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>潜在思念で実践思考する『実現回路』をつかうということは、支配観念からはなれて、こころの奥底から直感的に『可能性を感じる』ことに向かって行動することだと思う。これは、主観的には『正しい』 という思いとして、感じている状況であろう。
>しかし、行動するにあったっても見通しは必要で、観念によって鮮明に状況を理解し方針化しようとする。このとき、無意識に現実に合っていない既存の観念に頼ってしまうので、実現可能性は見えなくなってしまう。
物事がうまくいったとき「直感」に従ったから・・・というのはよく聞く。
けど、そういうときの「直感」は、今まで可能性を感じていたもの(人)に成功体験が積み重ねられ(=肯定視が積み重ねられ)、「正しい」と繋がったということだと思う。
それが潜在思念と実感が繋がったってことで、単なる思い付きとは違う。
そのときにみんなに委ねられるか、自分の中に答えを探してしまうかが実現可能性に向かえるかどうかの起点となる。
ということは「実感」を拠り所(判断基準)にするのではなく、「自分の実感」を「みんなの実感(意識)」と「事実に基づいた観念」とをすり合わせた新たな観念により、支配観念を塗り替える必要がある。
それを積み重ねていくことで、現実と実感と潜在思念のズレが矯正されていくのではないかと思う。
そのためにまず必要なのは、
>マスコミの共認支配が閉塞の元凶、そして真犯人である。そして今攻撃されるべきなのはまさにマスコミである、という認識を広めていく事
これが突破口になる。
門奈津子
>しかし、行動するにあったっても見通しは必要で、観念によって鮮明に状況を理解し方針化しようとする。このとき、無意識に現実に合っていない既存の観念に頼ってしまうので、実現可能性は見えなくなってしまう。
物事がうまくいったとき「直感」に従ったから・・・というのはよく聞く。
けど、そういうときの「直感」は、今まで可能性を感じていたもの(人)に成功体験が積み重ねられ(=肯定視が積み重ねられ)、「正しい」と繋がったということだと思う。
それが潜在思念と実感が繋がったってことで、単なる思い付きとは違う。
そのときにみんなに委ねられるか、自分の中に答えを探してしまうかが実現可能性に向かえるかどうかの起点となる。
ということは「実感」を拠り所(判断基準)にするのではなく、「自分の実感」を「みんなの実感(意識)」と「事実に基づいた観念」とをすり合わせた新たな観念により、支配観念を塗り替える必要がある。
それを積み重ねていくことで、現実と実感と潜在思念のズレが矯正されていくのではないかと思う。
そのためにまず必要なのは、
>マスコミの共認支配が閉塞の元凶、そして真犯人である。そして今攻撃されるべきなのはまさにマスコミである、という認識を広めていく事
これが突破口になる。
門奈津子
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>こうして、約3000万年前、遂に同類闘争(縄張り闘争)を第一義課題とする真猿集団が形成されました。親和収束⇒プラス収束を母胎にして、より上位の闘争系の課題を共認し、その課題共認に基づいて役割を共認し、規範を共認してゆく、この闘争系の共認こそ、サル・人類集団の統合を可能にしている最も重要な共認であり、サル・人類における意識統合・集団統合は、この共認によって維持されていると云えるでしょう。
私権統合の崩壊とともに登場した若者たちの「親元収束」とは、あたかも真猿から原猿への後退のようである。私権獲得という社会共認を失い、課題から親和へと収束していっているようである。
これを本源収束と呼べなくもない。しかし、次代を切り開いていく(進化する)という点からみれば決定的に不足しているのが課題である。「やりたいことが見つからない」のが象徴しているように。
資格を求めて専門学校通いやまじめに大学の授業へ出席する若者たちの意識の背後には、目先であれ既存の枠内での選択であれ、課題への渇望が隠れているのかもしれない。
