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☆現状は、発信欠乏の強い、ごく一部の者に限られている。(おそらく3000万人の1/1000=3万人だけ)
●相手が欲しい、仲間が欲しい(出会い系)
●分かって欲しい(悩み系)
☆そもそも、強い私的欠乏の持ち主である事が、問題。(今や心の救いとは、自我の温存と同義である。)
☆(私欲を超えた)社会的なつながり・広がり充足をネット上に実現するのは、至難。←欠乏が少ない。
●世間に訴えたい(社会系)
☆要求型・主張型・顕示型を斥けて、応望型・実感型・事実型の投稿サイトを維持するのは、至難。
⇒☆しかし、潜在思念→実感投稿→探求思考or感想投稿と発掘投稿etcの投稿規範で、道を開きつつある。
☆他に、投稿必要が高いのは、サークル集団の呼びかけ・連絡と、聞いて(発信して)でも知りたい人と、創作発表したい人ぐらいか?
●中でも、生活情報やパソコン情報やスター情報や裏情報で知りたい(質問)発信をする人は、普遍的に潜在する。
●サークル集団の呼びかけ需要も、注目すべきターゲット。
☆しかし、ネットの存在理由は、何と云っても社会統合(創出競争)のNW足りうる所にある。
●変革気運の急上昇⇒変革と統合を担う場はネット⇒共認の場の形成(=投稿)は、社会人の役割。
●この変革(期待)共認⇒課題(役割)共認こそが、普遍的な発信必要を生成する。

☆抽象的で潜在的な社会変革を、具体的に顕現させる行動が、投稿=共認の場を形成する事である。
☆この社会変革⇒投稿(=場の形成)という課題・役割共認を形成する事こそ、呼びかけ(勧誘)の主眼である。


岡田淳三郎 
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ニューエイジ現象をそのまま信じることもできますが、人類は観念というものを発達させて適応してきた種であり、そしてまた観念によって滅亡の危機に瀕しているという状況を鑑みて、ぜひ事実観念を再構築していきたいと思っているので、こうして文章化しています。

> 例えば仕事が行き詰まって解決策を模索していたとき、別の件で知り合った人がたまたま過去に同様の問題を経験し解決した体験を持っていたりとか、たまたま開いた雑誌の片隅にその問題を解決する方法を見つけたりといった現象には当てはまりませんよね。 <

仕事が行き詰まって解決策を模索することは誰しもあり、そして同じ事を模索している人は身の回りにも何人かいるはずです。普段は何気なく素通りしてしまうことでも、ずっと頭の中に残っている問題については、偶然その話になったとき、焦点がぴたっと合って解決する方法を得ることは、比較的日常的なことと思います。

それに、人類が本来もっている共認回路=チャネリング回路からみれば、会話の中で相手が何を思っているかが何となくにせよ解るので、話題は必然的にその人が気にしているところに行き着きます。

さらに、チャネリングが直接対面していなくても可能であるとすれば、答えを求めている人のところに、答えを持っている人が引き寄せられることも可能になります。(但し、空間を超えてチャネリングが可能なのかどうかは、まだ確信が持てません。空間を超えたチャネリングをどうして人類が身につけたのか、の歴史的必然性が今のところ見つかっていないからです。)

紹介していただいた「閃きの起し方」(リンク )読みました。とても良く解りました。特に「閃き」における潜在意識=右脳の働きの重要性については、最近、るいネットの「新しい社会統合NW」の会議室で言われていることとも重なります。

現在、人類が普遍的に抱えている問題は、このままでは滅亡するかもしれない、という社会不全であり、それに対して誰もが潜在意識では「何とかしなければ」と思っています。そして、徐々に解決策を探して意識を形成している段階にあります。

そうした人達の発信によってこのるいネットが、「問題を解決するためのアイディアが閃く場」になるのだと思います。ニューエイジの方をはじめ、意識が先行している方々が、このサイトに発信していただけることは、大変ありがたいことです。

松尾茂実
>⇒☆我々の対象は、あくまでも普通の人。特に訴えたい事もない普通の人に、投稿させるには、どうするか?

 普通の人が日常の生活の中で投稿できるようにするにはまず「場」の設定が不可欠である。それは現在多数ある一部のイデオロギーに凝り固まった者の意見による排他的なものではなく、素人が自らの生活基盤や経験といった等身大からの視点で発言できる「場」であることが必要と思える。
 しかし、そのような「場」は誰かに提供されて手に入れるものではない。パラダイムの転換とは、誰かに求めるものではなく皆で共に作り出してゆくものなのだろう。そしてその作り出すという作業こそが「投稿」なのではないだろうか。


ごろごろ
>「人道主義」VS「報復主義」というレベルを超えた議論が必要だと思います。(それではどこかのメガサイトと変わらない)

同感です。私自身、以前に「暴力から暴力で対抗しても何も生まれない」といった投稿をしていますが、それは単なる、「報復主義」Vs「戦争反対」などという単なるナイーブな(人道主義的な?)発想のものではなく、もっと別の共認形成の方法はないのだろうか、ということを考えていたのです。

事件からしばらく時間が経ち、アメリカでもなぜこんなテロが起こったのか、というところにも次第に焦点が当たってきているのように思います。(マスメディアはちょっと疑問ですが、少なくとも、ネット上ではそういう動きが強い)

そうした時に、今回のテロをテロというなら、今までの行なってきたアメリカの「正義」に基づく数々の暴力行為だって、テロとしか思えません。

パレスチナ人を殺し続けるイスラエル、それを支援するアメリカの行為は「正義」?
ユーゴを平和のためといって軍事介入したNATOの行為は?
イラクをなんだかんだと理由をつけて攻撃するアメリカ。

なにが「正義」で何が「悪」かなんていうのは、力関係で勝手にどこか遠くで作られているようにしか思えない。

>皆さんがいうようにテロの直接・間接の要因をなしてきた「アメリカの根本的な認識転換」の必要性共認を如何にしてつくっていくかがポイントでしょう。

少なくとも、今のように、マスメディアによる情報提供がこれだけ盛んであると、それを中心に世論が動いてしまうことが懸念されます。そして、いつの間にかいろんな思惑の働く「正義」の元で共認形成がされてゆく。・・・ 怖い、ですね。

そうではないインターネットの力(素人による情報発信)、人々のネットワークが、「根本的な認識転換」に向けてどれだけ力を持てるか(力を作ることができるか)、という点が今後の課題だと思います。

田中道世 
投票は単なる数の積み重ね
投稿はいろんな意味の積み重ね

一文字違いでも、中身はまったく異なりますね。
「投稿は社会人の役割」この言葉、ほんとに新鮮です。


大森義也
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