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>つまり、今求められているのは、解脱仲間から認識仲間への転換である。(注:解脱仲間とは、古い私権時代の仲間様式であるに過ぎない。活力源が既に私権圧力から同類圧力へと転換した今、求められているのは、本源収束・外向収束を体現した認識仲間である。)それは、ただの人収束=つながり・広がりが、真の社会収束へと脱皮する過程でもある。

 わたしも「認識仲間」を求めていたひとりだ。

 学生時代、「解脱仲間」といわれる関係に、持続的な活況がありえないことを肌で感じていた。「解脱仲間」で交わされていることばといえば、男はパチンコや競馬、女は芸能やドラマ。唯一、盛り上がるのは男女関係。とりあえず、その場に居合わせるが、時間の無駄だと感じることがよくあった。

 
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>この認識基調(社会収束)の下では、原基共認(期待に応える充足)の対象が個人や集団を超えたより広い対象(より多くの人や場)に向かうのは必然である。これが今、メル友やサークルや海外旅行etc、人々を何よりも『人』に向かわせている、つながり(拡がり)欠乏の正体である。

今まで、人々の意識の変化やそれを促す運動と言うとき、新しい構造認識vs古い倒錯観念という対比や、実現派による新しい共認関係の拡大vs学者や知識人がメディアを通して行う染脳という対峙を想定してきた。しかし、それは一面でしかなかったようである。

「何をすれば良いのか分からない」という選択課題の方がより全般的・総合的で、より観念回路に近い位相にある課題であるが、肝心の課題圧力が弱く、この課題に対しては適応本能があいまいに作動しているだけである。

潜在思念の本源収束は、仲間圧力の絶対化という現実課題と、それに応じて適応本能が共認回路を駆動させて形成した方法認識や状況認識が実在するが故に(orそれで充分に対応できるが故に)、強力なものとなり、半ば顕在化したのである。
それに対して、潜在思念の社会収束(外向収束)は、その様な潜在回路だけでは不充分であって、収束するには観念を必要とする。しかし、答えが見付からない(=収束観念がない)ので、適応回路があいまいにしか作動せず(外向きという方向を指示するくらいしか出来ず)、深く潜在したままその位相に留まっているのである。
"構造認識の最良のメディアは「人」そのもの"を読んで、同意できる部分と少し違和感(懸念)の残る部分があった。

同意できる部分は、(私なりの解釈が入っていますが)構造認識が表現すべき生々しい生きた現実は、生きた「言葉」によって語られるのが相応しい、という部分である。

しかし逆に違和感が残ったのは、例えば
>一番早い方法は、普通の会話をする中で(その話のネタは、政治や経済の話から、仕事や家庭の話でもなんでもいいのだが)、突き当たっている問題点なり悩みなりに対して、「それはこう考えたらいいんじゃないの?」という「答え」を出してみることじゃなかろうか?
である。
人々が一番求めており、可能性を感じるのがパラダイム転換の言葉なら、その認識を教え広めることが(=人々の期待に応えることが)最大の活力源=動因になる筈である。
人々の答え欠乏は、答え=パラダイム転換の言葉が与えられて初めて顕在化する。まずは、それ(答え)に気付くこと。それさえ気付けば(=理解すれば)、後は自分で考えてゆけるし、考えるにつれてより具体的な答え(=個々の構造認識)が欲しくなる。
つまり、まず最初の言葉(=パラダイム転換の認識)を与えた時から答え欠乏が顕在化し、より具体的な言葉を与える度に答え期待が強くなってゆく。
相手との関わりの中で顕在化し強まってゆくこの顕現期待こそ、実現派の最も大きな活力源となる。


四方勢至
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