そのように後退収束した理由は、国家や市場が行き詰まり、先の可能性を旧体制に求めることが、もはや無理であると気付きはじめたからに他ならない。
とすれば、現在もっとも重要な課題は、
>社会は、人々の共認によって形成されている。実際、この社会を動かしているのも、この社会を統合しているのも、全ては人々の共認に依っている。従って、社会を統合し直すために最も重要なのは、人々の共認内容=認識を変革し、新たな共認内容を形成してゆくことである。
石野潤
私権統合の崩壊とともに登場した若者たちの「親元収束」とは、あたかも真猿から原猿への後退のようである。私権獲得という社会共認を失い、課題から親和へと収束していっているようである。
これを本源収束と呼べなくもない。しかし、次代を切り開いていく(進化する)という点からみれば決定的に不足しているのが課題である。「やりたいことが見つからない」のが象徴しているように。
資格を求めて専門学校通いやまじめに大学の授業へ出席する若者たちの意識の背後には、目先であれ既存の枠内での選択であれ、課題への渇望が隠れているのかもしれない。
そのように後退収束した理由は、国家や市場が行き詰まり、先の可能性を旧体制に求めることが、もはや無理であると気付きはじめたからに他ならない。
とすれば、現在もっとも重要な課題は、
>社会は、人々の共認によって形成されている。実際、この社会を動かしているのも、この社会を統合しているのも、全ては人々の共認に依っている。従って、社会を統合し直すために最も重要なのは、人々の共認内容=認識を変革し、新たな共認内容を形成してゆくことである。
石野潤
>'70、貧困の消滅(=生存圧力の消滅)に伴う私権の衰弱は、国家を閉塞させ、市場と企業を閉塞させ、学校と家庭をも閉塞させてきた。この30年間、そうして全ゆるものが行き詰まり、活力が失われ続けてきたが、それは同時に、人々が極めて深い所で収束不全を強め、新たな活力再生の需要(=時代閉塞を突破する答えの欠乏)を蓄積してゆく過程であった。
'70年以前の「みんな不全」とは、貧困の圧力を背景にした様々な不全であった。それはみんなに共通の不全でありながら、それぞれの私権獲得という共認の上に生じた不全ゆえに、「答え」はすべて個々の私権獲得の可能性の中に封じ込められてきた。
だから、頭を使うことも勉強することの必要も、一義的には自分のためだった。
現在、私権統合が崩壊することによって生じた「収束不全」とは、私権統合に代わる新しい社会共認を求める潜在思念である。新しい活力源や目標を提示できない限り「答え」になっていないし、構造認識が不可欠な所以である。
また、日々増大する不全感は、具体的な国家や市場の行き詰まりや企業や家庭の閉塞として蓄積されており、新しい集団や制度、システムを明示できない限り「答え」になっていない。生物史にまで遡った存在構造の解明が不可欠な所以である。
そして、それらはすべて「新しい共認形成の必要」というベクトルに貫かれており、不全の共感も目標の共認も「個々の課題」に封じ込めることはできない。
人々は、生じた不全感がもはや自分の中に答えを求めても意味がないことに気づき始めている。みんな共認のために頭を使うこと、勉強をすることの必要が日に日に高まってきている。
石野潤
'70年以前の「みんな不全」とは、貧困の圧力を背景にした様々な不全であった。それはみんなに共通の不全でありながら、それぞれの私権獲得という共認の上に生じた不全ゆえに、「答え」はすべて個々の私権獲得の可能性の中に封じ込められてきた。
だから、頭を使うことも勉強することの必要も、一義的には自分のためだった。
現在、私権統合が崩壊することによって生じた「収束不全」とは、私権統合に代わる新しい社会共認を求める潜在思念である。新しい活力源や目標を提示できない限り「答え」になっていないし、構造認識が不可欠な所以である。
また、日々増大する不全感は、具体的な国家や市場の行き詰まりや企業や家庭の閉塞として蓄積されており、新しい集団や制度、システムを明示できない限り「答え」になっていない。生物史にまで遡った存在構造の解明が不可欠な所以である。
