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その基本的な答え=実現基盤は、既に実現論4_1_07実現論4_1_08『人類500万年のパラダイム転換』に示されている。生存圧力から同類圧力への大転換が、それである。(注:同類圧力とは、人々の課題共認や規範共認や評価共認が生み出す共認圧力であるが、その最先端は常に同類闘争の圧力へと収束してゆく。)
人類は、既に物的な生存圧力から脱却した以上、生存圧力を背景とする同類闘争(掠奪闘争や私権闘争)から、同類圧力を背景とする同類闘争へと脱皮するしかない。その新しい同類闘争こそ、この社会統合板で1~2ヶ月前に明らかにされた新しい潮流、即ち人々の外向収束(社会収束)⇒認識収束が生み出す認識闘争(評価競争)である。
つまり人類は今、史上はじめて、人類本来の共認機能に基づく共認闘争によって掠奪闘争や私権闘争を止揚し、社会を再統合し直す段階に来たと云えるだろう。

それでは次に、その認識闘争の場が、どのようにして国家と市場を超えてゆくのかを見てみよう。その為には、いったん国家と市場の成り立ちとその統合限界を押さえ直しておく必要がある。

四方勢至
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共認がリサイクルにおかれている限り、社会や制度を変えることは出来ないのではないのでしょうか?

つまり、リサイクル(例えばペットボトルをリサイクルしてTシャツを作る→Tシャツを再度リサイクルして別のものにする活動)を共認しそこに可能性収束し続けても、社会は今までと変わらず缶やペットボトルを製造しつづけ、環境を破壊しつづけることには変わりないと思うのです。

>そこで、最も重要なのは、絶えず新しい認識を紡ぎ出し、人々の共認内容(意識)を変えてゆくことである(新しい認識さえ共認されてゆけば、それに応じて制度etcを変えてゆくのは簡単である)。(21496)

本当に社会や制度を変えるのなら、ペットボトルや缶を「不必要なもの」として共認すればいいわけです。

>買い物袋を持参すれば、割引されたりポイントが加算されるスーパーがありますが、それとよく似た発想で、ペットボトルを持参しそのまま商品を注ぎ入れる量り売りを行えば、ゴミが大きく削減でき、その上安くで商品を手に入れることが可能になります。(29812)

前回私が投稿したものですが、意外にここにヒントがありました。
企業は消費者のニーズに応えようと働くのですから、消費者が量り売りを共認したら、企業はこのニーズを汲み取り、缶やペットボトルを「不必要なもの」とするきっかけになるのではないかと思うのです。

リサイクル発(企業発)ではなく、ここ(私達=社会全体)に共認の場を置いてみてはいかがでしょうか。

田宮礼子
リサイクルへの疑問と情報開示・共認の必要性についての提起されている点、私もその通りだと思います。

リサイクルは環境問題への一つのアプローチ手法です。リサイクルでも節約でも、一つ一つの手法から考えると、なかなか組みたてができないですね。ひどい例では一つの手法にこだわり、それが共認されない苛立ちから排他的になる環境運動の例もあります。もっと何か社会の根本の変化に対応した発想の組み直しがいるのではないか?こんな予感がします。

 環境破壊に直面して、(リサイクルも含めて)本当にやらなくてはならない事は何なのか?期待されている事は何なのか?と考えてしまいます。
でも考え方を替えて、ひょっとしたら、こう考える事自体が、皆の期待そのものではないか?
皆も私も同じように「考え方」を期待し合っているのではないか?そしてこれに応える事は、もっとも深い充足(手応え)をもたらす可能性がある。
だとしたら、共に「考え方」を期待し合い応えあう場の形成という課題が、最も先端の運動方針であるはずです。

実際に環境サークルなどで、行動した時の充足というのもあるのですが、その時でも、運動に収束するより、共認に収束しているのが主だと思います。たとえば、リサイクルをやって、その行動だけで環境破壊を食い止める事を実感する事はほぼ不可能です。どうしているかと言えば、サークルの仲間(やマスコミ)が形成している共認を手掛かりにしてなんとか実感につなげているのが実態だと思います。皆が良しとしている行動をとる事で手応えを得ているという感じです。ただしサークルやマスコミの枠内の共認では、「本当に答えになっている」という実感までは得られない限界があるようです。

サークルは実際に人に出会い実感を共にする良さがあるし、マスコミは一気に情報を広める時には有効です。しかし本当に皆が求める認識の場は無かった。リサイクルを始めとした環境運動が共認の軸上に乗るのかどうかは、考え方を期待し合い応え合う場の形成(そして共認の形成)に懸かっていると思うのです。




