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2008年、千年紀で浮かれ活況を呈する源氏本出版の波の中にあって、年末に出版された「記憶の中の源氏物語」という分厚い書物は、読み応え十分で、まさに真打登場にふさわしい内容に映った。
何よりも新鮮だったのは、その視点、切り口。
多くの解説本が、源氏物語が書かれた時代や、作者をとりまく背景、物語を貫く主題や登場人物のひとりひとりを丹念に拾い上げたものだったのに対し、そういうもの(主観的な思い)とは全く無縁の、受け手側、権力者側に立った通史だった。
ちょうど日本史の勉強を始めたところだったわたしの読後感は、
「文学、侮り難し」。
その思いを熟成させるのに半年要したが、今回、再度読み返してみて、あらためて気づいたことがある。
それまで、天皇や上皇、摂政・関白や将軍といった、最上流の特権階級によってのみ担われ、受け継がれてきた「源氏物語」の読みを、地方や大衆に広げるという一条兼良の英断の背景には、貴族階級は滅ぶのではないか?という時代のすう勢に対する危機感と、本能を直撃する窮乏がある。そして、であるがゆえに芽生えた強烈な共認欠乏がある、と思う。
菅原道真以来の逸材といわれた兼良が察した切迫感は、るいネットで学んできた現在のわれわれが抱く感覚に近いのではないだろうか?
そして、書物=観念は、中身=共認内容をひろめてこそ価値がある、ということを体得していた田舎大名大内政弘や、流通(≒媒体)を担った宗祇は、なんで屋という運動体のあり方と酷似していないか?
そのような思いを抱いた。
この本は、さらに戦国時代~江戸時代~明治~戦後を源氏物語を通して概観していくが、以降の紹介は、別の機会とする。
最後に、冒頭の作者の問題意識と、それに対する一旦の回答を引用しておく。
>なぜ、源氏物語が千年にわたって読み続けられてきたかを問うことは、なぜ、天皇制が実権を失った後まで維持されてきたかを問うことに他ならない。
>源氏物語は文化的王者の印である。武力による勝敗が一時の勢いを示すのに対して、文化の力は持続と伝統の点で勝っている。日本の天皇家が数々の有為転変を生き抜いて、したたかに生き延びてきた原因は、文化の担い手を常に標榜してきたことにある。うたの伝統と源氏の権威は天皇家として長く受け継がれたのである。
要するに、筆者は、今日まで天皇制が続いたのは、政治や武力といった統合力(男原理)とは全く別次元の、文化(女原理?)という位相でこの国を牽引してきたからだ、と結論づけている。
日本史を勉強する上で、天皇制の問題は避けて通れない。ここでの結論に対する正否については、今後、さらに歴史を探求する中で検証し、塗り重ねていきたい。
以上、すべての引用・参考文献:三田村雅子著「記憶の中の源氏物語」
阿部佳容子
何よりも新鮮だったのは、その視点、切り口。
多くの解説本が、源氏物語が書かれた時代や、作者をとりまく背景、物語を貫く主題や登場人物のひとりひとりを丹念に拾い上げたものだったのに対し、そういうもの(主観的な思い)とは全く無縁の、受け手側、権力者側に立った通史だった。
ちょうど日本史の勉強を始めたところだったわたしの読後感は、
「文学、侮り難し」。
その思いを熟成させるのに半年要したが、今回、再度読み返してみて、あらためて気づいたことがある。
それまで、天皇や上皇、摂政・関白や将軍といった、最上流の特権階級によってのみ担われ、受け継がれてきた「源氏物語」の読みを、地方や大衆に広げるという一条兼良の英断の背景には、貴族階級は滅ぶのではないか?という時代のすう勢に対する危機感と、本能を直撃する窮乏がある。そして、であるがゆえに芽生えた強烈な共認欠乏がある、と思う。
菅原道真以来の逸材といわれた兼良が察した切迫感は、るいネットで学んできた現在のわれわれが抱く感覚に近いのではないだろうか?
そして、書物=観念は、中身=共認内容をひろめてこそ価値がある、ということを体得していた田舎大名大内政弘や、流通(≒媒体)を担った宗祇は、なんで屋という運動体のあり方と酷似していないか?
