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【主圧力源】 【主活力源】
(同類圧力)
自然外圧・外敵圧力 ==⇒ 物的生存圧力 {500万年前~}
↓↓ |/ ↓↓
↓↓ 物的生産課題 ↓↓
↓↓ |/ ↓↓
生存圧力の克服 ←---- 同類闘争圧力 {5500年前~}
↓↓ ↓↓ (日本では
↓↓ 評価収束 ↓↓ 2000年前~1970年)
↓↓ /| \| ↓↓
共認圧力 ========⇒ 共認闘争(=創造競争) {~現代~}
↓↓ ↓↓(共認圧力の強化圧力)
↓↓ ↓↓
人類的課題に対する期待・応合を主活力源とする、 {次代~}
『真の人類史』の幕開け!
人類は誕生以来、常に共認機能→観念機能を武器として様々な圧力源に対応してきた。
そして、同類闘争圧力が加わるや否や、過去500万年もの間克服する事の出来なかった生存圧力をも、ほぼ克服してしまった。
だが、物的な豊かさを実現した日本(を始めとする先進国)は、国家・企業・学校・家庭、どこを切ってもガタガタ。現代は、一見して混迷の時代。
しかし、それは動物的な圧力源(生存圧力)を克服したに過ぎず、新たな活力源=圧力源を対象化できないが故の収束不全。
人類が人類たる所以でもある共認機能→観念機能の進化によって、共認圧力⇒共認闘争を主圧力源とし、期待・応合を主活力源とする事さえ出来れば、真の人類史が始まる。動物的限界を超えた可能性への収束、その背後には、常に同類圧力と同類闘争圧力という無限の圧力源があるからこそ可能な進化である事が、図解化によって鮮明になりました。
川井孝浩
(同類圧力)
自然外圧・外敵圧力 ==⇒ 物的生存圧力 {500万年前~}
↓↓ |/ ↓↓
↓↓ 物的生産課題 ↓↓
↓↓ |/ ↓↓
生存圧力の克服 ←---- 同類闘争圧力 {5500年前~}
↓↓ ↓↓ (日本では
↓↓ 評価収束 ↓↓ 2000年前~1970年)
↓↓ /| \| ↓↓
共認圧力 ========⇒ 共認闘争(=創造競争) {~現代~}
↓↓ ↓↓(共認圧力の強化圧力)
↓↓ ↓↓
人類的課題に対する期待・応合を主活力源とする、 {次代~}
『真の人類史』の幕開け!
人類は誕生以来、常に共認機能→観念機能を武器として様々な圧力源に対応してきた。
そして、同類闘争圧力が加わるや否や、過去500万年もの間克服する事の出来なかった生存圧力をも、ほぼ克服してしまった。
だが、物的な豊かさを実現した日本(を始めとする先進国)は、国家・企業・学校・家庭、どこを切ってもガタガタ。現代は、一見して混迷の時代。
しかし、それは動物的な圧力源(生存圧力)を克服したに過ぎず、新たな活力源=圧力源を対象化できないが故の収束不全。
人類が人類たる所以でもある共認機能→観念機能の進化によって、共認圧力⇒共認闘争を主圧力源とし、期待・応合を主活力源とする事さえ出来れば、真の人類史が始まる。動物的限界を超えた可能性への収束、その背後には、常に同類圧力と同類闘争圧力という無限の圧力源があるからこそ可能な進化である事が、図解化によって鮮明になりました。
川井孝浩
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人類は共認機能と観念機能の獲得によって進化を遂げ、500万年という長い時間を掛けて生存圧力を克服してきたが、サル→人類に亙って進化の原動力となったのは期待・応望の同類圧力に他ならない。また5500年前に同類闘争圧力が加わったことによって自然圧力や外敵圧力を一気に克服してしまった人類の進化スピードには驚かされる。
課題が見えず収束不全に陥ってしまった現在において、人類が克服したのは物的な生存課題に過ぎない。しかし新たな人類的課題は山積しているのであり、そして誰もがその人類的課題に対する答えを期待している。これを同類圧力として捉えることができれば人類の課題は明確になるし、そこに同類闘争(評価競争)圧力を加えることが人類のさらなる進化エネルギーにつながる。
