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>神州の泉さんと、博士の独り言さんのブログで、投稿記事がランキングに反映されない不都合が発生しているようです。
>A、Bどちらのブログも現在ではジャンルが政治・経済といっても、実際にはFXなどの政治経済とはかけ離れたブログが混在されて、一気に純粋な政治・経済ブログはランキングを落とし、極力、政治・経済ブログの影響力を排除する方向性にある。
(214819『迫り来る言論弾圧に弱小政治ブログはどう対応するか』toragaさん)
巷のブログランキング・サイトでは、不当な操作が日常的に行なわれているようだ。
これに対抗するには、ブログランキング・サイトを、いっそ自分達の手で作ってしまえば良いのではないか? るいネットがその役割を担ったら、どうだろう?
巷のブログランキング・サイトには、もう1つ大きな欠陥がある。それは、登録されるブログが“自己申告制”なので、“目立ちたがり”のブログばかり集まってしまう、という点だ。ましてブログ形式でない一般サイトは、端から蚊帳の外だ。
すでにある、るいネットの『注目サイト&ブログ』に、るいネットの会員達が選んだ優良ブログ&サイトを登録できるようにすれば良い(つまり“他者申告制”だ)。そうすれば、隠れていた有望なブログや(ブログ以外の)一般サイトにも光が当たり、本当に皆の役に立つブログ&サイトを一堂に集められるはずだ。
矢ヶ崎裕
>A、Bどちらのブログも現在ではジャンルが政治・経済といっても、実際にはFXなどの政治経済とはかけ離れたブログが混在されて、一気に純粋な政治・経済ブログはランキングを落とし、極力、政治・経済ブログの影響力を排除する方向性にある。
(214819『迫り来る言論弾圧に弱小政治ブログはどう対応するか』toragaさん)
巷のブログランキング・サイトでは、不当な操作が日常的に行なわれているようだ。
これに対抗するには、ブログランキング・サイトを、いっそ自分達の手で作ってしまえば良いのではないか? るいネットがその役割を担ったら、どうだろう?
巷のブログランキング・サイトには、もう1つ大きな欠陥がある。それは、登録されるブログが“自己申告制”なので、“目立ちたがり”のブログばかり集まってしまう、という点だ。ましてブログ形式でない一般サイトは、端から蚊帳の外だ。
すでにある、るいネットの『注目サイト&ブログ』に、るいネットの会員達が選んだ優良ブログ&サイトを登録できるようにすれば良い(つまり“他者申告制”だ)。そうすれば、隠れていた有望なブログや(ブログ以外の)一般サイトにも光が当たり、本当に皆の役に立つブログ&サイトを一堂に集められるはずだ。
矢ヶ崎裕
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個体は集団の中で様々な圧力を受け、その中で獲得した成功体験で人格が形成される。
つまり、個体とは集団によって作られ、集団とは個体によって作られる。
集団=個体である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・・最近、いい投稿が出来ると「皆のおかげだな~」とつくづく思う。
皆の期待があるからこそ、思考するし、投稿しようと思う。
それに、思考する基盤があるのは、皆のおかげである。
新認識の基礎を確立してくれた人達が居るからこそ、
サロンで気づきを与えてくれる人達が居るからこそ、
なんでや劇場に参加させてもらっているからこそ、
相談に乗ってくれる人達がいるからこそ、
日々いつも居てくる人達がいるからこそ、
自身の投稿は実現する。
また前記した通り、自身の成功体験は皆からもらった訳であり、その成功体験の中から、投稿を発信する訳なのだから、投稿(発信)とは、成功体験を集団に還元する行為なのではないか?と思う。
そして、自身の投稿、すなわち新たな成功体験が、今度は別の人の成功体験となっていく・・・。
まさに、成功体験のスパイラルである。
投稿は一人では絶対に出来ない。
だから今日はこの場を借り、いつも周りに居てくれる人達に感謝したいと思う。
いつも居てくれて、本当にありがとう。
越見太士
つまり、個体とは集団によって作られ、集団とは個体によって作られる。
集団=個体である。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・・最近、いい投稿が出来ると「皆のおかげだな~」とつくづく思う。
