★
以上、大学生の現状リポートでした!w
柴田理紗
■この間の露店でのなんで屋カードの反応
【状況】
露店を「仕事」「生産活動」と捉えて売上を考えた時、カードの売上は重要ですが、ここ1~2年のお題満足料の上昇率に比してカード売上は低迷しています。悩み発、癒し系の需要層は減少。カードに反応してきた人にカードを勧める際も、これまでどおりの対応ではカードは売れにくくなってきています。
一方、208034のような集団再生意識でカードを買う層が新たに出始めました。全般的な反応は下がっていますが、購入に繋がらなかった層も含めると、「いい女の条件」「いい男の条件」次いで「仕事が上手くいく条件」に対する反応は以前より高まっている印象です。
この間なんで屋カードに反応した人たちを見ると、以下のような層に分かれます。
Ⅰ:「いい女の条件」「いい男の条件」「仕事が上手くいく条件」に反応する層
①集団再生の為の発信内容として(職場の同僚、後輩等に)
②集団の中で自分がいい女・いい男・仕事が出来るようになりたいと思って
③一対一関係や自分発の視点でいい女・男・仕事の文字に目を留めて
Ⅱ:身近な人へのプレゼントとして反応する層
①選ぶカードは多種多様だが、その多くは仲間に日頃の感謝を込めて
②友人が飼っているペット
Ⅲ:自分の為の言葉(絵)として反応する層
①前向きに状況を捉えなおす言葉を探してex.「せまっちょろい枠~」「自分一人で生きてきた訳じゃない~」
②自分が飼っているペット
③悩み系(最近おしゃれで一見普通だが眼つきが悲しく暗い女性が増えた印象)
Ⅰ-①の人は、殆どパッと見てパッと買う人という印象ですが、相手によって中身は異なるものの、世間話からカードの言葉の中身までかなり話をして漸く購入に繋がるケースが増えてきました。
カードを買ってもらうだけでなく、とりわけⅠ-①、またⅠ-②、Ⅱ-①、Ⅲ-①の層は、観念的にお題を聞いてくる層よりも可能性を感じる人が多く協働者になる事を期待したい層だとも感じます。
【今後の方針】
前述のような欠乏に応え、カードの売上上昇、カードを入口とした協働者を増やす上では、なんで屋がカードを売っている意味、他のカードとの違いを考え、カードの位置づけを捉えなおし、反応してきた層に勧めるトークを練る必要があります。
○カードの捉えなおし
共認原理に転換し、集団・社会を共認原理で再統合する為の規範を求める意識が高まっている事がカード客の反応からも伺えます。私権時代を突き抜けて追求され、多くの人に共認された事実認識から生れたなんで屋カードの言葉は、共認原理で統合する為の充足規範、実践方針になっています。そこが、慰めや癒しによる現状維持に留まる既存のカードとの大きな違いです。また、そうした充足規範の共認から集団再生を阻む古い否定発の思考パラダイムから現実直視→実践思考のパラダイムへの転換を促す、気づきから実現イメージを想起させる言葉でもあります。この点は露店のお題やグランドセオリーとも通じるところです。
生存闘争圧力の消滅
↓
序列原理から共認原理への転換
∥ ∥
∨ ∨
集団・社会の 思考パラダイムの
再統合 転換
∥ ∥
∨ ∨
充足規範・実践方針 パラダイム転換を促す
新事実認識による気づき
∥ // ∥
∨ ∨ ∨
なんで屋カード お題・グランドセオリー
○露店でのトーク
現状前述のⅠ-①(集団再生の為の発信内容として反応)の層は、パッと選んで購入してくれる為、協働者期待を掛ける上では、どんな期待から誰に贈るのかといった話を入口に、話を深める必要があります。
Ⅰ-②(集団の中で自分がいい女・いい男・仕事が出来るようになりたいと思って
反応)、Ⅱ-①(仲間に日頃の感謝を伝えるプレゼント)、Ⅲ-①(前向きに状況を捉えなおす言葉を探して反応)の層も同様ですが、潜在的に可能性を感じて言葉に反応するものの、読んで解釈するうちに本源風価値観念として捉えている人も多く居ます。そうした人に中身を語る上では、あえて仕切り直しが必要です。
反応したカードを入口に、カンパをお願いするトークを挟み、お題として中身を語るのが相手と追求モードになる上で有効だと感じます。(そこに持っていく入口となるスムーズなトークを考えることも必要)
何れも中身を語る上では、カードの言葉の背後にある人類の原基構造とともに現実場面でどう役に立つかという事例を交え、カードの言葉が相手の欠乏に応えられる根拠を語る事が求められると実感しています。
今後カード説明の導入や、各カードの対象に応じたトークを考え、露店で発信しながら固めていきます。
柳瀬尚弘
「ウェブ進化論」(ちくま新書・2006年2月)で脚光を浴び、インターネットの可能性やGoogleの力をポジティブに語ることで、国内の「Web 2.0」ブームに火を付けた梅田望夫氏。
そんな彼が、最近ITメディアニュースの「日本のWebは『残念』 梅田望夫さんに聞く」(リンク)というインタビューで語った内容(ex.「サブカルチャー領域以外ではほとんど使わない、“上の人”が隠れて表に出てこない、という日本の現実に対して残念だという思いはあります」)をきっかけに、一部のブログでオルタナティブ(代替)・メディアのあり方を巡る真剣な議論が始まっている。
