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┌─――─―――――─―┐
        |   外圧適応態   |
        └―――――――――――┘
         ∥         ∥
         V   抜け道   V
【適応原理】 闘争適応 ‐‐‐‐> 共生適応    
         ∥         ∥
         V         V
       集団適応      取引・交換
         ∥         ∥
         V         V
【統合原理】 能力序列       お金
         ∥         ∥
         V         V
      ┌─――─┐ 原理的に┌─――─┐
【統合様式】| 国家 | 異なる | 市場 |
      └――――┘ 存在  └――――┘ 



国家と市場は異なる適応原理に基づく根本的に異なった存在である。
これは、国家と市場の関係を論じる上で決定的に重要な認識である。


新川啓一
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政治と戦略は全く別物であるという認識は、外交戦略を考える上ではもちろんのこと、企業経営上、ひいては共認革命を実現していく上でも非常に有効な認識だと感じました。

「軍事戦略への無知を自白した田母神俊雄論文・発表の迷惑・害悪」リンク オルタナティブ通信より転載します。

以下転載。
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クラウゼヴィッツの古典的名著「戦争論」に次ぐ、軍事戦略論の名著リデル・ハートの「戦略論」である。日本の防衛大学校では、こうした軍事戦略論について教授し、議論する事への躊躇が未だに存在する。そのためもあってか、マスコミでも話題をサラッタ、「日本の中国侵略における侵略性の全否定」論である防衛省・元航空幕僚長の田母神俊雄論文には、その歴史事実認識の「我田引水、妄想的自己合理化」に加え、その「発表の仕方の戦略性の無さ」に顕著な「特技」が存在し、そこには日本軍部の戦略思想の無さ、無知が恥ずかし気もなく露呈されていた。

ハートは、まず、クラウゼヴィッツの「戦争は、他の手段を以ってする、政治である」の名言を、切って棄てる。軍事戦略と政治は、全く別物であり、両者を通底させては「ならず」、軍人は政治に口を出すべきではない、政治家は緻密な軍事戦略・作戦の策定を主導してはならない、と明確に2分する。中国・北朝鮮が、いかに政治的に不当で暴虐であり、間違った行動を取っている場合であっても、どのような戦略を以って敵と対峙するか、政治と戦略は、全く、別問題である。政治的に相手が、いかに不当で悪であっても、軍事戦略の判断基準は「相手に勝てるか、否か」が全てである。勝ち目がない場合には、相手国が、いかに政治的に間違い不当であっても、軍事戦略的には「決して軍事力を行使すべきではない」。

そうした場合には、「軍事力以外の、他の戦略を採用すべき」である。

戦略とは「勝てるか、否か」の冷徹な計算合理性であり、政治的に相手国が不当か否かとは、一切関係が無い。

政治と戦略は別物である。政治的に間違っている相手国と戦端を開き、敗北し、国が滅びたケースは、歴史上、幾らでも存在する。正義が常に勝つという妄想は、映画と漫画の中の住人だけが持つ「一種の重症疾患」である。その程度の、冷静・冷徹な歴史・現実認識能力が無い者には、国家存亡の問題に口を出す資格は、一切、無い。

「軍事戦略と政治は、全く別物であり、軍人は政治に口を出すべきではない、政治家は緻密な軍事戦略・作戦の策定を主導してはならない」。こうした軍事戦略論の基本的な2分についてさえ、田母神は無知である。それは田母神の、軍人としての「無能」を明らかに証明している。

 さらに、ハートは、クラウゼヴィッツの名言「勝利の代償は血である」を、切って棄てる。血を流してでも勝利せよ、これは間違っていると、軍事戦略の大家ハートは、明言する。

「軍事力を行使せず、戦わずして勝利する」事が、最大の勝利だと、ハートは明言する。

軍事力を行使せず、外交力・経済力等々の行使で勝利する、これは現代的に表現すればソフトパワー論となる。戦端を開かず勝利すれば、自国の損害はゼロであり、損害無しで勝利する事が、費用対効果では、最大級の勝利となる。ここには、軍事戦略家の「冷徹な、合理計算だけが存在する」。戦端を開かない事が「臆病である」等とする、「映画・漫画の中だけの英雄主義」とは無関係である。

ハートは、言う。「相手が油断していない状況下で、また相手が反撃が可能であり、こちらの攻撃を回避出来る間は、相手を刺激し、攻撃を加えてはならない。」相手の反撃を抑止し、反撃能力を奪う手段を事前に講じ、その後に、攻撃せよ。これは軍事戦略の鉄則である(敵の反撃抑止策を講じず、無闇に攻撃を加えれば自国軍に犠牲者が多発し、自国民に死者が多発する。国民に死者の多発する戦略を採用する無能な、自国防衛の軍隊の存在が許される「はずがない」)。田母神は、そのような敵国の反撃手段の抑止手段を講じた上で、論文を公表したのか?一切、そのような抑止戦略を、田母神は講じていない。日本軍部の、軍人としての戦略的無能を世界に暴露した田母神の罪は、「軍事的に大きい」。この男は、軍人として、無知・無能である。

