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経済破局にせよ、精神破壊にせよ、環境破壊にせよ、それらの危機は全て観念によって把握された危機であって、(現段階では未だ)本能を直撃する様な危機ではない。
同様に統合不全も、つきつめれば答えが見つからないという観念統合の不全である。また、社会統合を担うのも観念であり、生存圧力を脱した現代の社会統合とは、観念統合に他ならない。

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潜在思念の方が観念より流動的。
だから、潜在思念の方が先に変わる。
それに影響されて現実には行動するし感じる。
という事は、観念より現実の方が先行しているという事。

だから、変えていかなきゃいけないのは常に観念なんだと思います。

>潜在思念を紡ぎだすためには、身の回りの人間関係を否定するのではなく、むしろ日々関わり合う必要があります。家庭、学校、職場といった生活のありとあらゆる場面で潜在思念をつかって思考することは、この閉塞感を打破するのに必要な過程でしょう。

頭を切り替えて対象を見直せってことですね。
経験上、るいネットを広める対象基準として、「頭を切り替えるのが早い人」っていうのはけっこう的を得てると思います。


西知子
私は現在の「環境問題」が、以下のような点から大きな問題をはらんでいると感じています。

「環境問題に対する企業の発言は(当然のことながら)企業自身の利益誘導や自己正当化に終始しており、偏った現象現象のみを社会に発信している。」
「Co2の削減のような瑣末な成果を喧伝する結果、より根本的な過剰消費の問題から目をそらすことになっている」
「環境問題への取り組みのはずが、逆に環境破壊の免罪符のようになってしまっている」

>この二つの要素『一体感覚』と『共時性』は、現代社会の共認に最もかけているものだと思います。文字による共認の効果を最大限引き出すためにも、それを支える共時的一体感覚をの再生法を考えていく必要があると思っています。

 同感です。

 昔読んだ記号論の本で、「テクストとコンテクストが一体となって初めてメッセージが形成され、コミュニケーションが成立する」といった主旨の一節があった事を思い出しました。

 テクストはそれ自体が汎用性のある秩序体系そのものですから、形になって残りやすい。従ってコミュニケーションの場においてメジャーな要素となる。
 一方でコンテクストは、相手の細かい身振りとか、顔色、あるいは相手がこれまで歩んできた人生経験や場の雰囲気、歴史や伝統といった、非常につかみどころの無い情報ですから、どうしてもマイナーな要素になってしまいます。

 
2チャンネルの問題に端を発したインターネットにおける多くの問題点。その中でも匿名性故に起る問題を多くの方々が指摘されています。
投稿に関して匿名か実名かは言わずもがなです。ネットを毒を撒き散らす誹謗中傷の嵐から守り、非現実から現実へと取り戻すには実名での投稿は何よりも有効だと思います。しかし、実名での投稿で全てが解決するわけではありません。

>自分たちの手でお互いを律する・罰する、そういう肝心な役割こそ、みんなで担っていかなければいけないと思いました。

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