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>みんなのサイトはみんなで守りたい。
本当にそう思います。
そして、支配階級から取り戻すのは、都合のいいものだけじゃいけないな、とも。
自分たちの手でお互いを律する・罰する、そういう肝心な役割こそ、みんなで担っていかなければいけないと思いました。
だから、みんなの統合サイト=社会を自分たちで守る為の掲示板での「規範作り」と「共認圧力の形成」は、武力社会から共認社会へと転換する為に避けては通れない課題なんだと改めて意識しています。
これは、事実と共認に拠る社会を形作ってゆく具体的実践そのもので、また一つ、社会変革はネットで!の必然性が見えてきました。
西知子
本当にそう思います。
そして、支配階級から取り戻すのは、都合のいいものだけじゃいけないな、とも。
自分たちの手でお互いを律する・罰する、そういう肝心な役割こそ、みんなで担っていかなければいけないと思いました。
だから、みんなの統合サイト=社会を自分たちで守る為の掲示板での「規範作り」と「共認圧力の形成」は、武力社会から共認社会へと転換する為に避けては通れない課題なんだと改めて意識しています。
これは、事実と共認に拠る社会を形作ってゆく具体的実践そのもので、また一つ、社会変革はネットで!の必然性が見えてきました。
西知子
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現代社会は、経済から、政治、教育とあらゆる場面で、専門化主義、分化主義が前提となっています。
なるほど、確かに巨大な問題を分解して片づけていくというのは、一見効率がよさそうに思えます。
■■■「全体」を考えるという特権
しかし、あらゆる人々が「分解」された領域を与えられ、そこに閉じこめられた一方で、「『全体』を考えるのは、だれか?」という疑問が生まれます。
近代国家のシステムでは、この全体の調整を担うのは、「国家」でした。具体的には、官僚であり、国家に権威づけられたアカデミズムであり、結局は、一握りの人間だけが全体を見回すという「特権」を握っていました。
一方、大衆は、普段、そのような「全体」を考える場も役割も奪われ、選挙という限られた機会・選択の自由の中でのみ、社会に参加し、それを持って「民主主義」と呼び、「大衆の声」と呼んでいたのです。
なるほど、確かに巨大な問題を分解して片づけていくというのは、一見効率がよさそうに思えます。
■■■「全体」を考えるという特権
しかし、あらゆる人々が「分解」された領域を与えられ、そこに閉じこめられた一方で、「『全体』を考えるのは、だれか?」という疑問が生まれます。
近代国家のシステムでは、この全体の調整を担うのは、「国家」でした。具体的には、官僚であり、国家に権威づけられたアカデミズムであり、結局は、一握りの人間だけが全体を見回すという「特権」を握っていました。
一方、大衆は、普段、そのような「全体」を考える場も役割も奪われ、選挙という限られた機会・選択の自由の中でのみ、社会に参加し、それを持って「民主主義」と呼び、「大衆の声」と呼んでいたのです。
>今まで思いもしなかった「実感」の積み重ねがそのまま反映されていく社会。この至極素直な社会構築を感じ取りこのネットに参加(ROM)している人達がその「実感」を表現し、社会を創ろうと投稿するのは不自然なこととは思えない。
と述べておられることに同感です。普通の人々の大半は今の世の中への疑問や不平、不満は日常あらゆるところで感じている。でもだからと言って何をどうしていいか分からない。しかし、そのために社会変革をしようとなるとあまりにも飛躍し過ぎてついていけない。というのが正直な気持ちではないでしょうか?また、そう思う気持ちの根底には「自分の生活は犯されたくない」という自己保身がまずあり、社会変革と聞いただけで自己犠牲を伴う行為と大上段え構えすぎる嫌いがあると思います。
そんな人々に日常で感じていることをどんなことでもいいからネットにその想いを投稿し、多くの人々と意見を交換する。まづそこから始めることを提唱すれば、可能性が見えてくるのではないのでしょうか?
