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飲み屋でのサラリーマンの会話も変わっています。かつては、上司の悪口や愚痴・不満でした。ところが最近、友人と飲んだときのことです。友人曰く「うちの会社はこんな物を作っているが、そんなものを作って何の意味があるのか?」。気に入らない一個人の悪口ではなく、会社のあり方がおかしいという内容に変わっています。
これは、私権不全から社会不全に変わったことによる変化ですが、「社会不全⇒認識欠乏の蓄積」(24982)という言葉を知るまでは、私もサラリーマンの会話を単なる愚痴(私権不全の解消)として聞いており、その変化を感じ取ることはできませんでした。
「人々は社会に出たのだ」(40426)という言葉は、その変化を感じ取るアンテナをさらに鋭敏にしてくれる言葉です。それによって可能性の確信度合いが深まりました。先の友人も、社会不全という言葉を私が発したことで、潜在思念が触発されて、そういう話が出たのかもしれません。
普通の人々にとってネットに投稿するというのは、たしかにハードルが高いことかもしれません(10606 普通の人はなぜ発信を控えるのか)。しかし、社会不全を語ることはできる。その不全は誰しも蓄積している。私権不全を解消する場として飲み屋がありましたが、飲み屋では社会不全は解消できません。人々は社会不全を語り、その突破口を追求する場を必要としているのではないでしょうか。
冨田彰男
これは、私権不全から社会不全に変わったことによる変化ですが、「社会不全⇒認識欠乏の蓄積」(24982)という言葉を知るまでは、私もサラリーマンの会話を単なる愚痴(私権不全の解消)として聞いており、その変化を感じ取ることはできませんでした。
「人々は社会に出たのだ」(40426)という言葉は、その変化を感じ取るアンテナをさらに鋭敏にしてくれる言葉です。それによって可能性の確信度合いが深まりました。先の友人も、社会不全という言葉を私が発したことで、潜在思念が触発されて、そういう話が出たのかもしれません。
普通の人々にとってネットに投稿するというのは、たしかにハードルが高いことかもしれません(10606 普通の人はなぜ発信を控えるのか)。しかし、社会不全を語ることはできる。その不全は誰しも蓄積している。私権不全を解消する場として飲み屋がありましたが、飲み屋では社会不全は解消できません。人々は社会不全を語り、その突破口を追求する場を必要としているのではないでしょうか。
冨田彰男
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>離婚や未婚の増加も、社内告発の激増も、フリーターの急増も、学生のキャンパス離れも、引き篭もりの急増も、全ては「カタワ集団」からの離脱の動きである。
上記の例で、例えば学生のキャンパス離れは進んでいるけど、彼らが行き着く先はこの不況対策として資格の取得に走るなど、ばらばらの個人に分散するケースがほとんどだと思います。しかも、資格を取得する目的は良いと思っている企業に入るため。また、引き篭もりにしてみても、学校や会社から引き篭もるだけで、その先は家族のいる家庭だったり一人の家庭だったり。結局、「カタワ集団」から離脱したとしても、「カタワ集団」または「ばらばらの個人」へと移動を繰り返しているだけのような気がします。どこへ行っても充足できないから疲弊していくばっかり。
この「カタワ集団」と「個人」という2つの選択肢しかない行き詰まった現状を切開してゆける可能性を持っているのが、「認識仲間の集まり」だと思います。パソコンを前にネットにつないで認識形成サイトに集ったり、直接会って仲間同士で話をしたり。認識形成→社会統合という皆に共通の課題を担うことで「カタワ」であることから解放され、期待・応望の充足感を取り戻すことができるのではないでしょうか。
村上靖佳
上記の例で、例えば学生のキャンパス離れは進んでいるけど、彼らが行き着く先はこの不況対策として資格の取得に走るなど、ばらばらの個人に分散するケースがほとんどだと思います。しかも、資格を取得する目的は良いと思っている企業に入るため。また、引き篭もりにしてみても、学校や会社から引き篭もるだけで、その先は家族のいる家庭だったり一人の家庭だったり。結局、「カタワ集団」から離脱したとしても、「カタワ集団」または「ばらばらの個人」へと移動を繰り返しているだけのような気がします。どこへ行っても充足できないから疲弊していくばっかり。
この「カタワ集団」と「個人」という2つの選択肢しかない行き詰まった現状を切開してゆける可能性を持っているのが、「認識仲間の集まり」だと思います。パソコンを前にネットにつないで認識形成サイトに集ったり、直接会って仲間同士で話をしたり。認識形成→社会統合という皆に共通の課題を担うことで「カタワ」であることから解放され、期待・応望の充足感を取り戻すことができるのではないでしょうか。
村上靖佳
>「集団」に入ったのではなく、社会に出ていったのではないだろうか<
ところが、芸能人志向も起業家志向、メル友やネットでも、人々は社会に出るという意識・自覚はありません。どうしてなのでしょうか?
