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自我・私権やそれを正当化した規範観念や価値観念は肉体的に(=自我回路や共認回路で)感応するのに、危機・課題は観念によってしか(超肉体的=超感応回路的にしか)認識できない。この感応回路と観念回路の認識位相の違いが、パラダイム転換を超困難にしている直接の理由である。

●性権力支配や精神破壊に対しては、旧規範が危機を感応する。しかし、それは近代市場に裏打ちされた価値観念(恋愛・自由・個人etc)VS残存する旧社会の私権規範の闘いなので、危機を叫んでも敗北してゆくだけである。

●経済破局や環境破壊の危機は、数字や構造認識(つまりは観念)によってしか把握できない。もちろん観念で把握しても危機回路は作動するが、その前提をなすのが既成観念なので、結局、支配観念に絡め取られて突破できずに終るor専門家(統合階級)に委ねられて終う。

しかも、私権が衰弱して生命力を失った(かつ現実からズレた)既成観念はとことん捨象されてゆく。観念自体が(上記の構造認識はもちろん、標語化した価値観念さえ)生命力を失って捨象されてゆく以上、観念によってしか把握できない危機・課題が流産してゆくのは必然である。

観念が捨象されてゆくのは、貧困や抑圧の消滅によって旧観念が単に輝きを失ったからというだけではない。現実に、(特に仲間関係では)本源充足の可能性が開かれた以上、その可能性の実践的な模索に収束するのが当然で、その代償観念にすぎない感応観念(価値観念や規範観念)はもはや無用となったのである。
従って、今後、代償物にすぎない様な感応観念が新しく登場してくることは、もはや無いだろう。


四方勢至
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経済破局にせよ、精神破壊にせよ、環境破壊にせよ、それらの危機は全て観念によって把握された危機であって、(現段階では未だ)本能を直撃する様な危機ではない。
同様に統合不全も、つきつめれば答えが見つからないという観念統合の不全である。また、社会統合を担うのも観念であり、生存圧力を脱した現代の社会統合とは、観念統合に他ならない。

つまり、生存圧力を脱した現代においては、危機意識も統合不全も社会統合も、全ては観念機能に委ねられており、全てのカギは観念内容が握っている。
もちろん、共認不全も統合不全も間違いなく実在する。しかし、それらの課題に応えるべき観念機能が、大学とメディアによる共認支配=観念支配によって機能不全に陥り、全く答えを出せないとしたら、不全⇒解脱回路が危機と課題を捨象して解脱収束するのは必然である。
そして、危機と課題を捨象すれば、適応本能が充足や安定や調和に収束するのも必然である。その結果、ますます不全が増大し、しかも不全が増大すればするほどますます安定・調和・統合を求めて、形骸化した支配観念に表層収束することになる。
こうして人類は、出口のない(滅亡を待つしかない)袋小路に閉じ込められて終った。

注:不全⇒解脱回路および共認機能・観念機能については『実現論』第一部・前史の
「二:サル時代の同類闘争と共認機能」(実現論1_4_00)および
「へ:人類・極限時代の観念機能」(実現論1_6_00)
を参照して下さい。



四方勢至
潜在思念の方が観念より流動的。
だから、潜在思念の方が先に変わる。
それに影響されて現実には行動するし感じる。
という事は、観念より現実の方が先行しているという事。

だから、変えていかなきゃいけないのは常に観念なんだと思います。

>潜在思念を紡ぎだすためには、身の回りの人間関係を否定するのではなく、むしろ日々関わり合う必要があります。家庭、学校、職場といった生活のありとあらゆる場面で潜在思念をつかって思考することは、この閉塞感を打破するのに必要な過程でしょう。

頭を切り替えて対象を見直せってことですね。
経験上、るいネットを広める対象基準として、「頭を切り替えるのが早い人」っていうのはけっこう的を得てると思います。


西知子
>頭でわかっていても体がわかっていない。体感できないからだ。
>「課題捨象の充足志向」から一歩抜け出すためには、日々の生活のなかでの実感のこもった課題をこなしていくしかないと思い、そのきっかけとなる言葉を求め、るいネットに投稿しロムっている次第であります。(17833:清水さん)

早く、次々試行錯誤しながら実践していった方がいいと思うな。清水さんみたいに。それが体得してゆくってことだと私は思う。

だから用意された練習場は要らない。実践で使えるヒント(認識)が欲しい。
“るいネット”でしか(他の場や自分では)出来ないなぁと思うのは、その認識そのものを作り出すという課題だけかもしれない。

なら、投稿で新しい言葉を紡ぎ出す事と、新しい認識を広めること以外に、行動って必要なんだろか?

西知子
>異端視やネクラ視を生み出しているのは、そのような課題捨象の充足志向ではないだろうか

 若者だけに限らず大人の世代も含めて、現代社会においてはこのような傾向がよく見受けられます。戦後からバブル崩壊まで、日本はずっと経済的に豊かになっていきましたが、それとリンクするかのように、『今のステータスを保ちたい』もしくは『この生活が当たり前でありたい』という現状維持の欲求によって、リスクを負って世の中(自分自身)を変えていくという問題を避けてきた結果ではないかと思います。

 そして、これ以上物質的豊かさが見つからなくなったとたんに、皆が右を向いたり左を向いたり、周りのことが気になりだしたことが『外れたくない』という意識を生み出したのだと思います。つまり、豊かになることが充足ではなくなり、皆と同じであることが大事という価値感の変化によって、『現実を客観的に見る』ことすら課題ではなくなってしまったのではないでしょうか。

 そうなると『現実を客観的に見る』人が、その麻薬的な充足空間を脅かすような発言をすることは、即座に異端視されてもおかしくありません。麻薬的充足空間から抜け出し、『今を知ることの大切さを教えてくれる場』そして『現実(=客観的事実)をキャッチできる場』をもう一度作り出すことが大切だと思うし、なによりその現実を教えてくれる場として「るいネット」が機能してゆけばと感じます。




木村友昭
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