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「人類の新たな活力源=圧力源」31505
「外向収束⇒認識収束に応える『認識形成の場』」31767の合体図解


サル   同類圧力が主活力源⇒同類闘争⇒共認機能進化

          期待応望の
原始時代 生存圧力⇒同類圧力を生命源に⇒共認機能・観念機能進化

私権時代 生存圧力⇒同類圧力⇒同類闘争⇒私権統合・序列統合社会
              (私権闘争) 

                新たな
現代 生存圧力克服→同類圧力が⇒同類闘争⇔評価共認で統合する
      ↓    主活力源(共認闘争)     共認社会
    私権の衰弱   ∥    ∥        ∧
      ↓     ∨    ∨        ∥
     社会不全⇒認識収束⇒認識競争⇒┌────────┐
            ∥    ∧  |認識形成の場が | 
            ∨    ∥  |人類の最先端機能|
           認識が最先端価値⇒└────────┘


匿名希望
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【統合・制度・観念・媒体図解】
リンク

>従って、まず国家統合と制度との関係が時代と共にどのように変化してきたのか。塗り重ねられてきたのか。を仲間と追求する事で、メディア法の可能性と限界を追求、さらには、今後の社会統合の可能性を追求していきたいと思います。207786
 
 国家統合と制度の関係の変化を見るためには、そもそも国家統合はどのような構造で成立しているのか?を明確にする必要があります。
 大きく見ると、国家に限らずあらゆる集団は、ある「統合原理」を下敷きとして、「制度」=決まり事と「観念」=集団統一意識で統合されていると考える事が出来ます。
 なぜ制度と観念が統合に必要かというと、統合には、「継続性」が必要不可欠となるからです。
 例えば力による統合を考えてみると、制度や観念による支配が無ければ、統合者が力を失ったとたんに、争いが起きてしまい集団が全く安定しません。
 だからこそ、制度による統合形態の固定化、観念による集団意識統一を行う事で集団統合を行うという事になります。
 またいくら中身があっても伝わらなければ全く意味を成しませんので、制度・観念を伝えるその媒体も非常に重要になってきます。これは、国家統合においても普遍です。

 それでは、この認識を前提にして、私権時代の統合様式と制度・観念とそれを伝える媒体を整理してみます。

 私権時代は、大きく古代と近代に大別されます。
①古代
 古代は、完全なる力の序列原理を下敷きとして統合されていた社会で、

・「制度」に関しては、古代のハムラビ法典から近代の刑法まで、主に罰則(制度に従わないものは罰せられる)として具現化してきました。

・「観念」に関しては、古代宗教が統合観念として具現化してきました。例えばヨーロッパでは、ローマ時代にキリスト教が国教となる事で大衆観念をキリスト教一色に染め上げ、集団意識統一を図りました。
 また、各国の王はキリスト教を下敷きにして王権神授説を唱え、王の権力は神が与えたものであるとその正当性を主張してきました。(王権神授説)。現代日本政治で話題になっている悪名高い世襲制もこの時代に生まれました。

 そしてこれら制度、観念は、圧倒的力による恐怖を媒介にして、大衆に広がっていきます。(追共認されていきます。)


②近代
 >近代社会は「反序列」を原動力として生み出され、主役は王様から商人に取って変わる。反序列で生まれた近代社会は、表立って「序列」では統合する事が出来ない。
 従来の統合様式を利用出来無い彼らが必要としたのが大衆=「世論」であり、「自由」「平等」等の近代思想は「世論」を手に入れる為に利用された。199640

とある様に、近代社会はその成立上力の序列原理を下敷きにするだけでは不十分で世論を必要としました。197468
 この事象によって、近代を力の序列原理を中心とした統合原理に、共認原理が一歩足を踏み入れた時代と捉える事が出来ます。
 さて、この時代においても、「制度」に関しては、罰則が中心となります。
 一方、「観念」に関しては、「古代宗教」に変わって「近代思想」によって集団意識統一が図られました。しかしながら、近代思想はキリスト教観念となんら変わりません。171830
 つまり近代においても宗教によって集団意識統一が図られていたという事です。
 そしてこの「近代思想」を文章化したものが「憲法」と呼ばれるものです。
 例えば日本国憲法でも謳われている「自由」「平等」等はキリスト教の観念そのものである事はるいネットでもよく言われています。
 
 それでは、この時代の制度や観念を広げる媒体はなんだったのでしょうか?ここで、マスメディアが登場します。197569 199640
 近代社会の制度や観念、特に観念は、マスメディアを媒介として広がっていったのです。 