そのような思いを抱いた。
この本は、さらに戦国時代~江戸時代~明治~戦後を源氏物語を通して概観していくが、以降の紹介は、別の機会とする。
最後に、冒頭の作者の問題意識と、それに対する一旦の回答を引用しておく。
>なぜ、源氏物語が千年にわたって読み続けられてきたかを問うことは、なぜ、天皇制が実権を失った後まで維持されてきたかを問うことに他ならない。
>源氏物語は文化的王者の印である。武力による勝敗が一時の勢いを示すのに対して、文化の力は持続と伝統の点で勝っている。日本の天皇家が数々の有為転変を生き抜いて、したたかに生き延びてきた原因は、文化の担い手を常に標榜してきたことにある。うたの伝統と源氏の権威は天皇家として長く受け継がれたのである。
要するに、筆者は、今日まで天皇制が続いたのは、政治や武力といった統合力(男原理)とは全く別次元の、文化(女原理?)という位相でこの国を牽引してきたからだ、と結論づけている。
日本史を勉強する上で、天皇制の問題は避けて通れない。ここでの結論に対する正否については、今後、さらに歴史を探求する中で検証し、塗り重ねていきたい。
以上、すべての引用・参考文献:三田村雅子著「記憶の中の源氏物語」
阿部佳容子
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るいネットには史論版というカテゴリーがある。
このカテゴリーに投稿している人たちは、単に過去の歴史に学ぶという目的だけではなく、そこから新たな答えの可能性の芽を発掘していくという役割を担っている。
現在の状況は未曾有の経済不況というだけでなく、大きな歴史的視点で見れば貧困の消滅によって私権社会を形作ってきた統合原理である私権原理が崩壊し、残存している私権制度や私権の枠組みが空転し社会が大混乱期に突入しようとしている。
いたずらに変革を訴えたり、基礎理論や歴史認識がないまま制度や体制を変えていくことは長い目で見れば混乱期を長期化し、さらには何が間違っているかさえ気が付かない状況に陥っていく。日本人とは何か?日本人の基盤となっている縄文時代とは何だったのか?
長い1万年の歴史は何を醸成したのか?そこが基礎理論の補強やヒントにならないか、それが縄文を追求する基盤にある。
翻って、私たちは縄文時代を学び、そこから何を見出していくか、仲間たちと改めて考えてみた。
縄文時代とは始まりは諸説があるが1万2千年前を創期として、2千年前まで約1万年間続いた世界でも類を見ない期間の長さである。もちろん時代と名前を付けさえすれば他の未開発地域でも1万年以上の時代はあったという事はできるのだが、弥生時代に別の地域の高度な文化が入ってきて、新しい文化に取り込まれずに吸収して取り入れていった事実を見れば、縄文時代が他の未開発地域の水準とは明らかに異なる次元のものであった事が推測される。同時に日本人は外圧に応じて常に新しいものを古い主体に塗り重ねながら本質的な部分を残存して今日まで至っている稀有な民族である。どのように塗り重ねてきたのか、何を残してきたのか、縄文時代ー弥生時代ー奈良時代と変化ではなくつながりを意識して歴史を読み解いていく事が重要に思う。
縄文時代についてこれまでたくさんの投稿がなされてきたが、未だすっきりしない部分を上げてみた。
1)500人超えの縄文最大集落であった三内丸山遺跡はなぜ消滅したのか?消滅した後、集落民はどこへ行ったのか。諸説の紹介と、仮説の展開が求められる。
2)縄文時代1万年を単一時代と捉えてよいのか?縄文早期から晩期にかけて何が変わらずに塗り重ねられ、何が代わって行ったのか?
3)弥生時代に祖霊信仰に変質した縄文人の最大の特徴である精霊信仰(アニミズム)とは始原人類のそれとどのように異なるのか?異なっていないのか?
それを繋ぎとめてきた最大の要因とは何か?
4)縄文時代になぜ農業が発達するにいたらなかったのか?学者の説である農業を敢えて取り入れなかったというのは果たして妥当な説なのか?
5)縄文時代は総じて豊かな時代と言われながら人口が常に変動し最大でも30万人程度にしかならなかったのはなぜか?4)の疑問と合わせて農業を取り入れなかったことと人口が増加しなかった事、その基盤にアニミズムがあることなどを重ね合わせて考えてみたい。
6)東と西の縄文文化が晩期に大きな差が生じていったのは気候の問題だけなのか?