山名宏明
課題が見えず収束不全に陥ってしまった現在において、人類が克服したのは物的な生存課題に過ぎない。しかし新たな人類的課題は山積しているのであり、そして誰もがその人類的課題に対する答えを期待している。これを同類圧力として捉えることができれば人類の課題は明確になるし、そこに同類闘争(評価競争)圧力を加えることが人類のさらなる進化エネルギーにつながる。
山名宏明
>集団を超えた次元に存在する社会を統合(もちろん変革も)する為には、単独の集団原理とは全く異なる原理の統合組織が必要なんだ
場の形成さえできれば、と一口に言っても、では「場」とはなんぞや?という話になる。
これもアリンコさんが言われるように「同類闘争空間」に他なりません。
だからこそ単独の集団原理では社会を統合することなど不可能なのです。
そして場にとって必要不可欠なのは
>常に強い成果圧力が働いている
ことです。単にインフラさえ用意できればいいわけではない。期待応合の圧力空間であることが大前提です。
半専任の万人参加も、評価軸たる事実認識体系も活力源たる圧力の創出のためにあります。
それらのシステムが構築できて初めて「場の形成」と言えます。
もしも、場はあるのにどうもうまくいかないという場合は、
そもそも圧力を創造するシステムが構築されていない、か
そこにいる成員が圧力忌避していうのではないかという疑いが濃厚です。そんな人材はシステムを破壊し、活力をそぐ存在でしかなく、真っ先に淘汰の対象となるのだと思います。
かなめんた
場の形成さえできれば、と一口に言っても、では「場」とはなんぞや?という話になる。
これもアリンコさんが言われるように「同類闘争空間」に他なりません。
だからこそ単独の集団原理では社会を統合することなど不可能なのです。
そして場にとって必要不可欠なのは
>常に強い成果圧力が働いている
ことです。単にインフラさえ用意できればいいわけではない。期待応合の圧力空間であることが大前提です。
半専任の万人参加も、評価軸たる事実認識体系も活力源たる圧力の創出のためにあります。
それらのシステムが構築できて初めて「場の形成」と言えます。
もしも、場はあるのにどうもうまくいかないという場合は、
そもそも圧力を創造するシステムが構築されていない、か
そこにいる成員が圧力忌避していうのではないかという疑いが濃厚です。そんな人材はシステムを破壊し、活力をそぐ存在でしかなく、真っ先に淘汰の対象となるのだと思います。
かなめんた
今仕事で付き合いのある会社では、毎週水曜日を「社会に出る日」と定めています。この日を設定した動機は、仕事がなくて社員の残業を抑える為(ノー残業デイ)だったようです。
始めた頃は、この日を利用して社員同士で連れ立って飲みに行く者が大半でしたが、やがてそれも飽きたのか、発散系の趣味へと移行していきました。サッカー同好会やボーリング同好会等の運動系のサークルやスポーツクラブへ通う者がほとんどであったようです。この日を定めて3年程が経過する今は、ボランティアや地域活動に参加する者、習い事に通う者へと活動の質が大きく変わってきていると聞きます。中には、午後休みを取り大学の講義に自主参加している者もいるようです。一方で、仕事をする者も増えているとか。家に真っ直ぐ帰る者がほとんどいないのは面白い。
“酒やスポーツ等の発散系は時間を正に“潰している”だけで、疲れるだけ、すぐに飽きるがやる事ないので飲んでいる。どうせ時間を使うのなら、何か役に立つ事を、と頭を使ったり、誰かに喜んでもらうとか、何かに繋がる活動に向っていく。それじゃないと続かない。仕事する奴は、仕事が一番楽だからだよ。”との事。
“それじゃいっそのこと、この混沌とした課題山積みの社会の問題を、一つでも二つでも解決する答えを見つける活動をしてみたら?”との問いかけに、いきなり興味を示したのも面白い。
>潜在思念が社会収束⇔社会不全に一元化された以上、後は認識収束するしかない。既に人(外向仲間)収束は、その本質価値において認識収束に向かわざるを得なくなっている。