そして、それらはすべて「新しい共認形成の必要」というベクトルに貫かれており、不全の共感も目標の共認も「個々の課題」に封じ込めることはできない。
人々は、生じた不全感がもはや自分の中に答えを求めても意味がないことに気づき始めている。みんな共認のために頭を使うこと、勉強をすることの必要が日に日に高まってきている。
石野潤
社会を変えるには、「社会」という抽象観念を離れて
>現実を社会と言い換えても同じである。社会は人々の共認によって統合され、その意識=共認内容が変化してゆくことによって変わってゆく。現実が変わる=社会が変わるとは、ただそれだけの事である。(21496)
>そこで、最も重要なのは、絶えず新しい認識を紡ぎ出し、人々の共認内容(意識)を変えてゆくことである(新しい認識さえ共認されてゆけば、それに応じて制度etcを変えてゆくのは簡単である)。(21496)
現実=人々の意識を変えることで、変わるということを認識することからだろう。それが実感できれば、「社会」という言葉を大上段に振りかざす意識が孕む不可能視は不必要となり、可能性は開かれる。
日々目の前に社会を変えるきっかけはあり、誰でも当事者になることが出来る。場としてそれを顕在化させた露店は、充足とともにそれを実感しやすい入り口だとおもう。
より充足しようとすれば、目の前の現実の相手の意識を変えるだけの、可能性ある答えの供給、それに足る認識力、同化が期待され、その必要度は高まる。的確に応えられ、相手が変われば、それだけ大きな充足感をも得られる。
既存の社会運動がチンケなものに留まるのは、抽象観念で思考停止したまま、端から現実に人々の意識を変えることに向かわないからだろう。現実の人を対象にした途端、例えゴミのポイ捨てからでも、本当に意識を変えるには新たな共認形成を図るための答えや理論が必要になる。多くの人の賛同が得られない状況を否定したまま、活動に自閉し、思うに任せない現実を否定する、では空焚き疲労で充足もできない。
社会を変えることは、相手、みんなを充足させるにはどうするか、と場面場面で徹底的に具体的に答えを出し続けること。本気で充足しょうとすることでもあるのだとおもう。
そうした過程もガタガタの状況も映ししながら、今も日々少しずつ変わっている。ガタガタの状況を突き抜けて新たな共認形成が広がるにつれ、ガタガタは新たな意識の下に統合されて、「社会」が想起させるものも現在と違うものになる。言葉自体も変わっているかもしれない。
柳瀬尚弘
>現実を社会と言い換えても同じである。社会は人々の共認によって統合され、その意識=共認内容が変化してゆくことによって変わってゆく。現実が変わる=社会が変わるとは、ただそれだけの事である。(21496)
>そこで、最も重要なのは、絶えず新しい認識を紡ぎ出し、人々の共認内容(意識)を変えてゆくことである(新しい認識さえ共認されてゆけば、それに応じて制度etcを変えてゆくのは簡単である)。(21496)
現実=人々の意識を変えることで、変わるということを認識することからだろう。それが実感できれば、「社会」という言葉を大上段に振りかざす意識が孕む不可能視は不必要となり、可能性は開かれる。
日々目の前に社会を変えるきっかけはあり、誰でも当事者になることが出来る。場としてそれを顕在化させた露店は、充足とともにそれを実感しやすい入り口だとおもう。
より充足しようとすれば、目の前の現実の相手の意識を変えるだけの、可能性ある答えの供給、それに足る認識力、同化が期待され、その必要度は高まる。的確に応えられ、相手が変われば、それだけ大きな充足感をも得られる。
既存の社会運動がチンケなものに留まるのは、抽象観念で思考停止したまま、端から現実に人々の意識を変えることに向かわないからだろう。現実の人を対象にした途端、例えゴミのポイ捨てからでも、本当に意識を変えるには新たな共認形成を図るための答えや理論が必要になる。多くの人の賛同が得られない状況を否定したまま、活動に自閉し、思うに任せない現実を否定する、では空焚き疲労で充足もできない。