田村正道
しばらくみなさんの投稿を拝見していましたが、中でも『お金の使い方』に着目した玉川さんの投稿29283は、何でもないことの様で実は、答えへの重要なカギを秘めた(例えば、環境問題に対する最終解答になり得る可能性を秘めている)極めて重要な視点ではないかと思われます。
一方、その前後から、お金の持つ『万人に認められた評価指標』としての機能or可能性に注目した投稿が続いてきた(そして今も続いている)訳ですが、私はその視点だけでは答えに肉迫することができないと思います。
例えば、お金は現在すでに第二義的な価値しか持っていませんが、その様に既に最先端価値ではなくなった(あるいは、今後ますます衰弱してゆく)『評価指標』が、新しい認識闘争⇒評価闘争の場である認識形成サイトの『評価指標』になるとは考えられません。
なぜなら、認識形成の場は、人々の最先端の外向収束⇒認識収束を結実させた全く新しいまつり場であり、それは人々の最先端の可能性収束の場であるが故に、同時に、人々の最大の活力源となる筈の場だからです。
新しい場には、それに相応しい『評価指標』がある筈で(例えば、秀作・佳作・掲載・非掲載やそれを数値化した投稿ポイント、あるいは序列化された投稿資格etcも、その様な評価指標の一つです)、敢えて古い評価指標であるお金を使う根拠が、皆さんの投稿からは見えてきません。

その根拠を考える為には、もっと大きな(or深い)視点が必要になると思われます。『認識形成の場』が提起された原点に戻って考える時、最終的に問われてくるのは、新しい社会統合機構の中核となるべき認識形成サイトは、旧体制(つまり、国家と市場)を超えることが出来るのかという問題でしょう(当然、その中に、新しい社会はお金を超えることが出来るのかという問題も含まれています)。
そして、この問いに答えるには、既に実現論1_1_00『可能性への収束=統合』で明示されている、「新しい状況に適応すべく生み出された最先端の機能の下に全ての古い機能が収束することによって、全体が統合される」という最先端適応or最先端統合の論理が不可欠になると思われます。
ただ、適応論・統合論だけでは抽象的すぎてピンとこない方が多いでしょうから、改めて具体的に原始集団、国家、市場の夫々の適応原理(=統合原理)を押さえ直しつつ、認識形成の場(=まつり場)を中軸とする新しい社会統合機構がどの様にして古い体制(国家と市場)を超えてゆくのか(=その実現基盤は何か)を明らかにしてゆきたいと思います。
これは、実現論が本当に現実を切ることのできる認識であるかどうかが試される正念場となるでしょう。と同時に、この問いに答えることは、実現論全体を(大枠ですが)塗り替えることにもなると思われます。

四方勢至 

さて、長くなったがここまでみてきたことを簡単にまとめれば、

環境問題とは、
①私達普通の人は、心ではすでに、答えをもたない一部の統合階級には任せることのできない問題であることを自覚している。
②今や私達は積極的にこの問題にかかわっていきたいという社会不全が蓄積している。
③ほぼ必然的に単なる自然科学的な次元や要素技術的な次元の問題を越えることになる。
④個人や限られた集団の私的問題(私権不全)に還元される問題ではなく、社会統合上の問題(社会不全)である。

このことを踏まえれば、おのずと求められるのは、個人や限られた集団を超えた社会を対象とした問題を考えることができる“構造認識”と“場”である。
そのように考えれば、やはり環境問題は、社会不全から認識収束を促す問題であろう。

そして、私達は協働で真面目に考えることができる認識形成サイト「るいネット」という場を得た。
では、今後この中でどのように環境を考えていけばいいのだろうか。

このサイトの環境・農業など各会議室も結局は社会統合上の課題に還元されるテーマであると思う。そのことを念頭におき、“環境なりの各会議室”という要素群と“新たな統合NW”という統合軸との関係、つまり要素群により統合軸を補完するという構造ではないだろうか。

このことを踏まえれば、「環境・農業」の会議室で、例えば狂牛病の問題、オゾン層破壊の問題などの時事問題を扱いその本質的中身を追及するということも一つの重要なテーマかもしれない。

要は、問題ばかりでなく充足を感じさせるようなものも含め、今現実に起こっているいろいろな環境に関する諸現象を、社会統合上の中身に還元できるようにみんなで議論すればいいのだと思う。
そのように私もかかわっていきたい。
麻丘東出 
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