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>認識営業の対象になる相手は現実には、親族、旧友、知人せいぜいなじみのお店の人ぐらいしか、頭に浮かんでいなかった。
 
 いわゆる旧い付き合いに頼っての「認識営業」っていうのは、結局「るいネット」を支持してくれたというよりも、「わたし」個人への人助けみたいなのが多いような気がする。実際、旧友が仕事で何か困っていたら「何とか力になりたいものだ」なんて思ったりして出来ることをしてあげたりした経験はたいていの方々が持っていることだと思います。
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新しい人間関係の最終的な様式は、『認識形成サイト』を収束場として、万人が「集団」を超えた普遍的な期待と応望の日常的な充足を得るという全く新しい様式である。従って、営業の最終目標は、『認識形成サイト』の定住読者を作り出すことに置かれる。
他方、社会不全が日々蓄積されてゆく中で、人々の発信欠乏は喉元まで出かかっており、社会不全や新しい認識の話題を待ち望んでいる。従って、営業の出発点は、いつでも、どこでも、誰にでも、社会不全や新しい認識を話題にして新しい繋がり=関係を形成することである。
古い人間関係と新しい人間関係とが根本的に異なるのは、古い人間関係が私権圧力によって「集団」(それもカタワの「集団」)の中に封じ込められた関係であるのに対して、新しい関係は私権圧力から離脱した当事者欠乏の主体が「集団」を超えた社会空間に形成してゆく関係であるという点である。
また、これまでは外から≒「集団」から私権課題が与えられてきた(強制されてきた)が、これからは(社会の当事者として)答えを求めて収束した人々のつながりの中から、認識の形成という普遍課題が生み出されるという点も、大きな違いである。
認識営業を意識してみて、早速、多くのことに気付いた。

>考えてみれば、万人が一緒に何かを考えて行く課題(=社会統合)と場所(=認識形成の場)があるということ自体、めちゃくちゃすごいことなのだ。

一つは、認識を駆使して話しをすると「こういう話ができる場は身の回りにないんだよね。むしろ切り出すと周りの人間に引かれちゃう。」という人が多いこと。
旧来の日常生活や人間関係は、仕事の時間(関係)と遊びの時間(関係)を、使い分けることによって、活力や充足を維持してきたように思う。
しかし、どちらの関係も私権期待を対象化していたからであろうか、しんどさやストレスを感じずにはいられなかったし、生産性のない分断された関係に留まることが多かった。

>『普遍期待に応えて、発信し反応充足を得る』という新しい社会の原基構造

この言葉は、改めて本来の人間関係の充足を発見させてくれた。

最近、仕事をしていない時間の大半が、るいネットを見たり、そこで触れることのできる認識群について考えたり、人と会いそこでの気づきについて話していることが多い。
そして、そういった出会いや対話は、仕事とか遊びとかを超え日常のすべてにフィードバックされ、あらたな気づきに繋がっていく。
普遍期待を対象化すれば、日常のすべてが生産活動になっていくような気がする。

「認識形成は遊びではない、誰もが担うべきもう一つの生産活動である」
という意味と実感が徐々にではあるが、確かに感じとれてきた。
しかも、しんどさやストレスを伴わないで。


田中健太郎
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