皆の期待があるからこそ、思考するし、投稿しようと思う。
それに、思考する基盤があるのは、皆のおかげである。
新認識の基礎を確立してくれた人達が居るからこそ、
サロンで気づきを与えてくれる人達が居るからこそ、
なんでや劇場に参加させてもらっているからこそ、
相談に乗ってくれる人達がいるからこそ、
日々いつも居てくる人達がいるからこそ、
自身の投稿は実現する。
また前記した通り、自身の成功体験は皆からもらった訳であり、その成功体験の中から、投稿を発信する訳なのだから、投稿(発信)とは、成功体験を集団に還元する行為なのではないか?と思う。
そして、自身の投稿、すなわち新たな成功体験が、今度は別の人の成功体験となっていく・・・。
まさに、成功体験のスパイラルである。
投稿は一人では絶対に出来ない。
だから今日はこの場を借り、いつも周りに居てくれる人達に感謝したいと思う。
いつも居てくれて、本当にありがとう。
越見太士
言論弾圧に関して調べてみると、法による「言論の自由」と、都合の悪い情報の規制(統制→弾圧)という実態のイタチごっこであることに気付く。
ウィキペディアによると、
>言論統制(げんろんとうせい)は、狭義には政府が心理戦の観点から出版・報道等の各種情報媒体に対して行う規制・監視・操作・防止などの活動を言う。広義には非戦時の検閲も含む。(リンク)
とあり、そのページには、世界各国の様々な法規制と、相反する実態が無数に報告され、その混迷状態が露呈されている。
では、社会が共認原理に転換した状況認識からすると、今後、「言論」や「情報」は一体どこに収束するのだろうか?
共認原理の社会では、情報(外圧)の共有はまず、共認形成(共認充足)する為に決定的に重要である。という認識を基軸にして段階的に考えてみたい。
1.まず、全ての情報が入手可能なインフラが必要。
2.有益な情報を入手できる「場」と「仕組み」が必要。
①万人が全ての情報を入手する事は不可能。
現実的にはその必要も無いので、必要な情報を容易に入手できる
環境(場)や仕組みが必要。
②情報を精査(淘汰)する為の判断基準は「事実かどうか」
或いは「必要か否か」という視点に収斂される。
③その中でも普遍的な内容や、現実に役立つ内容が、その重要度
によってヒエラルキー化される。
※万人が共有する情報は、万人による評価や審判が必要なので、
その場に「万人参加」することが必要不可欠。
3.上記内容が、時間の推移や技術進化に応じて、その時々の意識潮流
の変遷に応じて、常に更新(塗り重ね)され続ける。
将来的にはこの様な形で、情報(認識)の共有が行われると予測するがどうだろうか?
これを実現するためには、現状の事実隠蔽や不当な統制などを精査する、多くの人が参加する共認形成の場の拡大が急がれる。
佐藤賢志
ウィキペディアによると、
>言論統制(げんろんとうせい)は、狭義には政府が心理戦の観点から出版・報道等の各種情報媒体に対して行う規制・監視・操作・防止などの活動を言う。広義には非戦時の検閲も含む。(リンク)
とあり、そのページには、世界各国の様々な法規制と、相反する実態が無数に報告され、その混迷状態が露呈されている。
では、社会が共認原理に転換した状況認識からすると、今後、「言論」や「情報」は一体どこに収束するのだろうか?
共認原理の社会では、情報(外圧)の共有はまず、共認形成(共認充足)する為に決定的に重要である。という認識を基軸にして段階的に考えてみたい。
1.まず、全ての情報が入手可能なインフラが必要。
2.有益な情報を入手できる「場」と「仕組み」が必要。
①万人が全ての情報を入手する事は不可能。
現実的にはその必要も無いので、必要な情報を容易に入手できる
環境(場)や仕組みが必要。
②情報を精査(淘汰)する為の判断基準は「事実かどうか」
或いは「必要か否か」という視点に収斂される。
③その中でも普遍的な内容や、現実に役立つ内容が、その重要度
によってヒエラルキー化される。
※万人が共有する情報は、万人による評価や審判が必要なので、
その場に「万人参加」することが必要不可欠。
3.上記内容が、時間の推移や技術進化に応じて、その時々の意識潮流
の変遷に応じて、常に更新(塗り重ね)され続ける。
将来的にはこの様な形で、情報(認識)の共有が行われると予測するがどうだろうか?