私権時代に人々が社会を対象化したのは、集団の利害に関わる場合だけでした。自集団の利益のために社会に要求していたのです。また、新聞の三面記事に象徴されるように、社会は私権不全から解脱するためのおしゃべりのネタでした。社会は集団の私権課題や解脱課題の対象だったのです。
私権統合の崩壊と社会不全の増大によって、人々は集団の利害を通してではなく、直接社会を対象化し始めました。今度は、社会の側から集団の在り様が問題視されるようになりました。企業の社内告発などはその顕著な例でしょう。集団の側から(集団の都合で)社会を対象化するベクトルから、社会の必要性から集団を対象化するベクトルへと、視点が逆転しています。このこと自体が、認識のパラダイム転換の現れです。潜在思念では既に集団の利害を超えて社会を対象化しようとしているのです。
ところが、社会を対象化しようとしても、そんな場がないことに気がつきます。社会のことを語る資格はマスコミや学者に独占され、しかも彼らの言葉は旧社会を正当化するための旧観念です。集団の利害を超えたところで社会の在り様(そのために人間や社会の存在構造)を追求する場も仲間も存在しませんでした。潜在思念で何かを感じても、そのことを共認する仲間と場がなければ、潜在思念も流産するのです。
このことが、潜在思念では社会を直接対象化しようとしているのに、顕在意識ではそれが自覚できない原因だと思います。逆に言うと、人々の潜在思念が求めているものは、集団の利害を超えて社会のことを追求する仲間が集まる場なのではないでしょうか。そういう場と仲間があってこそ、潜在思念も顕在化するのだと思います。
冨田彰男
ところが、芸能人志向も起業家志向、メル友やネットでも、人々は社会に出るという意識・自覚はありません。どうしてなのでしょうか?
私権時代に人々が社会を対象化したのは、集団の利害に関わる場合だけでした。自集団の利益のために社会に要求していたのです。また、新聞の三面記事に象徴されるように、社会は私権不全から解脱するためのおしゃべりのネタでした。社会は集団の私権課題や解脱課題の対象だったのです。
私権統合の崩壊と社会不全の増大によって、人々は集団の利害を通してではなく、直接社会を対象化し始めました。今度は、社会の側から集団の在り様が問題視されるようになりました。企業の社内告発などはその顕著な例でしょう。集団の側から(集団の都合で)社会を対象化するベクトルから、社会の必要性から集団を対象化するベクトルへと、視点が逆転しています。このこと自体が、認識のパラダイム転換の現れです。潜在思念では既に集団の利害を超えて社会を対象化しようとしているのです。
ところが、社会を対象化しようとしても、そんな場がないことに気がつきます。社会のことを語る資格はマスコミや学者に独占され、しかも彼らの言葉は旧社会を正当化するための旧観念です。集団の利害を超えたところで社会の在り様(そのために人間や社会の存在構造)を追求する場も仲間も存在しませんでした。潜在思念で何かを感じても、そのことを共認する仲間と場がなければ、潜在思念も流産するのです。
このことが、潜在思念では社会を直接対象化しようとしているのに、顕在意識ではそれが自覚できない原因だと思います。逆に言うと、人々の潜在思念が求めているものは、集団の利害を超えて社会のことを追求する仲間が集まる場なのではないでしょうか。そういう場と仲間があってこそ、潜在思念も顕在化するのだと思います。
冨田彰男
>重要なのは「日常的なつながりをどう維持してゆくか」であり、これまでの議論ではこの『新しい日常的つながりの様式』の追求が欠落している様に思われる。
現代の感覚では、さほどおおきな意味を感じずに、天気や季節のことをあいさつがわりにしていますが、大元をたどれば農業、漁業など生産活動にかかわるお互いの重要な共通課題について真っ先に確認しあうといった行為の名残が現代の時節のあいさつなのだと思います。
認識形成を共通の生産課題とするこれからは、さしずめ「認識の必要と勉強の進み具合について」お互いあいさつを交わす・・・といった様子に近いのかも知れません。
そしてこれからの当面の課題は、今後仲間(応援会員から協働仲間)になってもらいたいと思う人々に向けて、このようなあいさつから入れるような関係にどう結びつけてゆけるか、ということになるかと思います。
応援会員になっていただいた方への継続的なつながりの核心はやはり「認識形成のその中身」です。ただそれは新概念を一方的に紹介・説明するものではなく、自らが感じた「気付き」や学びつつある「認識構造」を相手に開きだし、相手の「気付き」のきっかけになるように「語りかけ」ることになるのではないかと思います。