西日本で変化が始まり、農業を受け入れていったのはどのような経過をたどったのか?縄文時代の東と西は何が決定的に違ったのか?
7)縄文時代晩期にはすでに言語学的には日本祖語ができていたと言われているが、東北地方から九州まで同一の言語地域にあったとすれば、その間の日本人の地域間の流動性、交流度合いはどうだったのか?⇒どのようにして共通化していったのか?
上記の課題をイメージしながら、これまでのるいネットの投稿、ブログ「縄文と古代文明を探求しよう」、「知られざる人類婚姻史と共同体社会」から有効な投稿をピックアップ、再整理し、さらに既存の書籍を洗い出し、できる処から仮説を組み立てていきたいと思います。
田野健
このカテゴリーに投稿している人たちは、単に過去の歴史に学ぶという目的だけではなく、そこから新たな答えの可能性の芽を発掘していくという役割を担っている。
現在の状況は未曾有の経済不況というだけでなく、大きな歴史的視点で見れば貧困の消滅によって私権社会を形作ってきた統合原理である私権原理が崩壊し、残存している私権制度や私権の枠組みが空転し社会が大混乱期に突入しようとしている。
いたずらに変革を訴えたり、基礎理論や歴史認識がないまま制度や体制を変えていくことは長い目で見れば混乱期を長期化し、さらには何が間違っているかさえ気が付かない状況に陥っていく。日本人とは何か?日本人の基盤となっている縄文時代とは何だったのか?
長い1万年の歴史は何を醸成したのか?そこが基礎理論の補強やヒントにならないか、それが縄文を追求する基盤にある。
翻って、私たちは縄文時代を学び、そこから何を見出していくか、仲間たちと改めて考えてみた。
縄文時代とは始まりは諸説があるが1万2千年前を創期として、2千年前まで約1万年間続いた世界でも類を見ない期間の長さである。もちろん時代と名前を付けさえすれば他の未開発地域でも1万年以上の時代はあったという事はできるのだが、弥生時代に別の地域の高度な文化が入ってきて、新しい文化に取り込まれずに吸収して取り入れていった事実を見れば、縄文時代が他の未開発地域の水準とは明らかに異なる次元のものであった事が推測される。同時に日本人は外圧に応じて常に新しいものを古い主体に塗り重ねながら本質的な部分を残存して今日まで至っている稀有な民族である。どのように塗り重ねてきたのか、何を残してきたのか、縄文時代ー弥生時代ー奈良時代と変化ではなくつながりを意識して歴史を読み解いていく事が重要に思う。
縄文時代についてこれまでたくさんの投稿がなされてきたが、未だすっきりしない部分を上げてみた。
1)500人超えの縄文最大集落であった三内丸山遺跡はなぜ消滅したのか?消滅した後、集落民はどこへ行ったのか。諸説の紹介と、仮説の展開が求められる。
2)縄文時代1万年を単一時代と捉えてよいのか?縄文早期から晩期にかけて何が変わらずに塗り重ねられ、何が代わって行ったのか?
3)弥生時代に祖霊信仰に変質した縄文人の最大の特徴である精霊信仰(アニミズム)とは始原人類のそれとどのように異なるのか?異なっていないのか?
それを繋ぎとめてきた最大の要因とは何か?
4)縄文時代になぜ農業が発達するにいたらなかったのか?学者の説である農業を敢えて取り入れなかったというのは果たして妥当な説なのか?
5)縄文時代は総じて豊かな時代と言われながら人口が常に変動し最大でも30万人程度にしかならなかったのはなぜか?4)の疑問と合わせて農業を取り入れなかったことと人口が増加しなかった事、その基盤にアニミズムがあることなどを重ね合わせて考えてみたい。
6)東と西の縄文文化が晩期に大きな差が生じていったのは気候の問題だけなのか?
西日本で変化が始まり、農業を受け入れていったのはどのような経過をたどったのか?縄文時代の東と西は何が決定的に違ったのか?
7)縄文時代晩期にはすでに言語学的には日本祖語ができていたと言われているが、東北地方から九州まで同一の言語地域にあったとすれば、その間の日本人の地域間の流動性、交流度合いはどうだったのか?⇒どのようにして共通化していったのか?