社会を変えることは、相手、みんなを充足させるにはどうするか、と場面場面で徹底的に具体的に答えを出し続けること。本気で充足しょうとすることでもあるのだとおもう。
そうした過程もガタガタの状況も映ししながら、今も日々少しずつ変わっている。ガタガタの状況を突き抜けて新たな共認形成が広がるにつれ、ガタガタは新たな意識の下に統合されて、「社会」が想起させるものも現在と違うものになる。言葉自体も変わっているかもしれない。
柳瀬尚弘
私は高校生のとき(79年ごろ)こんな風に思っていました。
「将来教師になる人は、この学年だけでも数十人はいると思うけれど、はたして良い教師になることができるんだろうか?」
このときは、不全に対して否定感があったというか、それじゃあ自分で塾を開いてやるという闘争忌避があったので、どうすればよいのかという方法回路は開いても自分止まりでした。が、結果は当たってしまいました。
私や当時の教師予備軍の方法回路をふさいだ否定感の出所は、やはり旧観念だったと思います。「相手の気持ちのわかる」「相手の立場に立った」指導をする。と口では簡単に言えますが、根本の同化理論が無かったので、「子供」という集団を客観的にしかとらえられない、もっと言えば不全の対象としてしかとられない、課題捨象の思考停止の状態であったと思われます。
さらに輪をかけるように、1979年「国際児童年」、1979年世界女性会議などが立て続けに決まり、近代欧州思想発の人権思想が学校教育と子供と女性にまで定着しつつありました。また世界的な人権思想の定着という安定基盤を得て制度化は完成したとも言えるでしょう。
高校生という多感な時期にこのような人権思想の絶対化が刷り込まれた影響は大変大きかったと思います。そのころの高校生は現在壮年。現場では中堅幹部です。当然、懐柔が上手な教師の下にはたくさんの弟子たちがいていろんなことを継承していると思います。それでも統合し切れなくて学級崩壊の例は枚挙に暇がありません。
教えるプロの行き詰まりは懐柔のプロの行き詰まりでもあります。外から中からという感じではなく、根こそぎ(観念ごと)変える必要があるでしょう。変革の必要ではなくて認識転換で変わってもらいましょう。そのためには共認充足と構造認識のすごさを供給することが最有力方法と言えるのではないでしょうか。
佐藤英幸
「将来教師になる人は、この学年だけでも数十人はいると思うけれど、はたして良い教師になることができるんだろうか?」
このときは、不全に対して否定感があったというか、それじゃあ自分で塾を開いてやるという闘争忌避があったので、どうすればよいのかという方法回路は開いても自分止まりでした。が、結果は当たってしまいました。
私や当時の教師予備軍の方法回路をふさいだ否定感の出所は、やはり旧観念だったと思います。「相手の気持ちのわかる」「相手の立場に立った」指導をする。と口では簡単に言えますが、根本の同化理論が無かったので、「子供」という集団を客観的にしかとらえられない、もっと言えば不全の対象としてしかとられない、課題捨象の思考停止の状態であったと思われます。
さらに輪をかけるように、1979年「国際児童年」、1979年世界女性会議などが立て続けに決まり、近代欧州思想発の人権思想が学校教育と子供と女性にまで定着しつつありました。また世界的な人権思想の定着という安定基盤を得て制度化は完成したとも言えるでしょう。
高校生という多感な時期にこのような人権思想の絶対化が刷り込まれた影響は大変大きかったと思います。そのころの高校生は現在壮年。現場では中堅幹部です。当然、懐柔が上手な教師の下にはたくさんの弟子たちがいていろんなことを継承していると思います。それでも統合し切れなくて学級崩壊の例は枚挙に暇がありません。
教えるプロの行き詰まりは懐柔のプロの行き詰まりでもあります。外から中からという感じではなく、根こそぎ(観念ごと)変える必要があるでしょう。変革の必要ではなくて認識転換で変わってもらいましょう。そのためには共認充足と構造認識のすごさを供給することが最有力方法と言えるのではないでしょうか。
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