③現代
 このような状況を踏まえて統合不全状態にある今日の統合に関して考察してみます。
 現代は、市場拡大によって先進国、特に日本は貧困を克服した事により、統合原理が「力の序列原理」から「共認原理」へと移行しました。
 この時代においても、集団統合にとって必要なのは、「制度」と「観念」である事は変わりません。変化するのは、その中身と媒介です。
 まず媒介に関しては、共認原理という統合原理上、恐怖やマスメディアといったものから、誰もが参加する事の出来るシステム「万人参加のネットワーク」が必要となります。
 また、観念は、共認原理の特徴である「皆が認める」という観点から宗教から事実観念へと移行していきます。
 このような観念、媒介に支えられて、制度は、罰則からこうすれば上手くいく!という「充足規範」へ変化し、観念は憲法から事実を構造化(観念化)する「構造認識」へと変化していくでしょう。
 
 つまり、大衆共認によって充足規範が成立し、皆が構造認識を駆使した事実追求の地平にたったその時、国家統合を超えた共認統合(超国家統合)が成立するのです。



アリンコ
211522『実現論ってパンドラの箱』
>>実現論グループは、パンドラの箱を開けた
>と続けているとおり、私も実現論ってパンドラの箱って予感がする。「パンドラ」ってつまり、「正直ちょっと空けるのが怖いんです」「それって私、大丈夫??(> <)」って思いも含まれているということ。

ユミさんの投稿から、新しいこと(実現論勉強会)を始める前の『期待と不安の入り交じり』が見て取れますね。(*^o^*)/┌(。>_<)┘

※さらに、その不安が誤解を生んでいるため、まずはその訂正を…210154で言っている「パンドラの箱(を開けたところ)」とは以下の実現論第一部の最終行を指していますよ^~^☆(「だが、彼らが遊牧へと移行していった時、彼らは遂に開けてはならないパンドラの箱を開け、集団を破壊する性闘争を顕現させてしまうのである。」リンク)

さて、『期待と不安』は、何れも将来に対するイメージ(肯定的な予想と否定的な予想)から生起していますが、少々“非充足”イメージが強いようなので、少しばかりですが“充足”イメージをお届けします。ズバリ、実現論勉強会の感想集です!

☆「自分ではなく、みんなを対象化する」ことが、「不安ではなく、期待を対象化する」秘訣ですね。(ちなみに、実現論は、人類および生物にまで遡る“みんな”を対象化し続けた産物=期待の結晶だと思いますよ。)

それでは、

リンク:実現論を勉強してとっても成長した仲間を見ていて、「私もこうなりた~い♪勉強した~い♪」って思って今回参加する決意をしました!

リンク:今回初めて実現論勉強会なるものに参加できることになり、とても嬉しいです。なぜなら、これまで何度も実現論読破を試みてきたものの、いつも挫折していたからです。
リンク:みんなで同じ課題に向かうと、みんなに安心できるんですね。この安心感は議論の活性化につながっていたと思います。
リンク:今、社会はすっかり閉塞していますが、可能性を模索していけば突破口はきっとあると確信しました。なぜならそれが自然の摂理だからです。そしてそれこそが著者がもっとも述べたかったことなのではないかと思いました。

リンク:るいって面白い会社(共同体)に出会えたのは「組織」というものを考える良いチャンスになった。
リンク:いかに自分が市場というものに踊らされているかが分かった。踊らされている事実を認めた上で、次のステップに進みたいと思う。
リンク:ただなんとなく感じたのは、必要なのは観念を塗り替えることなのではないかということ。新概念という装置を得ることで、周りに対して答えを出せるようになるでしょう。
リンク:失ったものは、旧観念。得たものは、それを超える事実。今後は、外圧・不全をキャッチして新たな可能性を示せる存在になりたいと思う。

リンク:既に前史を学んだ人間として、僕はより多くの人間にこの内容を知ってもらいたいと思うし、僕自身より深くこの分野を理解したいと考える。みんなで学ぼう実現論。1人家のパソコンでこれを読解するのは極めて困難だが、皆でやればこれほど面白い事はないぞ!

リンク:実現論で学んだ認識と日常生活との繋がりを実感していた。だから、ここで逃げてもまたどこかで同じ状態に陥ってしまうと思い、少しでも前進したくて最後まで頑張った。
リンク:あらゆる生物が外圧を乗り越えるためにたどって来た「どうする?」思考=可能性収束 を学んでいくことは即ち「自然の摂理」を学ぶことなんですね。その「自然の摂理」を用いて現代を見るとかなりのズレがあることに気づきます。
リンク:それ以上に勉強になったのは、「実現論勉強会」という「集団(場)」そのものであったと思う。/集団において、どれだけ課題共認が大事か、「自分(自我)」が邪魔かを実現論勉強会という(場)で身を持って学べました!!
リンク:「世直し」という途方にくれていた目標が徐々にではありますが、実現論という道具を使い鮮明になりつつあります。だから、今は心身共に元気です。