ハートは、言う。「1度失敗した線で、再度、攻撃を行うな。」日本は北朝鮮問題で、米国を仲介に立て、常に失敗している。

 なお、クラウゼヴィッツの書物は、本人の死後、その夫人と後継者によって編纂され出版されている。クラウゼヴィッツであれば削除したであろう部分、本人の本意で無い部分も、含まれた形で公表されている事実を、戦略家クラウゼヴィッツの名誉のために付言しておく。

漫画家出身の、「過激派気取りの、自称・愛国者」小林よしのりレベルの、マヤカシ民族主義者・右翼達による「映画・漫画の中だけの英雄主義」から早期に脱出し、クラウゼヴィッツへ、そしてハートへ、「日本存亡の戦略議論」へと歩を進める必要がある。
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スズムシ
みんなの統合理論を構築し、みんなで改良・進化してこれたのは、この三つが揃っていたから!!
 ●常に「現実の問題をどうする?」が出発点
 ●徹底した原因分析
 ●みんなが当事者として追求

 
  ┌───┐ ┏━━━━━━━━━━┓
  |共同体|→┃4~5人のグループ会議┃──────────┐
  └───┘ ┃ 100人余りの劇場会議┃          |
        ┗━━━━━━━━━━┛          |
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          ∥      ∨       みんなの統合理論
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┃現実の問題┃⇒┃徹底した┃⇒┃人類の ┃⇒┃構造化┃⇒┃協働で┃
┃(経営問題)┃ ┃原因分析┃ ┃原基構造┃ ┃ ∥ ┃ ┃ 改良┃
┃(時事問題)┃ ┗━━━━┛ ┃を解明 ┃ ┃実現論┃ ┃ 進化┃
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  ∧                           ∥
  ∥                           ∥
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いいじゃん☆
>人々の最先端の認識欠乏に応える『認識形成の場』(それは社会的な共認闘争の主体となる)は、古い私権闘争の場=市場(と国家)の真っ只中に姿を現す。おそらく初めは、そんな物(=認識形成サイト)が商品にもなるとは、誰も思わないだろう。だが、我々の現実認識(構造認識や状況認識)が正しければ、人々の認識欠乏が顕在化するのは時間の問題である。それは、はじめの答え(に近い認識)と認識形成の場さえ与えられれば、一気に顕在化する。(35729)


この論理を最も生々しく体感できる場が、『なんで屋』である。
特に、お題に対する満足料の急上昇、巷の書籍と変わらない価格に設定しているグランドセオリーの成功など、最近の”認識欠乏の顕在化”振りには、目を見張るものがある。市場に並ぶ他の商品やサービス以上に、その価値を認める(だから金を払う)層が、急増している。

当初は、小数(しかし実現の意志に目覚めた者達)の手によって始まったこの活動が、現実の役に立つ認識を様々な形で発信することでその効用を人々の記憶に粘らせ(記憶に残り続けるからリピーターとなる)、金融不況という社会的な背景の力がさらに流れを後押しする。

この活動が”ティッピングポイント”を迎えつつあることを実感する。


☆ティッピングポイント(リンク)
>「あるアイディアや流行もしくは社会的行動が、敷居を越えて一気に流れ出し、野火のように広がる劇的瞬間」


根木貴大
最近、知らぬ同士の人達が、あるテーマについて語り合う「哲学カフェ」が増えているという。例えば、京阪電鉄なにわ橋駅のイベントスペース「アートエリアB1」では月に2回ほど「中之島哲学コレージュ」という哲学カフェが開かれている。平日の夕刻、15人程の参加者が集まる。開催日程や内容はアートエリアB1のホームページに掲載される。哲学カフェはこれ以外にも多数あり、関西ではほぼ毎週、どこかで開催されているそうである。

>いつも当たり前と見過ごしている事をコーヒー片手に議論する。そんな「哲学カフェ」が関西を中心に広がりを見せている。「お金とは何なのか」「市民とは誰か」と言ったチラシやネット上で掲示されるテーマを見て集まる人達は性別も年齢もバラバラで殆どお互いに知らぬ同士。普段の所属に関係なく一個人として意見をぶつけ合うちょっと不思議な空間に人は何を求めて集まるのか。⇒産経新聞夕刊(6/23)に掲載<

吉原徹
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