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中学、高校生と接していると、日本のネット利用率が低いという実感はできませんが、ネット警戒率の高さならばあると思います。
そもそも高年齢の方々でネットの入口に立った人は少なかったようですが、仕事の現場でいやおうなくパソコンとメールが必要になった中年世代から下は、80年代コピーをとる仕事のことをコピーオペレーターと呼んでいたのが遠い過去のような普及率です。90年代になってもワープロを操作できる人、のような募集がありましたし、だれでもPCで携帯でブログができる時代になってからは、え?出来ないの?してないの?という感じです。
だだ確かに仕事以外でネットを使うことの、=娯楽性、に関して子どもへの悪影響を警戒する中年世代が多いのでしょうね。私はネットの娯楽性は旧市場との闘い、旧支配階級との闘いだと考えています。しかもその闘いは決して孤独な闘いではなく、むしろ物事を一方向からみたら洗練されるほど同じになってしまうという自己矛盾を抱えたマスコミの行き詰まりを多くの人が実感しているところではないでしょうか。
つまり警戒心の源であるマスコミの都合の良い偏向報道や、注目を浴びたいばかりにする過剰な演出や、分かりやすくする為に文字から切り替えた視覚偏重の映像などは実際にはワンパターンになっており、テレビも新聞も政治も誰がやっても同じという飽和感が優勢です。商品の短命化→市場の短命化≒投資に見合う投資先がないという感じです。
もしそのような飽和感が工業の飽和感とほぼ同じ意味だとすれば、ネットにおける娯楽性を追及した『旧住人』の発信全体に飽和感があることになり、警戒心が瓦解するのも時間の問題であり、その意味で警戒心についての闘争は孤独ではないのです。
逆に言えばネットでさえ、必要な発信がなければアクセスする理由がなくなり業務上必要な人だけのものになるのでしょう。
しかし日本のようなほとんどの人が高校に行き、第一次産業の三次化を含めてあらゆる仕事が第三次産業化し、歴史にある程度誇りを持てている民族においては、守るべき対象は内側にも外側にも外国よりもはるかに多く、比例してネットで相談する利用の質はこれから先、今までよりも遥かに増加すると予想します。
全てが三次化するという物凄い(意識)産業革命が現在進行中なのだと想います。
佐藤英幸
そもそも高年齢の方々でネットの入口に立った人は少なかったようですが、仕事の現場でいやおうなくパソコンとメールが必要になった中年世代から下は、80年代コピーをとる仕事のことをコピーオペレーターと呼んでいたのが遠い過去のような普及率です。90年代になってもワープロを操作できる人、のような募集がありましたし、だれでもPCで携帯でブログができる時代になってからは、え?出来ないの?してないの?という感じです。
だだ確かに仕事以外でネットを使うことの、=娯楽性、に関して子どもへの悪影響を警戒する中年世代が多いのでしょうね。私はネットの娯楽性は旧市場との闘い、旧支配階級との闘いだと考えています。しかもその闘いは決して孤独な闘いではなく、むしろ物事を一方向からみたら洗練されるほど同じになってしまうという自己矛盾を抱えたマスコミの行き詰まりを多くの人が実感しているところではないでしょうか。
つまり警戒心の源であるマスコミの都合の良い偏向報道や、注目を浴びたいばかりにする過剰な演出や、分かりやすくする為に文字から切り替えた視覚偏重の映像などは実際にはワンパターンになっており、テレビも新聞も政治も誰がやっても同じという飽和感が優勢です。商品の短命化→市場の短命化≒投資に見合う投資先がないという感じです。
もしそのような飽和感が工業の飽和感とほぼ同じ意味だとすれば、ネットにおける娯楽性を追及した『旧住人』の発信全体に飽和感があることになり、警戒心が瓦解するのも時間の問題であり、その意味で警戒心についての闘争は孤独ではないのです。
逆に言えばネットでさえ、必要な発信がなければアクセスする理由がなくなり業務上必要な人だけのものになるのでしょう。
しかし日本のようなほとんどの人が高校に行き、第一次産業の三次化を含めてあらゆる仕事が第三次産業化し、歴史にある程度誇りを持てている民族においては、守るべき対象は内側にも外側にも外国よりもはるかに多く、比例してネットで相談する利用の質はこれから先、今までよりも遥かに増加すると予想します。
全てが三次化するという物凄い(意識)産業革命が現在進行中なのだと想います。
佐藤英幸
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┌――――人類の最先端機能=『評価共認』の不変構造――――――┐
| <集団> <社会> |
| 集団内 互いに顔が見えない社会空間 |
| ∥ ∥ |
| ∨ ∨ |
| 体感共認 体感共認に代わる観念共認が不可欠 |
| ∥ ∥ |
| ∨ ∨ |
| 体感評価(規範) 評価指標(身分やお金という観念) |
| ∥ ∥ |
| ∨ ∨ |
| 『評価共認』・『評価指標の共認』 |
| ↓ |
| 人々を収束⇒集団・社会を統合⇒秩序と体制を形成 |
└――――――――――――――――――――――――――――――┘
∥
『評価指標の共認』という収束=統合機能の絶対的な必要性は不変!