リンク:自分一人で読んでいると、どうしても「価値観念」で捉えてしまうことがあります。しかし、サロンなどでみんなで読むと、それを訂正でき、事実追求に向かうことができると思いました。
リンク:今まで学生時代に歴史の勉強をしてきましたが、「塗り変え」というイメージでした。しかし、サロンやなんでや劇場で、実現論(人類史)や生物史を勉強していく中で、歴史(事実)は「塗り重ね」であることを実感しています☆

リンク:みんなが、ここに到って生物史を遡っているのも、その膨大な情報と進化の営みの中に、生物がどうやって逆境を克服してきたか?それが、人類存続のヒントになりはしないか?と切実に期待し、一縷の望みを賭けての事なのでしょう…あらためて実現論の凄さが分かりました。

リンク:私は今サロンで実現論の勉強会に参加しているけれど、今回、こんな意見があった。「実現論の良いところは、観念も生物の進化や適応と同じに扱われているところだなぁ」私もそうだと思う。/よりよい観念に収束することの重みを感じた日だった。
リンク:転換が本当の大転換になるには、大勢の人と協働での観念構築こそが必要なんだと思いました。

リンク:世界を見てみたい!体験してみたい!とても知的好奇心が刺激される回でした。
リンク:今日のサロンを通してまた一つ現代に生きる人類の(さらに言えば自分自身の)進むべき道が見えてきた気がする。
リンク:この実現論でヒトの成り立ちから構造を一つ一つ確認していくことでまず自分が事実観念アンテナを張り巡らし、さらに露天やネットを通じて多くの人に供給していきたいと思います。


福田尚正
「社会のことを考える」とか「社会を変える」って、眉間にしわを寄せて難しい顔、真面目な顔をして…というイメージがあった。

でも、ネットサロンに参加してみたら、社会の勉強も、みんなでの話し合いも、追求も、みんな楽しそうに、笑顔で、ワイワイ言いながらやっていて、イメージが変わった!!
社会のことを考えるって、可能性を感じてはみんなで盛り上がり、楽しく実現して、みんなが喜んでくれる、そんなことだった(*^^*)

他にたくさん楽しいことがある充足派や、「こうあるべきだ」と言いながらも社会不全を捨象しきれない欠損型も可能性を感じてくれるように、ネットサロンで感じ取った社会を考究することの楽しさや盛り上がりをアピールしていきたいな♪
アピールして、より多くの人に支持されていくことで、あらゆる事実追求の場や共認形成をする場の中から、社会統合の場として突き抜けていけるのだと思う。


中瀬由貴
どうやら、次期衆院選挙は既に民主党が勝つ事に成っているようだ。
識者と呼ばれる専門家の方々は、自民支持率の低下をあーだこーだと理由付けを行い、さも民意が政党改革を待ち望んでいるかのような世論形成に暇が無い。

しかし、この出来レースに対して一点だけ、面白い潮流が見られる。

それは、民主党政権となった場合の『政策そのもの』に対する議論が、ネット界で活発化している点だ。

実は、議会制民主主義、あるいは2大政党制等というものは体良く国民をなだめ透かす為の騙しシステムに他ならない。結局のところ、自民だろうが民主だろうが、小手先の改革等はこの社会の人類的課題に対する答えは出せていない。政権交代=何かが変わった気にさせるだけのシステムであり、結果的に国の借金は膨張し続け、年金破綻も食い止められず、環境問題の本質追求も成されないままに、あらゆる現実問題が棚上げor後送りにされて行くだけだ。

むしろ、現実を変えられない政治家を選ぶよりも、あらゆる社会問題の根本原因を分析し、現実の課題を突破する為に必要な政策に頭を使う方が、よっぽど有意義ではないか。

そして、今既にネット上において、本当に必要な政策は何か?という議論が行われている。

この、政策論議そのものに万人が参加する事こそが、真の民主主義と言えるのではないか?

選挙という誤魔化し政策も、正すべき制度の一つであり、それを行動によって示して行く事も、立派な政治参加ではなかろうか。

ネットから遠い年輩層ほど相変わらずマスコミ支配の影響下にあり、わずか50%ほどの投票率を支えている実態があるが、いずれその様な世論もマスコミの支配力低下と共に淘汰されて行く。

ならば、そろそろ選挙に行くのは止めてしまおう。

早い事、今の政治家・高級官僚殿には退場頂いた方が、よっぽど国の為になる。

その代わり、政策そのものには大いに口出しをすれば良い。それこそ、真剣にみんなの期待に応えうるだけの方針を、みんなで知恵を寄せ合って決めていけば良い。

そうは言っても必要な公務は残るだろうが、それこそ参勤交代制にでもしてみんなで順番に担えば、なんら問題は無い。


川井孝浩
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