上記の課題をイメージしながら、これまでのるいネットの投稿、ブログ「縄文と古代文明を探求しよう」、「知られざる人類婚姻史と共同体社会」から有効な投稿をピックアップ、再整理し、さらに既存の書籍を洗い出し、できる処から仮説を組み立てていきたいと思います。
田野健
先日、企業経営者が集まり、開催している勉強会で講演をさせていただいた。経営者が中心ということで、るいグループの共同体経営についてが中心となったが、社会事業の位置付け等についてもお話をさせていただいた。
■内容
①共同体企業るいグループの経営理念と取り組み
・なぜ共同体経営を始めたのか
・共同体経営とは
・共同体経営における事実の追求
・自主管理への招待
②共同体企業るいグループの社会事業
・社会事業の位置付け
・現代の可能性と実現への壁
・なんで屋、るいネット、ネットサロン、なんでや劇場、グランドセオリー
■反応
参加者のほとんどが経営者or幹部クラスということで、非常に当事者意識が高く、反応は総じて非常に高かった。露店での反応よりもよく、質問が相次ぎ、時間が足りなくなったほど。
中でも非常に印象的だったのは、どの経営者も非常に柔軟であること。その反応や表情からは、日常的に社会問題や人材育成などを真剣に考えている様子が窺え、自らの会社経営のヒントを探ろうと、非常に真剣に聞いてくれた。
反応の中での気付きは、
・類の「常識」は他企業にとっては一見、「理想論」
るいグループのメンバーにとっては日常的に共同体の中で日々共認形成を図っているため、例えば、「共認統合」というものが感覚レベルで理解できるが、それは他企業の人にとっては、ほとんど体感したことのない感覚。そのため、言葉だけでは「理想論」や「夢」のようにさえ感じられる。そこに対しては、そうした方法論に至った経緯やその中での実感を質疑も交えて伝えることではじめて伝わる。
(今回も、経営者の一人が「言葉を聞いたときに、あまりに自分の経験してきた仕組みや感覚と違うので、最初はポカーンとしてしまいました(笑)」と語ってくれた。だが、この方もやり取りを通じて、非常に真剣に聞いてくださった。)
・合議制が成立するのは社員全員が社会を対象化しているからこそ
合議制は自らの利益を第一に考える成員がいる限り、成立しない。だから結局は民主主義とは言っても「多数決」とするしかない。(この前提が共同体経営を「理想論」にしてしまっている。)この、社員全員が社会のことを真剣に考えている、という状態も他企業の人には想像しづらく、社会事業への取り組みや私権原理から共認原理への転換などを事例も含めて伝えることではじめてその状態が伝わる。
その他、反応が高かった話は、
・全員株主、全員取締役
・資金を銀行から借りずに社員から借りている
・社内板等を通じた評価形成
・ネットサロン等の社外の人も巻き込んだ共認形成
等。
講演会の後に開催された懇親会でも、社会状況や社員の当事者意識を醸成する方法など、終始建設的な議論や意見の交換が行われており、時にはお互いに対する叱咤激励が交わされるなど、いい場が形成されていると感じた。
参加させていただいた感覚としては、現在が経済的にも意識潮流的にも大転換期に当たることは日々の仕事・生活の中で実感しておられ、その中での可能性を日々探索しているということ。逆に言えば、そうしなければ生き残っていけないというほどの強い外圧を感じられているということ。
また、その中での関心事の中心は、「社員の活力を如何に引き上げるか」ということにあるように感じた。だからこそ、私権原理から共認原理への転換という認識もすんなりと受け容れていたし、共同体経営というあり方についても、可能性を感じていただけたのだと思う。つまり、共同体経営をしていくだけの実現基盤は既にかなり整いつつあるのではないか。
もうひとつ強く感じたのは、やはり実現思考が非常に強いということ。常に何か活かせないか、自分にどういったことができるかという視点で考えておられ、だからこそ柔軟性が生まれているのだと感じた。
dou
■内容
①共同体企業るいグループの経営理念と取り組み
・なぜ共同体経営を始めたのか
・共同体経営とは
・共同体経営における事実の追求
・自主管理への招待
②共同体企業るいグループの社会事業
・社会事業の位置付け
・現代の可能性と実現への壁