↓
┌―――新しい可能性(場)が顕在化するための必要条件とは?―――┐
| |
|古い評価指標の洗礼を受けること |
|| |
||(根拠) ┌――実現基盤――――┐|
|| ①新しい評価指標が確立するまでは | ||
|| 現存する評価指標に基づく評価を | 新しい現実△ ||
|| 獲得していくしかない。 | 古い現実 ▼ ||
|| | ↓ ||
|| ②新しい秩序ができていないのに、 |勝ち抜くことで ||
|| 現存秩序を壊す訳にはいかない。 |古い場を新しい場の ||
|| |下に再統合していく ||
|| ③現存する同類闘争の場=市場で |ことが可能になる ||
|| 現存の評価指標に則って勝ち抜いて| ||
|| いくことで最先端機能であることを└――――――――――┘|
|| 証明できる。 | |
|↓ | |
|新しい可能性(場)が顕在化する ←―――――――┘ |
| ∥ |
└―――――――――――――――――――――――――――――――┘
∥ ∥
∨ ∥
新しい社会統合機構 ∥
∥
『認識形成の場』が有償化されなければならない、窮極の根拠!
加来野浩史
| <集団> <社会> |
| 集団内 互いに顔が見えない社会空間 |
| ∥ ∥ |
| ∨ ∨ |
| 体感共認 体感共認に代わる観念共認が不可欠 |
| ∥ ∥ |
| ∨ ∨ |
| 体感評価(規範) 評価指標(身分やお金という観念) |
| ∥ ∥ |
| ∨ ∨ |
| 『評価共認』・『評価指標の共認』 |
| ↓ |
| 人々を収束⇒集団・社会を統合⇒秩序と体制を形成 |
└――――――――――――――――――――――――――――――┘
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『評価指標の共認』という収束=統合機能の絶対的な必要性は不変!
↓
┌―――新しい可能性(場)が顕在化するための必要条件とは?―――┐
| |
|古い評価指標の洗礼を受けること |
|| |
||(根拠) ┌――実現基盤――――┐|
|| ①新しい評価指標が確立するまでは | ||
|| 現存する評価指標に基づく評価を | 新しい現実△ ||
|| 獲得していくしかない。 | 古い現実 ▼ ||
|| | ↓ ||
|| ②新しい秩序ができていないのに、 |勝ち抜くことで ||
|| 現存秩序を壊す訳にはいかない。 |古い場を新しい場の ||
|| |下に再統合していく ||
|| ③現存する同類闘争の場=市場で |ことが可能になる ||
|| 現存の評価指標に則って勝ち抜いて| ||
|| いくことで最先端機能であることを└――――――――――┘|
|| 証明できる。 | |
|↓ | |
|新しい可能性(場)が顕在化する ←―――――――┘ |
| ∥ |
└―――――――――――――――――――――――――――――――┘
∥ ∥
∨ ∥
新しい社会統合機構 ∥
∥
『認識形成の場』が有償化されなければならない、窮極の根拠!