これを実現するためには、現状の事実隠蔽や不当な統制などを精査する、多くの人が参加する共認形成の場の拡大が急がれる。
佐藤賢志
書籍『2011年 新聞・テレビ消滅/佐々木俊尚 著』を読みました。その中で、マスの終焉・そしてミドルメディアの可能性について書かれていたことが印象的でした。
マスがなくなる、というのは、広告やマーケティングの世界では1980年代から言われてきたことです。それは、みんなが欲しいであろうモノのイメージを打ち立てて、引っ張っていくような時代が終わったからです。貧困が消滅して、大衆の欠乏が弱くなりしかも、その中身もバラバラになったのです。
そこで注目されるのが、ミドルメディアの存在です。
■まずは、ミドルメディアとは何か?
それは、マスメディアでもパーソナルメディアでもない、中間的な圏域のことです。
メディアを以下のように分類するとわかりやすいです。
>(P52~53より引用開始)********************
① パーソナルメディア・・・ラブレターや自分用のメモ書き、周囲の友人しか読まないような身辺雑記のブログなど、少人数で共有される情報
② ミドルメディア・・・特定の企業や業界、特定の分野、特定の趣味の人たちなど、数千人から数十万人の規模の特定層に向けて発信される情報
③ マスメディア・・・テレビや新聞など数百万人から数千万人に発信される情報
届く範囲の大きさで分けると、上記の3つに分けられる。そしてこの中で実は受け手のニーズが最も大きいのは、②のミドルメディアなのだ。同人誌や社内報のような小さなメディアから、業界紙やミニコミ誌、タウン誌、さらにはファッション雑誌まで、かなりの部分のメディアはここに含まれる。
(以上引用)
********************************
1990年代までは、このミドルメディアは流通させるのが難しかったといいます。そころが、インターネットの出現により、数千人数万人くらいの規模の人にも情報を安価に送り届けることが可能になってきます。この結果、堰を切ったようにミドルメディアが爆発的に拡大したのです。
>p54
ブログというと、いまだに「個人が細々とどうでもいいプライベートなことを書いている日記でしょ?」などど思い込んでいる人もいますが、一方で月間ページビューが数十万、数百万もあるような「お化けブログ」も出現しています。
>p55
そういう一定の影響力を保っているブログこそが、ミドルメディアなのです。
■では、ミドルメディアの最大の可能性とは?
それは、ミドルメディアは、マスではなくてどのような読者に情報を投げ込むのかというターゲティングが最適化されているところです。
お化けブログにしてもそうで、そこに集まる人は、一定の共通した欠乏をもった人だといえるでしょう。そういうターゲットに向けて、そこが必要としている情報を発信するというところに、マスとは違った戦略の可能性がみえてきそうです。
久保田彰子
マスがなくなる、というのは、広告やマーケティングの世界では1980年代から言われてきたことです。それは、みんなが欲しいであろうモノのイメージを打ち立てて、引っ張っていくような時代が終わったからです。貧困が消滅して、大衆の欠乏が弱くなりしかも、その中身もバラバラになったのです。
そこで注目されるのが、ミドルメディアの存在です。
■まずは、ミドルメディアとは何か?
それは、マスメディアでもパーソナルメディアでもない、中間的な圏域のことです。
メディアを以下のように分類するとわかりやすいです。
>(P52~53より引用開始)********************
① パーソナルメディア・・・ラブレターや自分用のメモ書き、周囲の友人しか読まないような身辺雑記のブログなど、少人数で共有される情報
② ミドルメディア・・・特定の企業や業界、特定の分野、特定の趣味の人たちなど、数千人から数十万人の規模の特定層に向けて発信される情報
③ マスメディア・・・テレビや新聞など数百万人から数千万人に発信される情報
届く範囲の大きさで分けると、上記の3つに分けられる。そしてこの中で実は受け手のニーズが最も大きいのは、②のミドルメディアなのだ。同人誌や社内報のような小さなメディアから、業界紙やミニコミ誌、タウン誌、さらにはファッション雑誌まで、かなりの部分のメディアはここに含まれる。
(以上引用)
********************************
1990年代までは、このミドルメディアは流通させるのが難しかったといいます。そころが、インターネットの出現により、数千人数万人くらいの規模の人にも情報を安価に送り届けることが可能になってきます。この結果、堰を切ったようにミドルメディアが爆発的に拡大したのです。
>p54
ブログというと、いまだに「個人が細々とどうでもいいプライベートなことを書いている日記でしょ?」などど思い込んでいる人もいますが、一方で月間ページビューが数十万、数百万もあるような「お化けブログ」も出現しています。
>p55
そういう一定の影響力を保っているブログこそが、ミドルメディアなのです。
■では、ミドルメディアの最大の可能性とは?
