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☆つながり・広がり⇒皆が次々と投稿してくれる事こそが、最大の引力となっている。
●皆が次々と投稿して、一つの共認が形成されてゆくこと(そこに参加していること)に、最大の価値がある。
●そこには、共認形成に参加するという、私権時代に失われた最も本源的な共認充足がある。
●そこでは、個人名や個別の意見などは重要ではない。みんなが共認の場を形成し、必要な評価共認や規範共認に収束してゆくこと自体に価値がある。
注:これは、従来の全ゆるメディアのどの発信様式とも異なった構造である。しかもネットは、双方向の会議(発信)とも異なっている。会議では一部の人しか発言できないがネットでは全員が発信できる。
また、対面では笑顔etcでごまかせるが、ネットではごまかしが効かない。むしろ、全員が発信することによって、ごまかしが浄化されてゆく。
だから、ネットは、皆が参加することによって生み出される新しいまつりの場なのである。
岡田淳三郎
●皆が次々と投稿して、一つの共認が形成されてゆくこと(そこに参加していること)に、最大の価値がある。
●そこには、共認形成に参加するという、私権時代に失われた最も本源的な共認充足がある。
●そこでは、個人名や個別の意見などは重要ではない。みんなが共認の場を形成し、必要な評価共認や規範共認に収束してゆくこと自体に価値がある。
注:これは、従来の全ゆるメディアのどの発信様式とも異なった構造である。しかもネットは、双方向の会議(発信)とも異なっている。会議では一部の人しか発言できないがネットでは全員が発信できる。
また、対面では笑顔etcでごまかせるが、ネットではごまかしが効かない。むしろ、全員が発信することによって、ごまかしが浄化されてゆく。
だから、ネットは、皆が参加することによって生み出される新しいまつりの場なのである。
岡田淳三郎
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私たちの周りにある既存の『まつり』は、永い伝統に裏打ちされたものを除けば、ほとんどすべて一過性のものです。日常生活との関連性も薄く、どちらかと言えば、主催者側の利得行為が見え隠れするという印象さえ漂っています。
よく歴史書に書かれていますが、縄文時代などは、ほとんど毎晩『まつり』を開いていて、それはもはや日常生活そのものだったようです。その中で「収穫祭」のような特別の『まつり』だけが、現代にもその名残をとどめているというのが、私の解釈です。
よく歴史書に書かれていますが、縄文時代などは、ほとんど毎晩『まつり』を開いていて、それはもはや日常生活そのものだったようです。その中で「収穫祭」のような特別の『まつり』だけが、現代にもその名残をとどめているというのが、私の解釈です。
私も、政(まつりごと)の語源がお祭りからきているというような話は聞いたことがあります。
おそらく、政治の原点も、みんなが仲良く暮らせるよう、世の中をまるく治めるというようなところにあったのでしょう。
そう考えると、当たり前のことなのですが、社会統合の原点というのは、やはり、みんなが仲良くなることなのだと思います。
ですから、現代の政治システムのように、税金の分捕り合戦、利害調整を図ることが、政治の本質ではないのだと思います。やはり、現代の政治システムは、私権闘争によって、かなり歪められたものだと言わざるを得ないと思います。
今は、原点に返って考えてみるべき時なのだと思います。お祭りは、やっぱり楽しいですよね。先ず仲良くなることからはじめましょう。
雪竹恭一
おそらく、政治の原点も、みんなが仲良く暮らせるよう、世の中をまるく治めるというようなところにあったのでしょう。
そう考えると、当たり前のことなのですが、社会統合の原点というのは、やはり、みんなが仲良くなることなのだと思います。
ですから、現代の政治システムのように、税金の分捕り合戦、利害調整を図ることが、政治の本質ではないのだと思います。やはり、現代の政治システムは、私権闘争によって、かなり歪められたものだと言わざるを得ないと思います。
今は、原点に返って考えてみるべき時なのだと思います。お祭りは、やっぱり楽しいですよね。先ず仲良くなることからはじめましょう。
雪竹恭一
>そこで、今まず必要なのは、社会統合という課題・期待・評価の共認の場であり、従って何よりも重要なのは、まずもって皆の共認の場=新しいまつりの場を形成することである。<
群れを成す鳥や動物は、外敵が近づいたり天候異変があると、ギャーとか鳴いたり騒ぐことで仲間たちに危機を知らせる。
私権時代の人類は、権力を持つものに情報を集中し、情報を一部権力者の所有物とすることで権力を拡大してきた。
しかし、ネットという道具は、あらゆる情報を開くことが可能となり、人類の危機も当然の如く、ギャーと発信することでみんなに知らすことができる。
その上で、どう対応するのかという議論の場にもできるのである。
まずは、みんないるということを、繋がっていることを、発信することで感じたい。
橋本正雄
群れを成す鳥や動物は、外敵が近づいたり天候異変があると、ギャーとか鳴いたり騒ぐことで仲間たちに危機を知らせる。
私権時代の人類は、権力を持つものに情報を集中し、情報を一部権力者の所有物とすることで権力を拡大してきた。
しかし、ネットという道具は、あらゆる情報を開くことが可能となり、人類の危機も当然の如く、ギャーと発信することでみんなに知らすことができる。
その上で、どう対応するのかという議論の場にもできるのである。
まずは、みんないるということを、繋がっていることを、発信することで感じたい。
橋本正雄
2ちゃんねるの崩壊が少し話題になっているが、あれだけ多くの投稿がある掲示板サイトは国内には例を見ない。
確かに規模だけ見ればトップクラスの「まつり」の場ではあったが、無責任な匿名の集まりでは誰も金を出して維持しようとはしなかった。
単なる引きこもり達の傷の舐めあいの場だったのだろう。
それはネット以外の数々の「まつり」も同様だ。
本来、自然や闘争を前に不全感を昇華させるために「まつり」は登場した。しかし、単なる発散だけの場にずり落ちた結果、「まつり」は短命化したのだろう。
社会の閉塞という絶対的な不全を前に、「まつり」が復活できる時がやって来た。
社会変革を目的にして初めて「まつり」は皆の真の共認の場になるのだろう。
辻一洋
確かに規模だけ見ればトップクラスの「まつり」の場ではあったが、無責任な匿名の集まりでは誰も金を出して維持しようとはしなかった。
単なる引きこもり達の傷の舐めあいの場だったのだろう。
それはネット以外の数々の「まつり」も同様だ。
本来、自然や闘争を前に不全感を昇華させるために「まつり」は登場した。しかし、単なる発散だけの場にずり落ちた結果、「まつり」は短命化したのだろう。
社会の閉塞という絶対的な不全を前に、「まつり」が復活できる時がやって来た。
社会変革を目的にして初めて「まつり」は皆の真の共認の場になるのだろう。
辻一洋
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