加来野浩史
>●「皆と違うことを投稿しなければ」とか、「何か反論(or質問)してやろう」とか考えてはならない。そう思った途端に、発信の主体が「違うことを云いたい自我」や「反論したい自我」にスリ変わって終い、「ひけらかし」投稿や「反論の為の反論」投稿や「質問の為の質問」投稿ができあがる。
これらは投稿それ自体にも言えることではないだろうか?
「何か投稿しよう」とすると、投稿することそれ自体が目的化されてしまい、その内容も「投稿しやすい内容」であったり「評価されやすい内容」になってしまいがち。
しかし投稿とはあくまでも何かを実現するための「手段」なのではないだろうか。
例えば、
・自分が得た知識をみんなの役に立てて欲しい(現象事実の発掘)
・今回得た気づきはみんなのためにも使える(気づき投稿)
・この人の投稿の内容をもっと知りたい!(質問投稿)
こうした目的意識があるからこそその投稿の軸がぶれることなく何を伝えたいのかわかりやすい=共認されやすい。
投稿をする時は「その投稿によって何を実現したいのか」、まずこれを考えてみると良いだろう。
千葉敏昭
これらは投稿それ自体にも言えることではないだろうか?
「何か投稿しよう」とすると、投稿することそれ自体が目的化されてしまい、その内容も「投稿しやすい内容」であったり「評価されやすい内容」になってしまいがち。
しかし投稿とはあくまでも何かを実現するための「手段」なのではないだろうか。
例えば、
・自分が得た知識をみんなの役に立てて欲しい(現象事実の発掘)
・今回得た気づきはみんなのためにも使える(気づき投稿)
・この人の投稿の内容をもっと知りたい!(質問投稿)
こうした目的意識があるからこそその投稿の軸がぶれることなく何を伝えたいのかわかりやすい=共認されやすい。
投稿をする時は「その投稿によって何を実現したいのか」、まずこれを考えてみると良いだろう。
千葉敏昭
軍事、諜報、経済、天皇など多岐にわたって詳細なウラ情報を暴くオルタナティブ通信。この筆者は何者なのか?
ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報リンク
<以下引用>
---------------------------------------------
オルタナティブ通信の西山さんは以下のように自分のプロフィールとしてのせていた。
(貼り付け開始)
一言:西山澄夫:生年不詳。幼少時より両親の凄まじい暴行を受け、左目視力、右耳聴力を失う。9歳の時、「このままでは両親に殺される」と判断、家を出、しばらくホームレスとしてゴミ箱をあさる生活をする。右翼に拾われ右翼事務所に住み込み、徹底的な反共産主義の教育を受ける一方、密かにマルクス文献を読みあさり左翼団体に出入りを始める。奨学金を得て大学に進学、戦中戦後の日本を代表する大物右翼R・Sの組織で資料・書庫整理を担当。日本の歴史の裏面史の生の膨大な資料に目を通す。在学中、家庭内暴力の被害、登校拒否児童の施設を作り、相談、勉強を教えたり等を担当。施設運営に関し市民運動からの強い協力を得つつ、右翼組織で見た生の日本と世界の現状と市民運動の現状認識の溝に愕然とし、「このままでは市民運動が敗北、潰されてしまう」という危機感を抱く。「情報屋になり市民運動をバックアップしなければ」と考えるようになる。その後、大学院に進学しながら、自民党の金権政治の代名詞である元首相の経営するゼネコンの資料整理の職に就き、政治・経済の裏面史の生の膨大な資料に目を通す。卒業後、軍の情報関連の仕事に就き、一昨年退官。その頃から「オルタ通信」を配信開始
(貼り付け終わり)
アルルです。
この経歴自体も微妙に「ずらしている」可能性もある。しかし、政治的に極端から極端を渡り歩いた人であろうと思う。私は真ん中から右と左を行ったり来たりしているだけなので根本的に政治的な鋭さが違うのだろう。
オルタナ通信の情報は時に、わざと古い情報や別の固有名詞に取り替えた情報を入れて発信されることもある。だが、時々鋭い指摘を行う。今回示した例はその一例だ。情報の発信者は相手がどのソースから影響を受けているかを示すために、わざと宝石の中にニセダイヤを紛れ込ませるものらしい。
わざと「ずらす」ことで、自分の安全を守っているという意識があるのかもしれない。その自己防衛本能を私は評価している。
---------------------------------------------
Nirvana
ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報リンク
<以下引用>
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オルタナティブ通信の西山さんは以下のように自分のプロフィールとしてのせていた。