それは、ミドルメディアは、マスではなくてどのような読者に情報を投げ込むのかというターゲティングが最適化されているところです。
お化けブログにしてもそうで、そこに集まる人は、一定の共通した欠乏をもった人だといえるでしょう。そういうターゲットに向けて、そこが必要としている情報を発信するというところに、マスとは違った戦略の可能性がみえてきそうです。
久保田彰子
yahoo!や2ちゃんねるetc.匿名で書き込みができるwebサイトをみていると、いわゆる「ネットウヨク」たちのおよそ生活感覚からかけ離れた発言が繰り返されている。
「ネットウヨク」については、ちゃんとした定義が今までなされていないため、彼らの発言の傾向から彼らの性質を叙述してみたい。
Ⅰ:マクロ的な視点がなく、近視眼的である。
Ⅱ:「嫌韓国・反中国」で「親米的」である。
Ⅲ:「マスコミは真実を伝えない」ためその影響下にある一般市民を「情弱(情報弱者)」と切って捨てて、
ネットの住人である「自分たちが真実を知っている」と語る。
Ⅲについては具体例はいくらでも見られるので説明を割愛するが、
Ⅰ・Ⅱについては具体例を提示したい。
Ⅰ:マクロ的な視点がなく、近視眼的である。
「日本の借金800兆円」あるにしても、「国民の債権」とバランスシート的発想で捉えて、日本が前途洋洋だと彼らは説いている。
そんな三橋貴明の掲げるバカな理屈にコロリと騙されてコピペを繰り返している。
所謂「三橋信者」の規模は意外な量になっているようである。
リンク
勿論…こんなのは詭弁であって、毎年10数兆円が国債の利子で銀行に消えていくことは、
経済を圧迫していることは言うまでもない。
しかし…上記のようなマクロ的な視点での真っ当な批判が、
ブログやアマゾンのレビューなどで出ると即座に数十単位で批判を叩くコメントが付くのである。
Ⅱ:「嫌韓国・反中国」で「親米的」である。
これは…日本の政治で「反ミンス(民主)・親自民」という彼らの観念にも繋がる。
というのは、
・民主党が「韓国民団」や(左翼的な)「日教組」を支持基盤に持っていること
・麻生政権時の「北朝鮮のミサイル対応」といった「当然」に過ぎないことを非常に高く評価していること
もっとも…「民団」も「日教組」も問題を孕んだ組織ではあるのは認めるにしても、現在の日本の「危機的状況」を創り出したのは、前自民政権+CIAであるにもかかわらず、その歴史的過程を彼らはすっぽりと見落としているのである。
そして…アメリカ+自民党が日本を護ってくれると繰り返しているのである。
これらの発言をつぶさに見ていくと「ロックフェラー→自民(清和会)」の「発言」との類似性が非常に高い。
彼らの「観念発」の主張自体についても疑問点は多々あるが、
ただ…次の点はネットを通じた共認形成の上で大きな障害になりうる話であると感じている。
Ⅳ:「ネットウヨク」への批判的な書き込み・事件に対して大量の非難のコピペが即座に付いてくる。
逆に「ネットウヨク」的な発言が出ると即座に賛同の意を表明する。
平気で平日の昼間に「ネットウヨク」の発言がされているのを見る限り、彼らの書き込みを組織している人間がいる可能性を勘ぐりたくもなる。
確たる証拠がないだけに何とも言えないのが辛い所だが…「ロックフェラー→自民(清和会)」の線が「ネットウヨク」を動かしていると見ても話が成り立つのである。
さすがに最近であれば…「ネットウヨク」たちの発言に対して…
・「ネットウヨク」の発言に辟易して、まともな「自民支持者」が離れていくこと
・大量のコピペやブログの炎上をさせることへの批判
を表立って発言する人がでるようにはなったことが救いではある。
ただ…一般の人がこのような「ネット」の現状を見て、
もし「過激化した言語空間」を忌避することを共認されてしまった場合、
るいネットでやっているような真っ当な「共認形成運動」の可能性自体も残念ながら
しぼんでしまう危険性が出てきてしまう。
るいネットで「可能性」を粛々と探っていくのは継続していく必要性は勿論ある。
それは私も引き続き応援したいと思っている。
それだけに「ネットウヨク」は非常に大きな課題だと私は思うのだがどうであろうか?