以下、「SeaMountの雑記と書庫」6/14付の記事「続々《日本のWebは「残念」》について…梅田氏の原点・日米の違い・二人の提言」(リンク)より、fujikumo氏の「はてなマガジン(仮)計画」に関する引用です。
/////////////////////////////////////////////////////////////////
fujikumo氏《はてなマガジン(仮)計画》という記事が、なかなか興味深い提案であるので、中身の骨子を引用したい。そして、私自身の評価や梅田氏の書いていたこととの比較などを述べてみたい。まず、次のように述べられる。
>伝統的な紙メディアが担ってきた、世論形成の先触れとなる役割、世論形成をリードする機能の一部をwebメディアももつべきだと思う。<
そして、「マガジン」の立ち上げを提案する。
>ユーザの中で、自分と同じ考えをもった人たちがグループを作る。左派の人たちは、左派の人で集まって、マガジンを立ち上げればいいし、経済系のブロガーがグループを組んで、経済問題に特化した雑誌を作ってもいい。<
(中略)
これを作ろうという、最大の動機は次のものであるという。
>webの世論が社会全体に及ぼす影響力というのは非常に弱い。皆無ではないにせよ、すごく弱い。それはなぜかと言えば、影響力のあるブロガーのほとんどが一匹狼で、web全体の世論のあり方、というのが見えづらかったせいだと思う。
なんだかんだいって、コミュニティを作り、これだけの人が集まって議論した結果、出た結論がこれです、というふうにwebの世論を集約した形で社会に示せたら、それなりに影響力は強まるのではないか。<
私も、世間一般の世論と、ネット上の世論(のようななもの?)が乖離していることを常々感じていた。一般のの世論の形成は、大手マスコミにかなり誘導されているという気がして、もう少し、ネットで語られているようなことが一般の方にも届かないものかということを思っていた。
ウェブを利用している方は、多いのだろうが、あるテーマについて、広くいろいろと検索して読み比べてみるというようなことは、時間もかかるし、なかなか手軽にはできない。そんなとき、取りあえず拾い読みができるような「マガジン」がいくつかあれば、とてもいいとも思う。それぞれの「マガジン」の“吊り広告”を並べたサイトもあるといいであろう。
(中略)
梅田氏の『ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)』(中略)の『「文系のオープンソースの道具」が欲しい』の所(p.164)を少し読み返してみると、次のようなことが書かれている。
>コミュニティの成果物が「構造化された知(文章や音声や解説映像など)」(作品)であるときに使える「文系のオープンソースの道具」期待したい。
そのコミュニティ上には、志向性を同じくする人が集まり、リーダーが書くだけでなく、常連の人たちもそのテーマについてたくさんの知的貢献をし、結果として多くの叡智がたまり、それが最終的には学習のための教材に発展していく。
ブログ、SNS、ウィキのような共同文書作成ツール、チャットサービスがうまく融合したコミュニティ・ツールになるのかもしれないが、それを駆使して積極的な「学習」「教育」「研究」「社会貢献」の感覚を共有した創造的なバーチャル・コミュニティが、リーダーを中心として生まれる。
若者たちがSNSを利用して、何か問題に直面すればネット上での「つながった脳」(他者の脳)にその解決策を尋ねるように、この「志向性の共同体」もそんな協力を常に行える。人ひとりのうしろに志向性を同じくする「群衆の叡智」が控えているような感覚で、個がエンパワーされる。<
こちらは、どちらかというと「学習」「教育」に重点が置かれているのだが、根底の考え方には、共通するものがあるのではないだろうか。
(中略)
fujikumo氏は、「まあこれは自分の妄想だけど」という。私には、実現性の評価はしづらいが、もし実現したら、すごくいいと思える提案だという気がする。ただ、提案の趣旨には大いに賛成するのだが、その具体的中身の妥当性については、改善の余地があるのかもしれない。
////////////////////////////////////////////////////////////////
この議論には、まさにるいネットが築いてきた社会統合への流れと通じるものがある。
(②につづく)
朱雀
そんな彼が、最近ITメディアニュースの「日本のWebは『残念』 梅田望夫さんに聞く」(リンク)というインタビューで語った内容(ex.「サブカルチャー領域以外ではほとんど使わない、“上の人”が隠れて表に出てこない、という日本の現実に対して残念だという思いはあります」)をきっかけに、一部のブログでオルタナティブ(代替)・メディアのあり方を巡る真剣な議論が始まっている。