(貼り付け開始)
一言:西山澄夫:生年不詳。幼少時より両親の凄まじい暴行を受け、左目視力、右耳聴力を失う。9歳の時、「このままでは両親に殺される」と判断、家を出、しばらくホームレスとしてゴミ箱をあさる生活をする。右翼に拾われ右翼事務所に住み込み、徹底的な反共産主義の教育を受ける一方、密かにマルクス文献を読みあさり左翼団体に出入りを始める。奨学金を得て大学に進学、戦中戦後の日本を代表する大物右翼R・Sの組織で資料・書庫整理を担当。日本の歴史の裏面史の生の膨大な資料に目を通す。在学中、家庭内暴力の被害、登校拒否児童の施設を作り、相談、勉強を教えたり等を担当。施設運営に関し市民運動からの強い協力を得つつ、右翼組織で見た生の日本と世界の現状と市民運動の現状認識の溝に愕然とし、「このままでは市民運動が敗北、潰されてしまう」という危機感を抱く。「情報屋になり市民運動をバックアップしなければ」と考えるようになる。その後、大学院に進学しながら、自民党の金権政治の代名詞である元首相の経営するゼネコンの資料整理の職に就き、政治・経済の裏面史の生の膨大な資料に目を通す。卒業後、軍の情報関連の仕事に就き、一昨年退官。その頃から「オルタ通信」を配信開始
(貼り付け終わり)
アルルです。
この経歴自体も微妙に「ずらしている」可能性もある。しかし、政治的に極端から極端を渡り歩いた人であろうと思う。私は真ん中から右と左を行ったり来たりしているだけなので根本的に政治的な鋭さが違うのだろう。
オルタナ通信の情報は時に、わざと古い情報や別の固有名詞に取り替えた情報を入れて発信されることもある。だが、時々鋭い指摘を行う。今回示した例はその一例だ。情報の発信者は相手がどのソースから影響を受けているかを示すために、わざと宝石の中にニセダイヤを紛れ込ませるものらしい。
わざと「ずらす」ことで、自分の安全を守っているという意識があるのかもしれない。その自己防衛本能を私は評価している。
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Nirvana
「個的生活からネット生活へ」8357
この投稿から8年が経過しているが、ネット生活の実態としては、まだまだ社会収束の位相には達していないように見える。
昨今、ネット上の状況は、
>未だ中身よりも新たな繋がりによる共認充足を求める段階?
現状においては、「mixi」や「twitter」に見られるように、どんどん中身の無い、希薄でゆるい人繋がりを形成しつつあり・・・むしろ、(本来必要な新認識も含め)ややこし中身は人繋がりを拡大する上で邪魔となるため、より当たり障りの無い内容へと劣化していっているように見える。(新手の「twitter」においては投稿字数が制限されており、「今何してる?」的な短文しか投稿できない。)<149172
であり、
>時代遅れの逃走の象徴が、原猿初期を思わせるコンビニ前の若者の群れではあるまいか?課題がない以上、群れていい人収束までは出来ても、その統合力は低下する一方であり、そんな群れがいきなり変革課題を共認するとは思えない。(彼らは遅れている=私権から逃げて群れているだけだから中身がないのであり、現在のところ変革とは逆ベクトル上にいる。)<8357
原猿初期の状態がネット上に移行しただけの様でもある。
しかし、つい先日のニュースで、化粧品の販促のイベントが取り上げられていた。
このイベントの主催は、ネット上の「口コミサイト」とのこと。化粧品の購入者の使用実感などが投稿され、その評価が売り上げに直結しているらしい。
そのため、そのサイト主催のイベントには各社かなりの力の入れようを見せ、イベントは大盛況とのことだった。
まだ、消費者感覚でのネット生活の延長線上の現象ではあるが、ネットの評価が消費活動へ着実に影響力を持ち始めている。
こうした事例は、他にもあると思うが、着目したいのは「評価共認」が形成され、その評価が現実を変えている点である。
化粧品の使用実感というわかりやすい評価共認ではあるが、ネット上の評価共認は現実の変革を促せるということだ。
そして、このことは、ネット上の社会収束に足りないものも指し示している。
ネット生活に足りないのは、「評価共認」なのではないだろうか。
ブログのランキングサイトなどでわかる様に、「評価軸」は集客人数だが、この評価軸上で圧倒的な社会系のサイトは未だない。
しかし、社会不全がますます高まっていく中で、社会系サイトの相互リンク、引用、トラックバックという形で、答えを求めてネットワークが拡大していく傾向にある。この流れが進むことで、サイト間のヒエラルキーは「引用元がどこか?」という視点で徐々に鮮明になるのではないだろうか?