・なんで屋、るいネット、ネットサロン、なんでや劇場、グランドセオリー
■反応
参加者のほとんどが経営者or幹部クラスということで、非常に当事者意識が高く、反応は総じて非常に高かった。露店での反応よりもよく、質問が相次ぎ、時間が足りなくなったほど。
中でも非常に印象的だったのは、どの経営者も非常に柔軟であること。その反応や表情からは、日常的に社会問題や人材育成などを真剣に考えている様子が窺え、自らの会社経営のヒントを探ろうと、非常に真剣に聞いてくれた。
反応の中での気付きは、
・類の「常識」は他企業にとっては一見、「理想論」
るいグループのメンバーにとっては日常的に共同体の中で日々共認形成を図っているため、例えば、「共認統合」というものが感覚レベルで理解できるが、それは他企業の人にとっては、ほとんど体感したことのない感覚。そのため、言葉だけでは「理想論」や「夢」のようにさえ感じられる。そこに対しては、そうした方法論に至った経緯やその中での実感を質疑も交えて伝えることではじめて伝わる。
(今回も、経営者の一人が「言葉を聞いたときに、あまりに自分の経験してきた仕組みや感覚と違うので、最初はポカーンとしてしまいました(笑)」と語ってくれた。だが、この方もやり取りを通じて、非常に真剣に聞いてくださった。)
・合議制が成立するのは社員全員が社会を対象化しているからこそ
合議制は自らの利益を第一に考える成員がいる限り、成立しない。だから結局は民主主義とは言っても「多数決」とするしかない。(この前提が共同体経営を「理想論」にしてしまっている。)この、社員全員が社会のことを真剣に考えている、という状態も他企業の人には想像しづらく、社会事業への取り組みや私権原理から共認原理への転換などを事例も含めて伝えることではじめてその状態が伝わる。
その他、反応が高かった話は、
・全員株主、全員取締役
・資金を銀行から借りずに社員から借りている
・社内板等を通じた評価形成
・ネットサロン等の社外の人も巻き込んだ共認形成
等。
講演会の後に開催された懇親会でも、社会状況や社員の当事者意識を醸成する方法など、終始建設的な議論や意見の交換が行われており、時にはお互いに対する叱咤激励が交わされるなど、いい場が形成されていると感じた。
参加させていただいた感覚としては、現在が経済的にも意識潮流的にも大転換期に当たることは日々の仕事・生活の中で実感しておられ、その中での可能性を日々探索しているということ。逆に言えば、そうしなければ生き残っていけないというほどの強い外圧を感じられているということ。
また、その中での関心事の中心は、「社員の活力を如何に引き上げるか」ということにあるように感じた。だからこそ、私権原理から共認原理への転換という認識もすんなりと受け容れていたし、共同体経営というあり方についても、可能性を感じていただけたのだと思う。つまり、共同体経営をしていくだけの実現基盤は既にかなり整いつつあるのではないか。
もうひとつ強く感じたのは、やはり実現思考が非常に強いということ。常に何か活かせないか、自分にどういったことができるかという視点で考えておられ、だからこそ柔軟性が生まれているのだと感じた。
dou
>一般に危機状況では、危機を突破しようとする意識的な実現志向が強く生起するが、その実現可能性は小さい。他方、充足状況では、無意識に近い弱い実現志向しか生起しないが、その実現可能性は大きい。
豊かさが実現され、生存圧力が弛緩すると、闘争の実現可能性よりも充足の実現可能性の方が大きいので、人々がそちらに向う結果、闘争よりも充足の方が価値が高くなる。213622
この事に関して、サロンの場で小さなお子さんのいる方が「こどもの遊び」を例に出したとても興味深い話をしてくれました。
こども達は、放って置いても皆で勝手に新しい遊びやルールを発明してしまう。その発想はとても柔軟で創造性に富んでいます。
別にこども達は、今のルールや遊びに対する不平不満があるという訳ではなく、純粋に「こっちの方が面白い」「こっちの方がみんなが楽しめそう」という充足可能性でもってどんどん発想の枠を広げて行くのだそうです。
私たちは、小学生の頃から、課題に対して「突破する」「克服する」といった言葉に代表される様に、自らの否定発、不全発のエネルギーが実現の原動力となるかのような教育を受けてきました。