通常の投稿文とは少し違いますが、きわめて「実感投稿」に近い語りかけ(この場合、メールがよりふさわしいと思います)が新しい仲間との課題共有には欠かせないのではないかと感じています。
阿部和雄
現代の感覚では、さほどおおきな意味を感じずに、天気や季節のことをあいさつがわりにしていますが、大元をたどれば農業、漁業など生産活動にかかわるお互いの重要な共通課題について真っ先に確認しあうといった行為の名残が現代の時節のあいさつなのだと思います。
認識形成を共通の生産課題とするこれからは、さしずめ「認識の必要と勉強の進み具合について」お互いあいさつを交わす・・・といった様子に近いのかも知れません。
そしてこれからの当面の課題は、今後仲間(応援会員から協働仲間)になってもらいたいと思う人々に向けて、このようなあいさつから入れるような関係にどう結びつけてゆけるか、ということになるかと思います。
応援会員になっていただいた方への継続的なつながりの核心はやはり「認識形成のその中身」です。ただそれは新概念を一方的に紹介・説明するものではなく、自らが感じた「気付き」や学びつつある「認識構造」を相手に開きだし、相手の「気付き」のきっかけになるように「語りかけ」ることになるのではないかと思います。
通常の投稿文とは少し違いますが、きわめて「実感投稿」に近い語りかけ(この場合、メールがよりふさわしいと思います)が新しい仲間との課題共有には欠かせないのではないかと感じています。
阿部和雄
日常的なつながりといえば、真っ先に集団内のつながりが思い浮かぶ。
しかし、市場の拡大によって、闘争の場(職場)と生殖の場(家庭)が分断されてしまった現代の集団に可能性はない。実現論9_2_03
> 現代は、家族・学校・企業がバラバラに分断され、かつ夫々の実関係が希薄化し、潜在思念はそれらの私権集団から離脱して社会的なつながりを求めている。(6837素人の社会活動21)
“闘争の場(職場)と生殖の場(家庭)が分断されてしまった事”が問題ならば、それらを包摂した集団を自分達の手で作る動きが出て来ても良いように思える。
しかし、時代潮流は岡田氏が6837で洞察しているように、集団の本源化には向かわず、「私権集団から離脱」→社会収束に向かっている。
例えば、若者はアジアを放浪し、メル友作りに励む。
大学サークルでの新勧での殺し文句も“他大学と交流できる”だ。
ただもちろん、アジアを放浪してもメル友が300人いても、現在蓄積中の社会不全の解消には全くならないことは明白。
そのように、若者が(一見)無為な行動に傾倒するのは、答えがないので課題捨象(18422)しているからなんだと思う。
その結果、社会収束→認識収束という真っ当な流れ(参考:実現論4_4_02)ではなく、「私権集団からの離脱だけ」という反の行動へと流産しているのだろう。
「私権集団からの離脱」→社会収束、認識収束へとつながろうとしている潜在思念に対して、上手くつなげてあげる(手助けをしてあげる)ナビゲータが求められる行動であり、『つながり様式』なんだと思う。
佐々木健二
しかし、市場の拡大によって、闘争の場(職場)と生殖の場(家庭)が分断されてしまった現代の集団に可能性はない。実現論9_2_03
> 現代は、家族・学校・企業がバラバラに分断され、かつ夫々の実関係が希薄化し、潜在思念はそれらの私権集団から離脱して社会的なつながりを求めている。(6837素人の社会活動21)
“闘争の場(職場)と生殖の場(家庭)が分断されてしまった事”が問題ならば、それらを包摂した集団を自分達の手で作る動きが出て来ても良いように思える。
しかし、時代潮流は岡田氏が6837で洞察しているように、集団の本源化には向かわず、「私権集団から離脱」→社会収束に向かっている。
例えば、若者はアジアを放浪し、メル友作りに励む。
大学サークルでの新勧での殺し文句も“他大学と交流できる”だ。
ただもちろん、アジアを放浪してもメル友が300人いても、現在蓄積中の社会不全の解消には全くならないことは明白。
そのように、若者が(一見)無為な行動に傾倒するのは、答えがないので課題捨象(18422)しているからなんだと思う。
その結果、社会収束→認識収束という真っ当な流れ(参考:実現論4_4_02)ではなく、「私権集団からの離脱だけ」という反の行動へと流産しているのだろう。
「私権集団からの離脱」→社会収束、認識収束へとつながろうとしている潜在思念に対して、上手くつなげてあげる(手助けをしてあげる)ナビゲータが求められる行動であり、『つながり様式』なんだと思う。
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