この評価共認が形成されたときに、人数という評価軸上でも圧倒的なサイトが登場することになるのではないか?
そうなれば、そのサイトが現実に与える影響は大きくなる。そして、そうなれば加速度的にネット生活への移行は高まるように思う。
「るいネット」は当然そうしたサイトを目指しているのだと思う。
鈴木龍也
この投稿から8年が経過しているが、ネット生活の実態としては、まだまだ社会収束の位相には達していないように見える。
昨今、ネット上の状況は、
>未だ中身よりも新たな繋がりによる共認充足を求める段階?
現状においては、「mixi」や「twitter」に見られるように、どんどん中身の無い、希薄でゆるい人繋がりを形成しつつあり・・・むしろ、(本来必要な新認識も含め)ややこし中身は人繋がりを拡大する上で邪魔となるため、より当たり障りの無い内容へと劣化していっているように見える。(新手の「twitter」においては投稿字数が制限されており、「今何してる?」的な短文しか投稿できない。)<149172
であり、
>時代遅れの逃走の象徴が、原猿初期を思わせるコンビニ前の若者の群れではあるまいか?課題がない以上、群れていい人収束までは出来ても、その統合力は低下する一方であり、そんな群れがいきなり変革課題を共認するとは思えない。(彼らは遅れている=私権から逃げて群れているだけだから中身がないのであり、現在のところ変革とは逆ベクトル上にいる。)<8357
原猿初期の状態がネット上に移行しただけの様でもある。
しかし、つい先日のニュースで、化粧品の販促のイベントが取り上げられていた。
このイベントの主催は、ネット上の「口コミサイト」とのこと。化粧品の購入者の使用実感などが投稿され、その評価が売り上げに直結しているらしい。
そのため、そのサイト主催のイベントには各社かなりの力の入れようを見せ、イベントは大盛況とのことだった。
まだ、消費者感覚でのネット生活の延長線上の現象ではあるが、ネットの評価が消費活動へ着実に影響力を持ち始めている。
こうした事例は、他にもあると思うが、着目したいのは「評価共認」が形成され、その評価が現実を変えている点である。
化粧品の使用実感というわかりやすい評価共認ではあるが、ネット上の評価共認は現実の変革を促せるということだ。
そして、このことは、ネット上の社会収束に足りないものも指し示している。
ネット生活に足りないのは、「評価共認」なのではないだろうか。
ブログのランキングサイトなどでわかる様に、「評価軸」は集客人数だが、この評価軸上で圧倒的な社会系のサイトは未だない。
しかし、社会不全がますます高まっていく中で、社会系サイトの相互リンク、引用、トラックバックという形で、答えを求めてネットワークが拡大していく傾向にある。この流れが進むことで、サイト間のヒエラルキーは「引用元がどこか?」という視点で徐々に鮮明になるのではないだろうか?
この評価共認が形成されたときに、人数という評価軸上でも圧倒的なサイトが登場することになるのではないか?
そうなれば、そのサイトが現実に与える影響は大きくなる。そして、そうなれば加速度的にネット生活への移行は高まるように思う。
「るいネット」は当然そうしたサイトを目指しているのだと思う。
鈴木龍也
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