と述べておられることに同感です。普通の人々の大半は今の世の中への疑問や不平、不満は日常あらゆるところで感じている。でもだからと言って何をどうしていいか分からない。しかし、そのために社会変革をしようとなるとあまりにも飛躍し過ぎてついていけない。というのが正直な気持ちではないでしょうか?また、そう思う気持ちの根底には「自分の生活は犯されたくない」という自己保身がまずあり、社会変革と聞いただけで自己犠牲を伴う行為と大上段え構えすぎる嫌いがあると思います。
そんな人々に日常で感じていることをどんなことでもいいからネットにその想いを投稿し、多くの人々と意見を交換する。まづそこから始めることを提唱すれば、可能性が見えてくるのではないのでしょうか?
正直、「いきなり社会変革を目指す人は少ない」とは、あまり思ったことがありません。そもそも、社会変革って、なにすること?
「社会変革」はネット上で思いを共有するだけで、既に始まっていると思います。共認ができれば、あとはなし崩しに変わっていける。その社会を動かす共認形成に、参加できる。ネットの可能性は、そこにあると思います。
冷めている、敬遠される、と言われてるけど、それは本当でしょうか。実はとても熱い人たちが、たくさんいる。見え始めた可能性に向かって、動き出している人たちは、確実に存在する。
どんな人も持っている、日常生活の中でなあなあになっている息苦しい感じ。この感覚はどこからくる?これをなくすには、どうしたらいいんだろう。いい方向に向かいたい。
それを考えるために集まっている。しかも、変えられそうな可能性を確信させる投稿が、たくさんあったら。確信している人が、こんなにいるのなら。ここでびしびし感覚的に突き刺さるものがあったら、ちょっと自分も顔を出そうと思う。「わたしも・・・」って。そういう視点で社会探索している人が、このサイトに出会ったら。まず興味を惹くことは間違いないと思います。
「社会統合」から、それぞれの課題をもっと具体化したのが、「男女」「幼・少・青・壮・老」「環境」などの各会議室だと思います。「課題」が明確な分、自分の「役割」を感じやすいのでは。結局みんなの「実感」が人を呼ぶ。あきらめないで、投稿したいですね。
宮川悠子
「社会変革」はネット上で思いを共有するだけで、既に始まっていると思います。共認ができれば、あとはなし崩しに変わっていける。その社会を動かす共認形成に、参加できる。ネットの可能性は、そこにあると思います。
冷めている、敬遠される、と言われてるけど、それは本当でしょうか。実はとても熱い人たちが、たくさんいる。見え始めた可能性に向かって、動き出している人たちは、確実に存在する。
どんな人も持っている、日常生活の中でなあなあになっている息苦しい感じ。この感覚はどこからくる?これをなくすには、どうしたらいいんだろう。いい方向に向かいたい。
それを考えるために集まっている。しかも、変えられそうな可能性を確信させる投稿が、たくさんあったら。確信している人が、こんなにいるのなら。ここでびしびし感覚的に突き刺さるものがあったら、ちょっと自分も顔を出そうと思う。「わたしも・・・」って。そういう視点で社会探索している人が、このサイトに出会ったら。まず興味を惹くことは間違いないと思います。
「社会統合」から、それぞれの課題をもっと具体化したのが、「男女」「幼・少・青・壮・老」「環境」などの各会議室だと思います。「課題」が明確な分、自分の「役割」を感じやすいのでは。結局みんなの「実感」が人を呼ぶ。あきらめないで、投稿したいですね。
宮川悠子
この場への参加は社会変革の行動であり、その共通の課題意識を持った人が参加している。この場で一体感を感じるのも、なにかすっきりしそうな期待感を覚えるのも、自身が参加することによって、逃れ様の無い現実の社会の問題に正対しているという思いが多少なりともあるからだと思う。
現実の諸問題を見てみぬ振りをするのにも疲弊し、そのことに気付いている人も存外多いような気がするが、参加者を広げる際には闇雲にではなく課題を共有することが重要なのだと改めて感じた。
柳瀬尚弘
現実の諸問題を見てみぬ振りをするのにも疲弊し、そのことに気付いている人も存外多いような気がするが、参加者を広げる際には闇雲にではなく課題を共有することが重要なのだと改めて感じた。
柳瀬尚弘
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