山内一輝
「ネットウヨク」については、ちゃんとした定義が今までなされていないため、彼らの発言の傾向から彼らの性質を叙述してみたい。
Ⅰ:マクロ的な視点がなく、近視眼的である。
Ⅱ:「嫌韓国・反中国」で「親米的」である。
Ⅲ:「マスコミは真実を伝えない」ためその影響下にある一般市民を「情弱(情報弱者)」と切って捨てて、
ネットの住人である「自分たちが真実を知っている」と語る。
Ⅲについては具体例はいくらでも見られるので説明を割愛するが、
Ⅰ・Ⅱについては具体例を提示したい。
Ⅰ:マクロ的な視点がなく、近視眼的である。
「日本の借金800兆円」あるにしても、「国民の債権」とバランスシート的発想で捉えて、日本が前途洋洋だと彼らは説いている。
そんな三橋貴明の掲げるバカな理屈にコロリと騙されてコピペを繰り返している。
所謂「三橋信者」の規模は意外な量になっているようである。
リンク
勿論…こんなのは詭弁であって、毎年10数兆円が国債の利子で銀行に消えていくことは、
経済を圧迫していることは言うまでもない。
しかし…上記のようなマクロ的な視点での真っ当な批判が、
ブログやアマゾンのレビューなどで出ると即座に数十単位で批判を叩くコメントが付くのである。
Ⅱ:「嫌韓国・反中国」で「親米的」である。
これは…日本の政治で「反ミンス(民主)・親自民」という彼らの観念にも繋がる。
というのは、
・民主党が「韓国民団」や(左翼的な)「日教組」を支持基盤に持っていること
・麻生政権時の「北朝鮮のミサイル対応」といった「当然」に過ぎないことを非常に高く評価していること
もっとも…「民団」も「日教組」も問題を孕んだ組織ではあるのは認めるにしても、現在の日本の「危機的状況」を創り出したのは、前自民政権+CIAであるにもかかわらず、その歴史的過程を彼らはすっぽりと見落としているのである。
そして…アメリカ+自民党が日本を護ってくれると繰り返しているのである。
これらの発言をつぶさに見ていくと「ロックフェラー→自民(清和会)」の「発言」との類似性が非常に高い。
彼らの「観念発」の主張自体についても疑問点は多々あるが、
ただ…次の点はネットを通じた共認形成の上で大きな障害になりうる話であると感じている。
Ⅳ:「ネットウヨク」への批判的な書き込み・事件に対して大量の非難のコピペが即座に付いてくる。
逆に「ネットウヨク」的な発言が出ると即座に賛同の意を表明する。
平気で平日の昼間に「ネットウヨク」の発言がされているのを見る限り、彼らの書き込みを組織している人間がいる可能性を勘ぐりたくもなる。
確たる証拠がないだけに何とも言えないのが辛い所だが…「ロックフェラー→自民(清和会)」の線が「ネットウヨク」を動かしていると見ても話が成り立つのである。
さすがに最近であれば…「ネットウヨク」たちの発言に対して…
・「ネットウヨク」の発言に辟易して、まともな「自民支持者」が離れていくこと
・大量のコピペやブログの炎上をさせることへの批判
を表立って発言する人がでるようにはなったことが救いではある。
ただ…一般の人がこのような「ネット」の現状を見て、
もし「過激化した言語空間」を忌避することを共認されてしまった場合、
るいネットでやっているような真っ当な「共認形成運動」の可能性自体も残念ながら
しぼんでしまう危険性が出てきてしまう。
るいネットで「可能性」を粛々と探っていくのは継続していく必要性は勿論ある。
それは私も引き続き応援したいと思っている。
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