それは当然のことであって、社会不全を孕んで外向仲間に収束したのである以上、外向仲間の収束軸は答え(に近い認識)以外には在り得ないからである。その答え(認識)欠乏も、急速に意識上に顕在化しつつある。
木橋哲夫
始めた頃は、この日を利用して社員同士で連れ立って飲みに行く者が大半でしたが、やがてそれも飽きたのか、発散系の趣味へと移行していきました。サッカー同好会やボーリング同好会等の運動系のサークルやスポーツクラブへ通う者がほとんどであったようです。この日を定めて3年程が経過する今は、ボランティアや地域活動に参加する者、習い事に通う者へと活動の質が大きく変わってきていると聞きます。中には、午後休みを取り大学の講義に自主参加している者もいるようです。一方で、仕事をする者も増えているとか。家に真っ直ぐ帰る者がほとんどいないのは面白い。
“酒やスポーツ等の発散系は時間を正に“潰している”だけで、疲れるだけ、すぐに飽きるがやる事ないので飲んでいる。どうせ時間を使うのなら、何か役に立つ事を、と頭を使ったり、誰かに喜んでもらうとか、何かに繋がる活動に向っていく。それじゃないと続かない。仕事する奴は、仕事が一番楽だからだよ。”との事。
“それじゃいっそのこと、この混沌とした課題山積みの社会の問題を、一つでも二つでも解決する答えを見つける活動をしてみたら?”との問いかけに、いきなり興味を示したのも面白い。
>潜在思念が社会収束⇔社会不全に一元化された以上、後は認識収束するしかない。既に人(外向仲間)収束は、その本質価値において認識収束に向かわざるを得なくなっている。
それは当然のことであって、社会不全を孕んで外向仲間に収束したのである以上、外向仲間の収束軸は答え(に近い認識)以外には在り得ないからである。その答え(認識)欠乏も、急速に意識上に顕在化しつつある。
木橋哲夫
人類を生き長らえさせてきた創造物は、実はほとんどすべて素人が作り出していたということは、私達素人にとって、大いに勇気づけられる事実であろうと思う。
また一方で、一人では何も出来ないというのも明らかになったように思う。
仮に現実の圧力を対象化できたとしても、その先の「どうする?」につながる事実追求も、その活力源も、また一人では到底不可能だ。そのことは歴史上の素人の創造が、素人仲間による期待応望関係やそこから創り出されたものの評価を活力源にして生み出されていったことからも分かる。
豊かさを実現した現代において、もはや貧困の圧力は活力源になり得ない。
これからの活力源は、現実の圧力に対しての素人仲間達=みんなの期待に応えることでしか生み出せないだろう。
現代の閉塞した社会切り開いていくのは、現実の圧力を対象化し、みんなの期待を活力源にできる素人にこそ可能であるのと同時に、支配観念に囚われた(ゆえに外圧を対象化できず答えを生み出すことも出来ないであろう)プロには、決して真似の出来ないことなのだと思う。
匿名希望
また一方で、一人では何も出来ないというのも明らかになったように思う。
仮に現実の圧力を対象化できたとしても、その先の「どうする?」につながる事実追求も、その活力源も、また一人では到底不可能だ。そのことは歴史上の素人の創造が、素人仲間による期待応望関係やそこから創り出されたものの評価を活力源にして生み出されていったことからも分かる。
豊かさを実現した現代において、もはや貧困の圧力は活力源になり得ない。
これからの活力源は、現実の圧力に対しての素人仲間達=みんなの期待に応えることでしか生み出せないだろう。
現代の閉塞した社会切り開いていくのは、現実の圧力を対象化し、みんなの期待を活力源にできる素人にこそ可能であるのと同時に、支配観念に囚われた(ゆえに外圧を対象化できず答えを生み出すことも出来ないであろう)プロには、決して真似の出来ないことなのだと思う。
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