「充足発の実現思考」と言われてもその具体的なイメージが湧いてこない、そしてこの意識転換は非常に難しい、と思う人も多いと思います。
しかし立ち止まって見てみればこうした「こどもの遊び」はその典型です。これは私権観念に染まっていなければ人間は誰でも充足発の実現思考に無意識に向かうことが出来る事を示しているのだと思います。
そして私たちも、依るべき私権観念が衰弱した今ならば、充足発の実現思考に転換できる可能性は大いにある事を表しているのではないでしょうか。
山田孝治
豊かさが実現され、生存圧力が弛緩すると、闘争の実現可能性よりも充足の実現可能性の方が大きいので、人々がそちらに向う結果、闘争よりも充足の方が価値が高くなる。213622
この事に関して、サロンの場で小さなお子さんのいる方が「こどもの遊び」を例に出したとても興味深い話をしてくれました。
こども達は、放って置いても皆で勝手に新しい遊びやルールを発明してしまう。その発想はとても柔軟で創造性に富んでいます。
別にこども達は、今のルールや遊びに対する不平不満があるという訳ではなく、純粋に「こっちの方が面白い」「こっちの方がみんなが楽しめそう」という充足可能性でもってどんどん発想の枠を広げて行くのだそうです。
私たちは、小学生の頃から、課題に対して「突破する」「克服する」といった言葉に代表される様に、自らの否定発、不全発のエネルギーが実現の原動力となるかのような教育を受けてきました。
「充足発の実現思考」と言われてもその具体的なイメージが湧いてこない、そしてこの意識転換は非常に難しい、と思う人も多いと思います。
しかし立ち止まって見てみればこうした「こどもの遊び」はその典型です。これは私権観念に染まっていなければ人間は誰でも充足発の実現思考に無意識に向かうことが出来る事を示しているのだと思います。
そして私たちも、依るべき私権観念が衰弱した今ならば、充足発の実現思考に転換できる可能性は大いにある事を表しているのではないでしょうか。
山田孝治
日本のマスコミは、本当におかしいと国民はすでに気づいてしまった。もしかしたら、国民から捨てられつつあるのではないかという恐怖心に、今、大新聞・大テレビの幹部たちは、襲われつつある。
今日のぼやき(リンク )より
==================================================================
しかし、官僚たちと、それから、テレビ5社・新聞5社の、電通(でんつう)の子分の、許すまじき、アメリカの手先どものこれまでの、永年の悪業の数々は、許すべきではない。 田原総一朗(たはらそういちろう) を筆頭にして、本当に、打ち首にすべきである。
このあとに載せる、獄中の植草一秀氏から、私に昨日の午後、入った連絡で 「 ②酒井法子氏の報道ばかりで、2005年と比べて圧倒的に少ない選挙報道」という指摘がある。
本当にそうだ。テレビ、新聞が、選挙報道を、ほとんどしない。NHKを含めて、奇妙なほどに選挙報道をしない。 自分たちが、これまで、ずっと、自民党寄り、アメリカの手先ぶり、大企業寄り、残酷な金融資本の太鼓( たいこ)持ちをずっとやってきたからだ。彼らの内心の忸怩(じくじ)は、急激に起こった。「自分たちは、もしかしたら、国民から捨てられつつあるのではないか」という恐怖心に、今、大新聞・大テレビの幹部たちは、襲われつつある。
だから、それで急に、「報道の中立、公平」に目覚めて、自分たちが、これまでやってきた、奇怪な偏向報道(アメリカの買弁報道)に、はっと気付いて、それで、「今度の選挙は、極力、報道しない。報道しないことで、自民党を支援する」という態度に出た。 そして、この、卑怯なメディアの態度も、裏目に出つつある。
国民はすでに気づいてしまった。日本のマスコミ=マスゴミは、本当におかしな、日本国民を洗脳するための道具であり、「日本国民に向けられた刃物」(評論家の森田実氏の言葉)なのだ。低劣で、愚昧極まりない、白痴お笑い番組ばかりを作って、日本国民を愚弄し続けた。 そしてだんだん見向きもされなくなっている。自業自得(じごうじとく)である。
商業メディアで私企業であることを盾にして、このあとも、彼らは、陰に陽に、民主党政権の粗さがしをして、足をひっぱり、あわよくば、スキャンダル攻撃で、倒閣させようと、目論(もくろ)むだろう。この者たちを早めに摘発して、まずネット言論で、血祭りにあげて、次々と表面化させなければいけない。