以下、「SeaMountの雑記と書庫」6/14付の記事「続々《日本のWebは「残念」》について…梅田氏の原点・日米の違い・二人の提言」(リンク)より、fujikumo氏の「はてなマガジン(仮)計画」に関する引用です。
/////////////////////////////////////////////////////////////////
fujikumo氏《はてなマガジン(仮)計画》という記事が、なかなか興味深い提案であるので、中身の骨子を引用したい。そして、私自身の評価や梅田氏の書いていたこととの比較などを述べてみたい。まず、次のように述べられる。
>伝統的な紙メディアが担ってきた、世論形成の先触れとなる役割、世論形成をリードする機能の一部をwebメディアももつべきだと思う。<
そして、「マガジン」の立ち上げを提案する。
>ユーザの中で、自分と同じ考えをもった人たちがグループを作る。左派の人たちは、左派の人で集まって、マガジンを立ち上げればいいし、経済系のブロガーがグループを組んで、経済問題に特化した雑誌を作ってもいい。<
(中略)
これを作ろうという、最大の動機は次のものであるという。
>webの世論が社会全体に及ぼす影響力というのは非常に弱い。皆無ではないにせよ、すごく弱い。それはなぜかと言えば、影響力のあるブロガーのほとんどが一匹狼で、web全体の世論のあり方、というのが見えづらかったせいだと思う。
なんだかんだいって、コミュニティを作り、これだけの人が集まって議論した結果、出た結論がこれです、というふうにwebの世論を集約した形で社会に示せたら、それなりに影響力は強まるのではないか。<
私も、世間一般の世論と、ネット上の世論(のようななもの?)が乖離していることを常々感じていた。一般のの世論の形成は、大手マスコミにかなり誘導されているという気がして、もう少し、ネットで語られているようなことが一般の方にも届かないものかということを思っていた。
ウェブを利用している方は、多いのだろうが、あるテーマについて、広くいろいろと検索して読み比べてみるというようなことは、時間もかかるし、なかなか手軽にはできない。そんなとき、取りあえず拾い読みができるような「マガジン」がいくつかあれば、とてもいいとも思う。それぞれの「マガジン」の“吊り広告”を並べたサイトもあるといいであろう。
(中略)
梅田氏の『ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)』(中略)の『「文系のオープンソースの道具」が欲しい』の所(p.164)を少し読み返してみると、次のようなことが書かれている。
>コミュニティの成果物が「構造化された知(文章や音声や解説映像など)」(作品)であるときに使える「文系のオープンソースの道具」期待したい。
そのコミュニティ上には、志向性を同じくする人が集まり、リーダーが書くだけでなく、常連の人たちもそのテーマについてたくさんの知的貢献をし、結果として多くの叡智がたまり、それが最終的には学習のための教材に発展していく。
ブログ、SNS、ウィキのような共同文書作成ツール、チャットサービスがうまく融合したコミュニティ・ツールになるのかもしれないが、それを駆使して積極的な「学習」「教育」「研究」「社会貢献」の感覚を共有した創造的なバーチャル・コミュニティが、リーダーを中心として生まれる。
若者たちがSNSを利用して、何か問題に直面すればネット上での「つながった脳」(他者の脳)にその解決策を尋ねるように、この「志向性の共同体」もそんな協力を常に行える。人ひとりのうしろに志向性を同じくする「群衆の叡智」が控えているような感覚で、個がエンパワーされる。<
こちらは、どちらかというと「学習」「教育」に重点が置かれているのだが、根底の考え方には、共通するものがあるのではないだろうか。
(中略)
fujikumo氏は、「まあこれは自分の妄想だけど」という。私には、実現性の評価はしづらいが、もし実現したら、すごくいいと思える提案だという気がする。ただ、提案の趣旨には大いに賛成するのだが、その具体的中身の妥当性については、改善の余地があるのかもしれない。
////////////////////////////////////////////////////////////////
この議論には、まさにるいネットが築いてきた社会統合への流れと通じるものがある。
(②につづく)
朱雀
カウンター
カレンダー
最新記事
(01/24)
(01/24)
(12/11)
(12/10)
(12/08)
最新コメント
[04/03 神崎]
[11/18 埼玉新聞読者]
[11/18 所沢市の債務残高は1000億円]
[11/12 所沢市の債務残高は1000億円]
[11/12 所沢市の債務残高は1000億円]
ブログ内検索
最古記事
(09/02)
(09/11)
(09/12)
(09/13)
(09/14)
P R