新聞・テレビも態度を急変させつつある。だが、そういう訳にはもうゆかないのだ。これまでと同じような、単純な国民洗脳(扇動、謀略)報道では、もう、民主党新政府を倒すことは出来ない。なぜなら、今度ばかりは、自分たちの暮らしをこんなにひどくした、自民党政治に怒りを覚えている日本国民が、監視しているからだ。 メディア=マスコミは、国民大衆を公然と敵に回すことは出来ない。だから、彼らも、腰砕けになりつつある。
こんなはずではなかった。と、彼らは、今、慌てふためいている。官僚たちと、メディア(マスコミ)各社の幹部たちは、本当に、「こんなはずではなかった。国民が、こんなに急に、変身(変貌)して、自分たちに立ち向かって来ようとは」と震(ふる)えている。 自分たちによる国民洗脳が、急激に、もう通用しなくなったのだ、と、8月になって、ようやく本気で気づきだしたのである。
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大西敏博
今日のぼやき(リンク )より
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しかし、官僚たちと、それから、テレビ5社・新聞5社の、電通(でんつう)の子分の、許すまじき、アメリカの手先どものこれまでの、永年の悪業の数々は、許すべきではない。 田原総一朗(たはらそういちろう) を筆頭にして、本当に、打ち首にすべきである。
このあとに載せる、獄中の植草一秀氏から、私に昨日の午後、入った連絡で 「 ②酒井法子氏の報道ばかりで、2005年と比べて圧倒的に少ない選挙報道」という指摘がある。
本当にそうだ。テレビ、新聞が、選挙報道を、ほとんどしない。NHKを含めて、奇妙なほどに選挙報道をしない。 自分たちが、これまで、ずっと、自民党寄り、アメリカの手先ぶり、大企業寄り、残酷な金融資本の太鼓( たいこ)持ちをずっとやってきたからだ。彼らの内心の忸怩(じくじ)は、急激に起こった。「自分たちは、もしかしたら、国民から捨てられつつあるのではないか」という恐怖心に、今、大新聞・大テレビの幹部たちは、襲われつつある。
だから、それで急に、「報道の中立、公平」に目覚めて、自分たちが、これまでやってきた、奇怪な偏向報道(アメリカの買弁報道)に、はっと気付いて、それで、「今度の選挙は、極力、報道しない。報道しないことで、自民党を支援する」という態度に出た。 そして、この、卑怯なメディアの態度も、裏目に出つつある。
国民はすでに気づいてしまった。日本のマスコミ=マスゴミは、本当におかしな、日本国民を洗脳するための道具であり、「日本国民に向けられた刃物」(評論家の森田実氏の言葉)なのだ。低劣で、愚昧極まりない、白痴お笑い番組ばかりを作って、日本国民を愚弄し続けた。 そしてだんだん見向きもされなくなっている。自業自得(じごうじとく)である。
商業メディアで私企業であることを盾にして、このあとも、彼らは、陰に陽に、民主党政権の粗さがしをして、足をひっぱり、あわよくば、スキャンダル攻撃で、倒閣させようと、目論(もくろ)むだろう。この者たちを早めに摘発して、まずネット言論で、血祭りにあげて、次々と表面化させなければいけない。
新聞・テレビも態度を急変させつつある。だが、そういう訳にはもうゆかないのだ。これまでと同じような、単純な国民洗脳(扇動、謀略)報道では、もう、民主党新政府を倒すことは出来ない。なぜなら、今度ばかりは、自分たちの暮らしをこんなにひどくした、自民党政治に怒りを覚えている日本国民が、監視しているからだ。 メディア=マスコミは、国民大衆を公然と敵に回すことは出来ない。だから、彼らも、腰砕けになりつつある。
こんなはずではなかった。と、彼らは、今、慌てふためいている。官僚たちと、メディア(マスコミ)各社の幹部たちは、本当に、「こんなはずではなかった。国民が、こんなに急に、変身(変貌)して、自分たちに立ち向かって来ようとは」と震(ふる)えている。 自分たちによる国民洗脳が、急激に、もう通用しなくなったのだ、と、8月になって、ようやく本気で気づきだしたのである。
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